« ジャンボエビ丼の真実 | トップページ | 犬と私 野犬の中を走る »

2006年12月27日 (水)

散弾で撃った鳥に鉛の玉

テレビで「ぴったしカンカン」を見ていて、猟師が撃ったカモを食べるというのをぼ~っと見ていた。なんでもカモの肉の中から鉛玉が出たら「あたり」というらしい。そこで思い出した。

あれは昭和36年ごろ、市内に「次郎長」という店が突然できた。ちょうど勤め始めたころで、こんな居酒屋に出入するのが、なんとなく男になったような気がしていた。オヤジが早く亡くなり、家で酒を飲む習慣はなく、いつも会社の仲間と飲んでいた。

会社の帰り道、あと少しで自宅という距離がいい。それに名前がいい。白木戸を横に引いくと、カウンターに7~8人座れる小さな店であった。

恥ずかしそうに店に入ったら、その店の人も素人っぽい感じで、ハズカシそうに女将さんが動いていて、洗い物はバーちゃんがやっていた。このオヤジさんは猟友会のメンバーで、自分で猟をした獲物や、仲間の獲物を買い付けて料理をしていた。

気心が知れてくると、我が家に電話が掛かり、「きょう山鳩が捕れたから出て来いよ」と誘う。焼き鳥にして食べると中から鉛玉がよく出てきた。ある時「面白いものが手に入ったから、すぐ来い」というから、すっ飛んで行った。白い肉で塩焼きにしてくれた。

「それなんだと思う」「う~ん、分からん。鳥のささ身?」「い~やっ、違う。肉はこれなんだけどなァ」と見せてくれた肉は、オムレツより少し大きめの形をしていた。奥のほうで、女将さんとバーチャンが、今にも噴出しそうな顔をしていた。「なにがそんなに可笑しいの?これって変な肉」

そしてオヤジさんが、大笑いして「猪のキンタマ」といったら、もう店中が大爆笑となった。それでもこの肉、うまかった記憶がある。

この店には、地元の猟友会の仲間や有力者が頻繁に顔を出していた。一度、オヤジが仲間と岐阜に射撃練習に行くときの運転を頼まれた。親友の雄次と射撃場へ運転して行った。そこには素人も来る。引き金に指を掛けて、銃口を前に向けて歩いてくる人を怒鳴りつけるほどの、実力者であった。それもそのはず、アジア大会で2位になった人だったからだ。練習場で規則違反だろうが、撃たせてもらったことがある。トラップとスキートをやったが、どちらも皿が割れてから、銃弾は発射された。彼らは銃弾が見えるという。私もじっと目を凝らしていたら、薄っすらと見えてきた。

害鳥(スズメ)駆除の依頼が、猟友会に入った。田舎の竹薮のスズメの宿を夜襲するから、それを手伝えという。方法は竹薮の一方に網を竹薮と同じ高さに向かい合うように、「へ」の字形に立てる。その天井に落とし網を仕掛ける。

私たちは勢子といって、網の反対側から竹薮に入り、竹を一本ずつたたいて進む。竹の上空では寝込みをいきなりたたき起こされたスズメは、しかたなく移動始める、やぶ蚊に刺されながら、竹をたたく。上空ではザワザワとスズメが移動するのが分かる。段々と網の方に近づくと、団長の「それ思い切りたたけ」という。「ワ~ッ」と言いながら思い切りたたくと、スズメはパニックを起して網に飛び込んでいく。

飛び込んで前が行き止まると、戻って来る。戻るスズメと飛び込むスズメが衝突する。この最大の集団になるのを見越して、団長が「網を落とせ」と指示を出す。バサッと落とされた網の中には、大量のスズメは捕獲される。

今度はスズメで大宴会をするのだ。「次郎長」のオヤジの指示で、私と雄次はスズメの殺りく係となる。首をひねる。次々とひねる。念仏を唱えながら。それをオヤジは熱湯の中に放り込む。今度はそれを取り出して皮をむく。焼く。食べる飲むと続く。猟友会は警察とは銃の届けなどでつながりがある。それとこういう猟をするという遊びはそPhoto_148 れなりの資産家が多いせいもあり、上座には議員、警察、地元の有力者などが並んでいた。私らは末席である。地元の人はスズメを分けてくれと頼みに来ると、「お前らが駆除を頼みにきたんだろう、なでやらにゃいかん」とガンとして断っていた。

そして帰りはパトカーの先導で飲酒運転で帰宅した、のんびりとしたよき時代だった。

|

« ジャンボエビ丼の真実 | トップページ | 犬と私 野犬の中を走る »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 散弾で撃った鳥に鉛の玉:

« ジャンボエビ丼の真実 | トップページ | 犬と私 野犬の中を走る »