長崎まで墓参に走った彼女は、長崎の誉れである
退院して久しぶりに岩倉のベトコンラーメンに顔を出した。ここのおかみさんとの出会いは、私がウルトラマラソンに燃えていたころだ。ひとり一宮から犬山城を経由して、小牧山に登っての帰り道、この店に飛び込んだ。汗をかいた後のビールとラーメンは実にいい。ラーメンの塩っけが特によろしい。
このとき着ていたTシャツが、さくら道270kmウルトラマラソンの記念のものだった。これを目ざとく見つけたおかみさんが、「アンタあの金沢まで走るマラソンをやっているんかい?」と聞いてきた。私はまだ参加するまでの自信がなく、ひるがので「てぬきうどん」という名前のうどん屋で、ランナーを世話するのが精いっぱいだと話した。
そうしたら、「ねェ、お客さんたち、この人ねェ、名古屋から金沢まで走るマラソンって知ってる?そこのボランティアをやっている人なんだって」と大きな声で話した。「今日はどこから走ってきた」というから、今日のコースを話したら、店にいる人が驚いていた。
これが付き合いに始まりで、私がこの方面に行くことがあると、必ず寄るようにしている。味もこの尾張地区ではピカイチだ。新京というベトコンの元祖で修行されて3番弟子になるという。ベトコンとはベトナムの民兵のことではなく、ベストコンディションの略なんだって。ここだけお話だが、このベトコンラーメンという名前を意匠登録していなかったらしく、どこもかもこの名前を使っている。だから本家も元祖もまったく分からないという。
このおかみさんはやたらと声が大きくて、ものすごく明るくて、なかなか正論で攻めてくる。以前息子を連れて行ったら、「あんた息子さんかい?親に学費をもらっているうちは、親にたて突いてはいかんっぞ」といきなりスコンと言われて、息子がのけ反った。
先日久しぶりに退院したあいさつに出掛けた。そこで「アンタこの人知っているかい」と安助さんが掲載された新聞の切り出しを持ってきた。この人は気になった新聞を切り出してはスクラップブックに挟んでいて、時々持ち出してくる。私が何かのニュースになると、切り出しておき、もう何年も前のものをいまだにしまい込んでいて、私が行くと、それを持ち出してきてほかのお客さんに見せる。
この安助さんという女性は、58歳ぐらいで、生まれは長崎ですが、生まれてまもなく両親を病気で亡くした。その墓参りに、名古屋から長崎まで1200kmを毎日40km走って長崎へたどり着いた。健康に生んでくれた両親に、せめて健康の証に、ダンナにサポートされ
ながらマラソンで帰っていった。出発の当日、名古屋城へ行ったら、多くのランニング仲間に囲まれている安助さんがいた。この模様を地元東海テレビの知人ディレクターに連絡したら、2回に分けて報道してくれた。
そんなわけで安助さんのことはよく知っていると言うと、「実は私ね、長崎県人なのよ。そこへね、安助さんを連れて行きたいのよ。この人はね、もう長崎県人の誇りなのよね」という。それなら簡単だ、帰ったらすぐにメールを入れた。まもなく安助さんからも一度ベトコンに寄ると言ってきた。アハッ、ワタシャとんだキューピッド役だった。
長崎県人会は故中部電力の会長の声掛でできたものらしく、ホームページも作ってキチンと大きなイベントをやっている。
そこでまた多くの仲間ができることだろう。
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