好きな祭りもマラソンも、今は裏方なの
腰を手術してから、マラソンに参加できないから、裏方をするようになった。マラソンのシーズンはもう終わった。これからは祭りである。
今年から町内の氏子総代を引き受けたので、神社の祭典や、市内の祭りには必ず顔を出すことになる。
この時期は春祭りがあり、4月2~3日には一宮の桃花祭がある。少し前までは自分たちも出ていた。この桃花祭は、昔は真清田神社の鎮座した地を青桃丘(あおもものおか)といい、桃の木が群生していて、付近を木曾川の清流が流れていたことから、桃の枝で身を清め、それを川へ流すという、氏子の除厄招福の祭りであった。その後、木曾川の流れも変わり、現在は神前に供えて祭祀が行われる。 これが桃花祭の由来である。
いつごろからこの祭りに馬を使うようになっ
たか、分らないという。1 573年のころには、すでに百数十頭の馬が揃ったという。1716年ごろには数十頭引き出されていた。だから馬祭りというほどである。左の写真は平成6年わが町内の祭りである。町内、わがマラソンクラブ、お祭り隊てんつく、近所の病院の看護師ら約70人ほどが、一頭の馬でもみ
合った。
右は江戸時代の風景画である。上の歌は、「いななきに老いもいさむや一縄手」である。
最近は丈夫な農耕馬も少なくなり、ひ弱な競馬を定年した馬とか、乗馬クラブの馬などを借り受けてやっている。これを仕切っているのは、「畜産奉賛会」で、中京競馬場の近くにあるらしい。この奉賛会に頼めば、ここに登録している馬主に声を掛け、必要な馬数をそろえてくれる。ただ71,000円ぐらいかかる。これを真清田神社と町内で負担する。
いまはもう飾り馬はせいぜい5~6頭となった。後は流鏑馬が20頭ぐらいで、お茶を濁している。平成4年から14年まで連続で参加し、今はもう土日以外参加しなくなった。
平均年齢が高くなり、激しい祭りにはもう付いてていけないが、隣の町内が出すというので、祭りの方法を聞かれた。そこで今までのウンチクをその町の役員をやっている同級生に知らせた。この桃花祭でのわが町内の名声は、近隣に聞こえているからだ。
自分が祭りに参加できないこの時期は、とても寂しい。祭りこそ見るよりやったほうがいいからだ。
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