« サルが恐竜をペットにしていたって? | トップページ | 盗品の捨て場所は植木の中だった »

2007年4月24日 (火)

頚椎ヘルニア手術、入院条件の敷居は高かった

平成17年3月9日に、頚椎ヘルニアの手術するはずが、肝臓の数値が悪く退院を勧告されてしまった。皆に「行ってくるぜ!」と勇んで出掛けたはいいが、コソコソと帰ってきた。

あれ以来1ヵ月半、あれほど飲んでいたアルコールをピタリと止め、きょうの検査を迎えた。

9時45分に家を出て、岐阜大学に10時半ごろ着いた。宮本敬先生は診察予定時刻の11時ごろに顔を見せて、「もう少し待っていて下さいね」という。コレがこの先生のすごいところだ。待つ不安を感じさせない。面談は11時30頃始まったが、その間、不安を感じさせない。

 呼び出しで、カンファレンス室という100人ほど入られる会議室のようなところに招きいれられた。正面にスクリーンが下がり、パソコンのデスクトツップと、頚椎と胸椎と脊椎の模型を見せながら、私のMRIやCTの映像を重ね合わせ、専門用語を使わずに、指差しをしながらこまめな説明が始まった。

 頚椎ヘルニアは、5番目の神経に触っている骨を削り、そこに足のひ骨の一部を切り取って入れ、ボルトで止める方法の固定術でやる。固定術の良し悪しも教えられた。固定術をすると、固定したところの前後が、今度は負担を感じるようになる。首は運動量が少ないからそれほどストレスを感じるところではない。ただ、一時期的に肩が上がらない障害が残る場合がある。これは長くて6ヵ月のリハビリで回復するという。

 

 胸椎はあばら骨で囲われているから、痛めことはめったにない。

 腰椎は特によく痛め、痛める度合いは、腰6、首3、胸1の割合だという。 

 腰椎の3~5番を固定すると、相当不自由になる。(そうか、昔姿勢が悪いとオヤジによく物差しを背中に入れられた。その感覚なんだ。それだと相当に不自由する)それだけ運動も制約される。特に私の場合は、3から5番を固定すると、8本のボルトで固定するから、腰が伸びたままになる感じになる。腰が低い私に取っては、致命的な後遺症になる。政界への道も閉ざされた。

 固定術をせずに、顕微鏡下の狭窄症の手術をすると、圧迫しているところを、ピンポイントで取り出すから、手術は簡単に済む。ただ保障期間が長く持つかどうか分からないが、痛くなったら再度、固定術をやるという手もある。

 車の保障期間は時間と距離が対象になる。手術の保障対象に距離があるかどうか聞き損ねた。 

 顕微鏡下の手術をすると、不安材料として、すべり症が出るからという事を聞いている。それは元々すべり症がある人に起こるから、こういう場合にはないというが、長持ちするかどうか不明。(今までのS先生の説明では、顕微鏡下の手術では、すべる危険性があると断言し、顕微鏡下の手術を否定した。院内でも先生それぞれの考えがあるもんだ。私たちではどれを選択していいのか不明だから余計に不安になる) 

 首の手術での改善は、主に運動性のギゴチなさ、フラツキ、しびれなどが改善されるという。楽しみだ。

 痛みは主に腰椎の方が原因しているという。私は腰が痛いのでそれをなんとかして欲しい。できれば、首と腰を同時にやれないかという提案をするが、いままで経験したことがない。頚椎を後ろからする場合は、うつ伏せになり首の2人、腰に2人の4人スタッフで同時進行することは過去にはある。

 前方固定術の手術は首の前から手術をやって、今度は、お好み焼をヒックリ返すように向きを変えて、今度は腹ばいにして腰の手術するというのは、過去の例はないという。

 頚椎ヘルニア手術後、できるだけ早い時期に腰椎の脊柱管狭窄症の手術をする方法を考えておくといってくださった。

 今回の頚椎ヘルニアの入院は順調にいけば2週間という。 

 手術後の一例をいま入院中の「兼〇」さんという75歳・男性の入院患者の話しを、許可を得て面会させていただき、話しを聞かせていただいた。

 この方は脊柱の神経が全く断絶されて、2年間歩行できずにいて、車椅子の生活をしていた。それが今日、立てたという。私は、「夢が見られるようになってよかったね」と言った。兼〇さんは「マラソンが出来る様になるといいですね」と励まして下さった。

こんな機会も、この先生は作ってくださった。患者の気持ちをよく理解して、理解できる話し方に感服する。この先生なら安心できる。医者と患者の信頼関係は、何にも勝る薬である。

今回の手術は、肝臓の数値で遅れた。でも、かえって私にはいい薬であった。お蔭で肝臓の数値の回復は、ものの見事であるからだ。 

 実際には肝臓の数値は手術にはあまり影響がないが、何かあったらいけないかので、取りやめたというのが、真実だと教えられた。

 今日、血液検査に出しておけば、夕方以降には検査結果が判明する。今日は休日診療扱いで、料金は高いがというのだが、早く結果を知りたいので採血してもらった。

 自己採血で手術の血液を備えることもできるが、私は輸血用で十分だと伝える。

 採血結果の返事がなければ、手術はOKで、電話があった時は不採用になる時という。便りがないのは無事な証拠か。

 これが「インフォームドコンセント」というものだということ痛感した。

 病気にはどう立ち向かうかには3通りあるという。

  • じっと我慢するか。
  • 痛み止めを飲みながら、我慢するか。
  • 手術するか。

 この3通りの選択がある。

 そういえば、先生が私のブログを読んでいるといっておられた。もう悪口はいえない。

夕方6時半ごろ先生から電話があった。ドキッとした。

容は、血液検査結果であった。結果はOKであった。

GOT27(7-35)もGPT28(7-45)も基準

値にスッポリ入った。ただγ―GTPはまだ少し高く、70

以下が168である。もう一押しでこれも基準値に入る。ガタ

ガタ肝臓が今回の入院騒ぎで、副産物として日の目を浴

、脚光を浴び、スポットライトを浴び、スターダムにの

し上がった“時の臓器”であった。

 但し、尿酸値が少し高い(痛風になる)。先生は足が痛くないかというので、それはないと答えた。

血小板が少ない。これは血が固まらないので、輸血は他人のほうがいいかもという診断も出た。

入院中は、「痛み改善チェック表」を作り、それに記録して、患者の立場として克明に記録してやろう。もう二度とないこの痛みを記録するのじゃ。Photo_336

連休明け5月7日には入院して、9日に手術となる。やっとたどり着いた。まだ脊柱管狭窄症が残っているが、後は気力で鈍足ランナーに戻るのみだ。

今度こそ、みんな待っていろよ。

|

« サルが恐竜をペットにしていたって? | トップページ | 盗品の捨て場所は植木の中だった »

コメント

お久しぶりです。
そろそろ回復期かと思っていました。

久しぶりにブログを拝見しましたが、
痛いながらも元気なご様子。

連休明けに入院とのこと。
早く良くなって、
ジョギング、ウォーキングを楽しめる
生活を送れるといいですね。

私も今年に入ってから
足の状態が悪く、
某病院に受診したところ
なんと!!
変形性膝関節症と診断されました。

病を克服して走れるようになったら
長距離は苦手ですが
一緒にマラソン大会に参加できるといいなあと
思いました。

投稿: カモメのテラさん | 2007年4月28日 (土) 20時03分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 頚椎ヘルニア手術、入院条件の敷居は高かった:

« サルが恐竜をペットにしていたって? | トップページ | 盗品の捨て場所は植木の中だった »