抉る技ぱっと決めて快し (野グソの歌)
トイレ使用後、紙で処理しているのは、世界の34%ぐらいらしい。
へっ?そうするとあとの66%は何で処理しているんだろう。手その他ということか。川の中にザブンとケツを沈める。完全水洗処理方式。天日干というのはないか。
昔の人は雑穀を食べていたから、コロコロウンコで、拭く必要がなかったぐらいという。砂漠では砂で処理して、ほっとけばそのうちにからからのパウダーになって風に飛ばされる。インドなんかは水で処理する。左手でするから、不浄の手というのかなァ。
ニューギニア諸島では、葉っぱで抉り(えぐり)取るという。これを私もやってみた。ジョギング中に、葉っぱでトゲのないものを使って、抉り取るが、ナカナカ至難の業である。とにかく手にくっ付くから、修練が必要だ。あれから何度も試みたので、だいぶなれてきた。この調子なら、ニューギニアに旅行しても苦労はしないだろう。
フキの葉がいいという説もある。他のホームページから引用するが、『野草・雑草観察図鑑』(成美堂出版)に、フキ(蕗)の語源について、「用便のときの[拭き葉]説がある」という記述がある。
ジョギング中に飛び込んだわいいが、紙がないことがちょくちょくあ
る。こんなとき、小さな個室にそれらしい代用品がないか必死で探す。ない時はない。週刊誌でもロールのしんでもいい。それで抉れるのに。なんとそれもない時は、ないのだ。改めて出直すには時期が遅すぎる。外に出るような事態ではない。もう急を要する緊急事態だ。え~い、ままよ。なすがまま用を済ませてまた慌てる。
そこで最終手段として、水洗を流しっぱなしにして、水で処理をする。そして外に出て「くっそ~」とトイレにば声を浴びせる。これでインドにも旅行ができる。
以来この手で処理を済ませるようになってから、葉っぱのことを忘れていた。いつかトイレもないようなところで野グソをする事態になったら、葉っぱが必要になる。何事も危機管理が必要だ。
山に入ったときは、川の中にシリを沈めてやったことがある。あれは壮観であった。天然自然の真っただ中にわれ一人、静かに川と向き合う。川のせせらぎが、なんとも優しく聞こえてきたことか。鳥が飛び交うのがうれしい。これでインドネシアにも旅行ができる。
泳ぎながらやったヤツがいる。釣仲間と越前に夜釣りに出かけた。あまり釣れなかったので、朝から海に入りサザエやアワビやウニを採り、そのまま生で食べた。うまかった。仲間の一人がウンコがしたいと海に入った。立ち泳ぎしながらやったそうだが、出てきたウンコが、目の前にポコッと出てきた。慌ててバックしたら、ウンコも背泳でついてきて往生したと笑った。潜って岩にしがみついてやればよかったのに。
この調子なら世界中どこでも困らんぞ。そこで一句
抉る技 ぱっと決めて 快し (泉峰) アハッ!また進歩のない歌を。
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