YS11引退で思い出した新幹線初乗り
私ね、YS11に一度乗ったことあるんだよね。某トヨタカローラ店でのセールスをやっていたころだ。
昭和45年セールスコンテストがあった。アルバムと販売記録を捜したら出てきた(この当時から記録魔でね、何でも残してあるから、記録してあった)。この年の1月に10台、2月8台、3月12台売れて、所内の誰もが活気付いていた。このお蔭で営業所は団体入賞して、白浜温泉の飛行機の旅が副賞に付いた。
この時乗ったのがYS11 であった。小牧飛行場から出発した。そのころは飛行機には一度乗ったきりだった。友人の雄次が昭和40年ごろ結婚して九州へ新婚旅行に行ったのをねたんで、もう一人の友人俊夫と、どうしても飛行機が乗りたいと、小牧の遊覧飛行機に搭乗したことがある。
コースは3コースあり、庄内川、名古屋テレビ塔、名古屋港の各折り返しであった。私たちが乗ったのは、テレビ塔折り返しであった。4人乗りで、パイロットと私たち2人と、もう1人が乗ってフライトした。タイヤがガタビシと音がするし、ドアーがガタガタ音を出すのが聞こえてくる。このようなセスナは怖かった。着地する時はドスンと落ちて、タイヤから煙が上がるのが足元に見えた。あの当時3500円ぐらいしたと思った。
今はどうかというと、あるんですね。名古屋キャッスルコース(名古屋城~熱田神宮~名古屋駅の15分)が大人7200円。ビックコース(名古屋キャッスルコース+名古屋港ガーデン埠頭)が9200円である。
YS11に搭乗した私たちは、ウキウキしながら白浜に向かった。伊勢湾から紀伊半島を迂回するように飛んで、白浜空港が見えてきた。それはそれは小さな空港で、本当にこれで着陸できるんだろうかと思ったほどだ。
機内は倉庫のようで、映画で見るような豪華な飛行機ではなかった。そうか、この懐かしい飛行機が引退するのか。思い出よ、さようなら。
そういえば、新幹線もこのころだった。昭和39年10月に走り始めた。私は直ぐに新幹線に乗りにいった。ボストンバックにナニヤカヤようもないものを詰め込んで、旅行を装って、名古屋から乗車した。
初乗りは米原までで、ここで降りて在来線に乗り換えて帰ってくるという、見栄を張った日帰り旅行の思い出がある。好奇心が強かったんだね。
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