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2007年9月 8日 (土)

脊柱管狭窄症手術入院体験記3 いよいよ手術台へ

昨日、ウルトラマラソンの世界では名うての浜中好美さんの腰椎後方除圧固定術の手記を読んだ。少し長いですが、時間があったら読んで見て下さい。脊椎をボルトで固定して1年半、100kmを完走されている。

手術から立ち直るまでの闘病記である。なにもこんな時に、辛い話を読まなくてもいいものに、と思われるでしょうが、私は絶対に復帰するという信念があるから怖くもない。

ここの岐阜大学の清水教授は、チタンの板とボルトで固定する「固定術」の世界的な権威である。この清水一家の大政か小政にあたる宮本医師に私の手術を任せておけば心配はない。この清水教授が浜中さんの手記を学会で報告されている。浜中さんはそれほど驚異の回復であるという。

「no1.doc」をダウンロード 「no2.doc」をダウンロード

宮本医師が、手術は48手あるというが、人それぞれに神経を圧迫している個所や現れる症状がすべて違い、当然手術も違ってくる。だから私と彼女とは、症状も治療も手術も回復度合いも違ってくる。だからアナタとも違います。参考までに読んで見てください。

ただ言えることは、浜中さんも私も、患者は病人ではないと思っている。病気に立ち向かっている姿がそこにある。

この浜中さんが私を見舞ってくださった。うれしかったね。同病相哀れむのではなく、彼女のシャキッとした姿を見るに付け、闘志がわき上がってくる。オレもきっと走れる、と。

手術時間は4時間であった。先回は麻酔がきれいに覚めて、医師を驚かせたが、今回は舌がもつれるような感じでなかなか話づらかった。背中を25cm切開した。幾針縫ったのかを見てもらったら、縫い目が無いという。医師に聞くと皮の少し下を縫うので、縫い目が出ないという。そして抜糸しなくても、肉に同化するものだという。

先回はホチキスであった。首とフクラハギは皮をつまめるからホチキスでやれたが、背中はそれができないという。でも縫い目は私は見られない。鏡でみようとするが、首の動きが先回の手術で悪くなり、そこでカメラで撮った。相当の深手であった。

手術後から退院までの痛みの変化を表にしていたので、これも参考までに掲載します。これを見ると17日の手術の痛みが段々となくなってくると、腰の痛みが22日にワッと出てきた。これは手術の失敗かと思わずにいられなかったほどだ。

よくよく考えたら、私の尻の筋肉は、自転車やランニングで相当に鍛717えている。だから筋肉でカチカチである。看護師が私の尻を触って驚いていた。これが災いしてか、手術の部位との力の落差がありすぎて、かえって少し歩くだけでも相当に手術跡を痛めつけたのではないかと思った。だから22日以降は自らをベッドに釘付けにした。ベッドわきのメモノートに「動くな、ねじるな、曲げるな」とスローガンを書いた。それ以降の4日間はほとんどベットから出なかった。我慢して安静に心がけた。そのせいかみるみる回復を始めた。

ここに医学界に貴重な手術直後から退院までの「痛みの変化表」を公表します。(アハッ、おおげさな)

「198.doc」をダウンロード

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