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2008年6月30日 (月)

羽を痛めた雀を放した。なんとそれが戻ってきた

庭を走り回っていたスズメを捕まえた。

左の羽が持ち上がったようで、もともと変形しているのか、痛めたのかわ分らない。

捕まえて鳥かごに収容した。001

なつきもしないし、ピッとも鳴かない。歌を忘れたみたいだ。

10日間ほど飼ってから、逃がすことにした。結構カゴの中を飛び回っているから、羽はなんとか戻ったんだろう。手に握るとピーピー鳴くではないか。指にかみついてくる。離すと一目散に、離れの屋根を越えて一気に飛んでいった。すごい早さである。やはり痛めていただけなのか。

3日ほどすると、羽を少し持ち上げたスズメが庭にいるではないか。相変わらず、左を少し持ち上げて、気取った感じで。要するにその状態に慣れたんだろう。

マウンテンバイクで走っている途中、ずいぶん遠くのパチンコ屋の空き地にいたのを見かけた。こんなところまで来ている。

羽とは便利なものよ。

ワシは今もって地上から離れられずに、這い回っているのに。

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2008年6月29日 (日)

ノルデックポールもキャノンデールも足元交換

イカン、キャノンデールの前輪がもうツルツルになってきた。走っていても小石をピンピンと跳ねる。先日も隣の車のドアーに小石が当たった。その時は素知らぬ振りしていた。ホッ、事なきを得た。

それに道路のわだちというか、道路のひび割れ段差にハンドルと取られるようにふらつく。イカン、転倒でもしようものなら、手術した腰にダメージが来る。そしてとうとうお抱えの「ポパイ」に飛び込んだ。

マウンテンバイクだが、今は細めのタイヤを付けている。これで少しスピードになれるのと、遠出を楽しんでいた。18年5月に購入して、走行キロ数が15000キロにならんとしている。後輪は2本目、前輪も今回で2本目になる。

車屋の私にとってみれば、自転車のタイヤが高く感じる。一本3400円もする。軽四輪のタイヤと比べると、重量、幅どれを取ってもひ弱な自転車のタイヤ。各単位(グラムとか面積)あたり単価が絶対に高いからだ。でも仕方がない。

交換して走ると、ハンドルも軽いし、クッションがとてもいい。今度知多半島へ仲間と旅行を計画している。師崎で一泊という好条件。こんな機会はないから、できたら知多半島を一周したい。できれば三河湾を一周したい。

これが終わったら、マウンテンバイクのもともとのオフロード用タイヤに交換して、河川敷をガタガタ走ってみようと思う。

ウォーキングも手術後順調な経過で、毎日の歩行距離も、7~10kmと安定して歩いている。最近はコルセットも外して歩いているが、不安や腰への異常は感じない。

ところが、ノルデックポールが、スリップするようになった。滑ると力加減では、ガクと力が抜ける。そうすると転倒の危険がある。スキーのストックの先のゴムが減ってきて、ツルツルになってきたからだ。ノルデックポールをご存じない方は、これをご覧あれ。http://www.nfw.jp/

着地して一番力が入る場所である。そこで春日井市の「好日山荘」に出かけて交換してきた。一個840円×2個を手に入れた。正式名称が「ウォーキングライトラバーチップ」という。

購入してすぐに、小雨の降る中を歩いてみた。着地すると、ポールにガシッと大地を噛む感じが、手元の感じる。これなら体重を掛けても、ズルッと滑るようなことはない。さっそうと闊歩するオジさんが、ズルッでは格好が付かん。(密かに、ほれみたことかと、バカにされる)

もう一箇所、そろそろジョギングシューズも交換時期が来ている。これはまだ真剣に走る時期でないので、今までの使い古しで済ましている。でも段々と歩く距離が伸びてきているから、そろそろ足のことを考えて、交換する準備をしなくてはいかんなァ。

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2008年6月28日 (土)

ギョギョギョ!巨大ヒル発見

妙興寺で、巨大ヒル発見!全長60cmのにもなる。

いつも通りがかる妙興寺で、いま仏殿が公開されている。公開を初めて、一日5~10名ぐらいだったが、思ったほど人が入らない。

こんな大きな境内は、人が通り過ぎる人はいないし、近道にもならない。管理人が、「老師が来館者数を気にしている」というので、「そんなもん、マスコミを使って公開を知らせなきゃいかんぞ」ということで、地元中日新聞にメールを入れた。

お蔭で今では、平日は30人ぐらい入り、土日は80~90名の参観者があるという。仕掛けた私も気になるから、毎日参加者数を聞きに行き、ついでに参観者にこの仏殿の、「天井画の竜が、画竜点睛まさにそのときに、うなり声を揚げた話」や「河野宗寛という先々代の老師が、満州から孤児を300人連れて帰ってきた話」「山門が今なぜこのような形をしているか」の説明やらをしてあげると、とても喜ばれる。

今日もその話をしていると、「これなに?」と、別の参観者の声にそ015014こへ行くと、なんと巨大ヒルが這っているではないか。ヒルだよね?頭部を見ると確かにヒルだ。 

モゾモゾと動いているが、まどろっこしい。じっと見ていてもつまらんので、河野宗寛さんの歌碑の説明をしていた。30分ぐらいたって、もう一度見ると、約身長分進んだことが分かった。時速1mである。こんな気長な生物がここに生息しているンだと、感心してしまった。

こういう環境を、いつまでも大事にしたいよねッ。

このヒルの名前を教えてください。まさか「パンツのゴムヒル」なんて言うんでないぞ!

分かったぞ、「コウガイビル」というんだそうだ。下記のホームページは覚悟してみた方がいいぞ。http://home.n02.itscom.net/wad/u/uta2.htm

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ゲジゲジ(ヤスデ)がパソコンにいっぱい出た

なんでこのごろ、急にゲジゲジがパソコンに大量発生してきたんだ、ウン?

キーボードの上を這い回っているわけではない。ディスプレイの中を這い回っている。ここ一週間になんと575匹も這いでてきた。

実は私のブログで「ヤスデの大量発生」というのがある。先週あたりから急にここへのアクセスが増えて、一週間で575匹である。それも右肩上がりである。いや匹でなく件である。

昨日一日で125件、これにアクセスがあった。今頃がその時期なんだろうか。これを書いた私も知らない。これを書いたのは2007年10月のことである。時期が少し違う。

このブログのカテゴリーは、「住まい・インテリア」「ランニング」「ウォーキング」「自転車」「エッセイ」の5部門である。それを調べて見ると、各部門トップであった。こんなことは初めてだ。

念のために、私へのアクセスは、ここ一週間で2788件。その内

  • ヤスデ大量発生  575件 急激に発生してきた。
  • ジャンボタニシは駆除するより食べるほうがいい? 124件 今頃田植えシーズンで、この時期発生する。
  • カラスの鳴き声には意味がある 72件 年間通してアクセスがある。
  • 竹の子の保存法 31件 もう竹の子シーズンが終わるので、右肩下がりになってきたが、この時期ニョキニョキ出てくる。
  • 頚椎・脊椎の入院体験記の連載物 298件 いかにこの病気の人が多いかよく分かる。年間通してアクセスがある。

こんな調子で、最近は一日400件ほどアクセスを頂く。口数というか手数が多いのと暇が多いからさァ、ブログの投稿も数が多い。

アクセスを解析すると、毎日更新するトップページへは、40%ぐらいで、あとは単語などの「ワード・フレーズ」へのリンクは60%にもなる。だから毎日更新しなくても240件ぐらいはアクセスが来る。でも世間では、一日何万件というアクセスを稼いでいる人もいるから驚きである。

こうなるとゲジゲジでもカラスでもジャンボタニシでもいい、稼いでくれ。シッカリ働けよ。Photo_2 Photo_3 Photo_4

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2008年6月27日 (金)

リックを背負ったマウンテンバイカー

今日は旅行予定表を参加者に配達しながら走った。ついでに『小冊子・小さな足跡』も配達した。

この『小さな足跡』は、私が所属している季刊誌で、愛知トヨタ系列の仲間で作っている。もう5年、21号になる。よく続いている。これに予定表を挟んで配達してきた。

私たちの旅行は、現地集合で、私が腰を痛める前は、一宮からマラソンで行ける距離を選んでいた。おおよそ100kmぐらい離れた所を選んでいた。

下呂110km。伊良湖岬130km。知多半島の先90kmである。

これぐらいなら、土曜日の午後5時の集合をかければ、走って行けるし、できない人でも途中から走ったり歩いたりして現地入りして、宴会の突入したものだ。

手術後腰の具合も良くなり、今回は雨が降らないかぎり、マウンテンバイクで往復180km、知多半島一周を狙っている。

もう一つ、三河湾一周もしてみたい。師崎で宿泊して、翌日は渥美半島へ連絡船で渡り、豊橋、名古屋経由で220km走ってみたい。これは来年の楽しみに残しておくことにしよう。

今年は、参加者16名中、車で6名、河和から13km雨天決行で歩くものが5名、マウンテンバイク等で3名、マラソン2名となった。マウンテンバイクは雨になったら、歩くほうに参加するという条件付である。とにかくそれぞれが道中を違った方法で楽しんで、汗をかいて現地入りする。そして宴会に突入するのだ。

今年は、師崎の「ビラ・マリーン南知多」という、60歳以上は、料理によって値段が少し変わるが、潮騒7400円、黒潮8400円、漁火9400円、大漁10900円という格安さ。また設備がきれいな、特別老人保養施設だ。

わがランニングクラブ(RC)は、今や老人クラブのRCに成り果てたのだ。

今日は小冊子と予定表を配達するからリックを背負ってきた。Hさん家に寄ると、おみやげに家庭菜園で取れたナスやキュウリ、漬物を頂いた。もう一件N君は準農家で、大地主。ここでもナスやキュウリを頂いて、リックはパンパンに膨らんだ。

こうなると、いつもリックを自転車のどこかに保管しておかないとイカンねェ。物が高くなるのでいつも心掛けていないと。

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東尋坊のサザエのつぼ焼きを食べ損ねる

五箇山で宿泊して、304号線で金沢へ入る。兼六公園に寄って、金沢から高速を使って、加賀で降りた。地図は高速道路でもらった「北陸自動車道」55万分の一である。昨日からこれ一枚。10万分の一を持つと、余計に分りづらく、ページを絶えずめくる羽目になる。地理が分かる人が側にいれば、そいつにめくらせればいいが、今日は地理音痴ばかり。

家内は新潟生まれ。この愛知県に嫁に来たとき、「へっ?ここの北はこんな方向ですか。新潟ではコッチでしたが」という始末。(これは単なる方向音痴ではなく、アホに近い)

お袋がブラジルの娘に会いに行った。ブラジルは南半球で、陽の昇る方向が北に出る。これで完全に狂ってしまったといった。約一カ月ブラジルにいて、こちらに帰ってきてからが大変で、時差ぼけと方向感覚が狂ってしまった。

太平洋側は海から陽が登るが、日本海は山から登る。でも、ワシは何にも感じんがなァ。ワシが変かや?

私が妹婦婦を尋ねて九州へ行った時でも、地図も見なくて、ほとんど感で運転して、渋滞をくぐり抜けた。それを地元に住んでいる妹婦婦が驚いていた。天気がよくて方向が分れば、何とかなるものさ。渋滞をくぐり抜けるのは、地元の車に付いていくが一番。(これ極意)

ところが今回は厄介だった。標識に従って入ると、その先にいくつもの交差点がある。それも十字路やT字路があるが、東尋坊への指示が出ない。これには参った。でも海の方角が分っているから、迷うことはなかった。

バッチシ東尋坊に出た。ここには何度も来たが、最近高いところが怖くなった。高度恐怖症ではないが、怖さを感じるようになった。先日高度恐怖症で、つり橋が渡れない人を、10分で渡れる方法をやっていた。これはその場でジッと立って下を見ているだけで、慣れが出てくるから、高度の恐怖心が消えるという。

帰り際、売店の前を通るときに、いい匂いに悩まされた。食べたい、「サザエのつぼ焼き」「イカ焼」「ホタテ焼」がごろごろしている。備長炭の上でごろごろしている。タベタ~イ!これだけは、じっとしていても慣れは出てこない。

この気持ちは、いつも悔やむのよ。会社勤めのころ、ここへ社員旅Photo行に来たときだ。バスが出るというので慌ててこのこの売店を通り過ぎた。いいイカ焼きの匂いが、今も鼻の中の記憶に残っている。中学校の時、伊勢に修学旅行に行ったときだ。金がなくてね、サザエのつぼ焼きが食べられなかったという、深層心理が今も左右しているのかもしれない。

今回は意識的に、食べると眠くなる。これから約200km以上運転しなけれがならないからだ。だから思い切り匂いをかいできた。

旅から帰ると、なんとイカ釣り船がいっせい休業だと?

食べ損ねたわ~っ。グヤジ~イヨ~ッ。

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2008年6月26日 (木)

牛丼食べ歩き

吉野家の牛丼330円、味噌汁50円、トン汁150円、ケンチン汁120円。

松屋は牛丼300円で味噌汁付だ。ここで差が付いた。トン汁に変更すると180円追加。

すき家はすき家豚丼並300円。(各店の値段は、一度確認してね)

ワシねェ、年金生活者で、アウトドアー徘徊老人というか、要するにね、家にジッとできない、運動老人、もうすぐ66歳なんです。しかも金無し老人が徘徊するのは、安い飯屋で過ごすか、夕べの残りで済ますか、少し臭うご飯でチャーハン作るか、お茶漬けで過ごすかの選択で、日夜苦労しているのだ。

どうやったら、ひと月頂いた小遣いで豪華に過ごすかを、捜し求めているこの苦労。君たちに分かるかい、ウン?。目をつぶって、松坂牛(飛騨牛ではない)のすき焼きで有名な、「和田金」を思い出しながら(一度しか食べたことがないけれど)、吉野家、松屋、すき家を攻める。割り箸に、肉の破片が引っ掛かり、こんなに一度に食べていはイカン。薄さこの上ない超極薄(よくもまァ、こんなに薄くできるものだ)の肉片。持ち上げると向こうが透けて見える。スダレ肉ともいう。(この薄さが、店の明暗を分ける)

ハシに引っ掛かったこの肉片を唇で外し、万遍となくご飯と肉が一緒に口に入るようにする。この技は、ワンコイン(500円)がワガ命だからできるのだ。

松屋はねェ、肉は引っ掛からない。肉が厚いのではない。ここは使いまわしの丸い箸だからだ。しかもそれを宣伝している。「235億本のハシが輸入されている」という、環境保護をワザワザうたっている。肉がハシに引っ掛からないばかりか、環境にもいいし、その分安くできるというなかなかの優れものだ。

でもね、ここだけの話だが、あと少しでお宝が入る予定だ。これが入れば、なにもこんな苦労はしないのだ。マンテンバイクで立ち寄ったレストランでステーキを食べ、途中のコンビニではないパブで、水分補給にワインを飲んで家に帰る。

シャワーを浴びてから、静かにクラシックを聴き、ウイスキーをオンザロックにして、うたた寝をする。

目が覚めると、牛丼家の前の公園のイスで、よだれをたらし突っ伏して寝ていた。そんな自分が、水晶玉に見える。

でも、もう一つのガラス玉には、豪華客船に乗った自分の姿が見える。(もうすぐ宝くじの発表だが)

イカンもう妄想に世界に入ってく自分が、汚れたガラス戸に写っている。豚丼と牛丼を両手に持ってうれしそうにしている自分が見える。

「アンタ、今日の晩ご飯、すき焼きでいい?」

いつもなら大喜びだが、このごろ、すき焼き風味はもういいと思うこのごろだ。Photo_3

今度は「タヌキうどん」と「キツネうどん」の違いを求めてとか、「おかめうどんの原流を求めて」に切り替えないと、世間が牛丼命のワシを変人と思うのもそんなに時間が掛からない。加齢臭に牛丼臭が体の周りに渦巻いている。

「カレーを求めて」「ハヤシライスの元祖を訪ねて」「オムライスのタマゴの巻き方の違いを求めて」「タマゴとニワトリばかりが親子丼ではない。では他にどういう親子丼があるか。岐阜の川島にチョウザメとキャビヤの親子丼というのがある。イクラとサケの親子丼とか」「そばは二八そばばかりじゃない。では何割までそばというんだろうか」「テンプラで家康が死んだ真実とは」「味噌煮込みうどんの、うどんの硬さを求めて」「クルクルすしで、ワンコイン幾皿までいけるか」「変わった丼物を探して」・・。いかんなぁ、ワシの頭は、どうしてこう変な方向へ回転していくんだろう。

鏡よ鏡、鏡さん、今度は何を求めるべきか。教えて欲しい。ワンコインが第一条件だぞ。

それが問題だわさァ。

朝ごはん食べたばかりなのに、昼なに食べようか。(チョットそれって認知症の始まりと違うかと、ふと心配になる)

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2008年6月25日 (水)

体育功労賞を拝領した

私の住んでいるお隣の稲沢市から、20年間、陸上競技に携わってきた。「あなたは20年にわたりスポーツの振興につくされたよって、その功績は誠に顕著でありますがねェ。よってここにだよ、しょうがないので、記念品を贈呈し表彰しますがねッ」

いま常任理事という足かせを掛けられて、がんじがらめにされてこき使われている。

なぜこんな羽目になったかというと、20年前に、突然理事会への出席案内が来るようになった。「ヘッ?何でワシが理事会に?」一度として声も掛けられなかったし、それらしい協力もしていなかったからだ。何度もしつこく誘いのハガキが来るから、一度顔を出したが運のつきであった。

マラソンの友だちが稲沢には多いから、その中の誰かが、私を推薦したんだろうが、誰が私を押し出したかは不明のままだ。

ここは市の財政上日当が出ない。みんな手弁当でやっている。しかも、各競技は午前中に済ませるようにという、市との暗黙の了解事項があった。なぜかというと、午後になると弁当を出さなければいけないからだ。これだけの事情。それほど財政上、午後の競技は都合が悪いのだ。

この手弁当が気に入ったので、手伝うことになってもう20年である。

今は名古屋シティーマラソンマラソンでも、もう15年お手伝いをして、重宝がられている。ここも財政は豊かではないから、経費節減のために、受付付近での走路員は無料を提唱した。いま300人がこれを承知で働いている。Tシャツのデザインを公募方法に切り替えたなど、結構役に立った鈍足ランナーである。

今日「いちのみやタワーパークマラソン」の実行委員会がある。今年から市民ランナーで初めて、実行委員会入りにされ、とうとうここも逃げ出せない状態となった。

足は遅いが、口数が多いからなァ。仕方がないわァ、直ぐに口を出すから自業自得だわさァ。

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2008年6月24日 (火)

飛騨牛なんて、一色のウナギなんて食べたことない

あんまり中国を笑えんようになってきたぞ~っ。

ワシはねェ、自慢じゃないが、もともと安い肉しか食べたことない。焼肉屋でも、安くて量が多くて味付けがいい店しか行かない。ステーキ、しばらく顔見ていないなァ。どんな姿形しているんだろう。整形ステーキというか、型にはめた同じ重量姿形のものが、わが家の唯一の豪華外食だ。

金持ちがさァ、ウチは飛騨牛しか食べないのよ、オホホホ、なんて言っていたのが、何ということかクズ肉期限切れを、オホホホと言いながら食べてござった。

わが家は「吉兆で食事したザ~マスのよ」オホホ、と使いまわしの刺身食べてさァ。

ウナギも、ウナギ専門有名店で、ヒツマブシなんかどんな形か知らない。先日郡上で、高い橋から吉田川に飛び込む思いで、橋の近くのうなぎ屋に入った。うな重を頼んだ。よく見るとウナギが二重構造になっている。ご飯+ウナギ+ご飯+ウナギ=重なって入っているから「うな重」であることを、初めて知った。ワシは重箱に入っているからと思い込んでいた。

これほどステーキとかウナギなどの食品から、縁遠い。

郡上は、ここを流れる吉田川で獲れたウナギを使っているというフレコミだ。天然物のウナギは、「胸が黄色い=むなぎ」からウナギになったという。でも焼いてしまっているから、その判別はしがたい。ここで獲ったというフレコミが、最近信用できなくなった。

浜名湖はウナギで有名だが、実は愛知県の一色町産のものが浜名湖産として売られる。浜名湖と言うだけで、一段と格が上がり、高値で取引される。

ついでに横道のそれるが、ウナギの裁き方や料理で、関東風と関西風があることはご存知の方が多いと思う。その境界線はどこかを、諸君は知らない。(エッヘン!)

  • 関東は、武士のハラキリと同じ方法を嫌って背開きとして、頭と尾を落として皮の方から焼きを入れてから蒸す。腹切っても首落とすか?なにか武士の風上のにも置けないような気がするが。(ワシね、昨年、頚椎と脊椎の手術を、関東風でやったの)
  • 関西は、腹を割って話すということから、腹からさばいて頭をつけたまま、身のほうから焼く。
  • 浜名湖湖西は関西風で、湖東は関東風である。
  • ところが浜名湖の真ん中にある館山寺は、この両方を取り入れている。関西風で裁いて関東風で料理する。またこの反対もある。

ここがウナギ料理の分岐点である。産地では今回初めて知ったのは、一色は日本産と台湾産の分岐点と分かった。

宇治茶でもそうだ、宇治の銘柄をつけると価格が上がるという。岐阜の揖斐川郡の茶畑は宇治茶の生産地である。今は揖斐茶とし堂々と売っているが、ブランドとしての宇治茶に対抗するには、まだマイナーだ。味がいいなら安い揖斐茶方がいいぞ。

浅草ノリは、浅草近辺ではもう採れているんだろうか。知多でも生産されているから、昔から浅草海苔に化けていたという話だ。

下関のフグ。消費者がそういうブランドを求めるが、実際に食べているのだけれど、どれだけの人が判別できるだろうか。ここ知多のフグの漁獲量は、山口の次に多い。これが知らないうちに下関経由になっている。

米でも「コシヒカリ」が米屋の店頭で、どこまで混ぜ混ぜされてるか、分かったのもでない。生産以上に消費されている。

酒でもそうだ。大手の酒造メーカーは、小さな名も無き酒造メーカーの酒を、タンクローリーで買い付けていき、それを混ぜ混ぜして、一流商品名をつけて売り出す。

マァ、どっちにしてもわが家計には影響の少ないものばかり。デモ、食品の管理をもっとシッカリしなきゃいかんぞ。曲がったキュウリを嫌う消費者を、こういう業者が食い物にするんだから。(アンタッ)

今回の養老の「丸明」は倒産するだろうなァ。あんな社長の態度では、社内外の反感を持たれて、そっぽを向かれる。吉兆と同じ運命をたどるだろう。そうでなきゃ、消費者が馬鹿を見る。オレはなんら消費の対象にもなっとらんが。(嘘でもいいが、飛騨牛を食べたかったがやァ。いやちょと待てよ、今だからこそ、飛騨に直接行って、ステーキを食べるという方法があるがやァ)

こういうやつらを、ミンチにしてやりたい。こう思うのは、いつもまじめに生産してきた人たちだろうなァ。食べたことないワシでも、そう思うから。

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「こうこ」をかじって歯が折れた

「こうこ」にかじり付いたら、「ガキ!」といやな異物をかんだ。

石が入っているのか?吐き出してみると、自分の歯ではないか。そういえば、先日から奥歯がしみるようになった。それが欠けたのである。「こうこ」ごときに歯が負けた。

「こうこ」が気になる。要するにタクアンである。今日は他人のブログをそのまま下記に記す。本格派の木村言語研究所のホームページを読んだってちょう。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/kokoko1.htm

歯の欠け方が悪く、とがった箇所があるため、舌に当たる。どうも「たちつてと」が言えない。明日から家族旅行だ。この欠けた歯で、懐かしい人たちに会いにいく。「たちつてと」が言えない状態で、会話が成り立つかしら。「た行」を外して会話しなければならない。

何とか懐かしい人に会えたが、「少し会わないうちに、あの人は言語障害が起きているようだ」という印象を持たせてしまったのではないかと、気に掛けている。

歯医者に行く前に、歯の接着に付いて調べたら、「スーパーポンド」という歯専門の接着剤があることを知った。これを医者との会話に混ぜてやれば、横着な診療をしないだろう。何とか診療を引き伸ばして、診察料を取りたがるからなァ。

診察の結果、欠けたところは虫歯治療された歯で、すでに詰め物がPhoto_2 してあり、中が空洞で接着不可能という宣告である。ということで事前に調べておいた「スーパーポンド」は役に立たなかった。結局いままでの詰め物を取り除き、歯冠をかぶせる治療となった。

とがった部分を取り除き、応急処置で詰め物をしてもらったら、「たちつてと」が言えるようになった。「こうこ」ごときに、えらく高く付いた。

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2008年6月23日 (月)

65歳になると、兼六園は入場料金がただだった

兼六園に行ってきた。金沢は案内表示が全く悪い。しかも駐車場はこの公園にはないのである。下調べもしなかったワシが悪いが。今頃ナビも持たないなんてというかもしれないが、大体方向が分ればナビ以上だと自負している。

やっと見つけた(偶然じゃが)駐車場で、公園の入り口を聞いたら、ここが一番近いという。ワシのナビもたいしたものだ。

入り口で入場料金を大人300円支払う。受付嬢がワシの顔を見て歳を聞くから、「男性の歳を聞くなんて失礼な」というと、「65歳以上はただです」という。

すかさず「65歳65歳」を連発した。疑い深く、

「何年生まれですか」

「17年」

「なったばかりですね」

「7月がくりゃ66歳だわ」といって、「顔を見りゃ歳相応でしょ」

「いいえ、若く見えるます」

普段なら喜ばしいが、今日はいけません。「いや歳歳」と65歳にこだわった。

「何か証明になる免許証などありますか?」

「いや、持っていない」

というと、隣の息子が、

「ヘッ?今まで無免許で乗ってきたの」

「い~やッ、無くすと困るから、車のシートの下に入れっぱなしになっている」

私は年間3000kmしか乗らないドライバー。ましてや他人の車には全く乗らない。

ということで、300円が無料になった。こうなると、いつも免許証を持ち歩いていたほうがいいのかもしれない。免許を無くすと再発行が面倒だから、一宮市発行の「シルバー優待カード」(写真付き)なるものをさっそく身分証明者代りに持ち歩くようにした。このカードはPhoto

  1. 一宮市博物館(無料)
  2. 一宮市三岸節子記念美術館(無料)
  3. ツインアーチ138(半額)
  4. 名古屋港ポートビル(無料)
  5. 南極観測船ふじ(無料)
  6. 名古屋港水族館(半額)

という、地域限定型のもの。それと、相当広範囲に徘徊しているから、職務質問に遭うかもしれないので、その時の身分証明代わりにもなるかもしれない。

アハッ、そうだ!緊急連絡先もキチンと書いてあるから、行き倒れ防止策のもなるかも。

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2008年6月22日 (日)

雨の歩けば♪

Just Walkin' In The Rain http://www.fukuchan.ac/music/popular/walkinintherain.html

雨に歩けば♪などと歌いつつ、傘をさした。真清田神社に来ると、カ004_2 ラスが山門で雨宿りしている。近づくとスキップして逃げる。飛び上がるんではない。スキップである。私の顔を見ながら、横っ飛びスキップである。

よく見ると、羽がグッショリと濡れている。濡れていて飛び上がれないのと分かると、面白くてね、追い回していた。何とかカメラに収めようとするがいち早く逃げられる。ハトは濡れていない。撥水効果があるが、普段の生活態度が悪いから、十分な供えがないんだろう。バカめ!

本町のアーケードはこれから店を開けるところが多く、アッチコッチで006 シャッターの上がる音が聞こえる。電気屋の前を通ると、なんとニクロム線の電気コンロが売られていた。思わず写真を撮った。女将さんが出てきて、これが結構売れているという。ガスと電気とどちらが安いんだろう。テーブルでの煮炊きには便利という。

アーケードを潜り抜けると、傘を差そうか閉じようか迷うような雨が降っている。しばらく傘を閉じて歩いたら、ジワッと体が濡れてくる。厄介な雨だ。

雨に歩けば♪などと歌おうと思うが、後が続かないので、ルルルルでつないだ。下は半ズボン、上着は半そでにマラソン大会でもらったウインドブレーカーの袖もちぎったもの。ジョギングシューズでは濡れが早いから、ウォーキングシューズを履いてきた。これなら多少の水溜りでも気にならない。

ぴちぴちじゃぶじゃぶランランラン♪を頭に中で歌った。

傘は安物のビニールの傘。風が強ければ骨だけになる代物だ。

市内を突き切って妙興寺に入る。実は昨日、中日新聞に妙興寺仏殿開放のニュースが出た。このことは私のブログでも紹介したが、ここの仏殿の中の天井画は、油絵では日本一大きい。これと中日ドラゴンズをかけて、ドラゴンズファンが、「日本一」の祈願に参拝に来たらどうかと書いた。

もう一つ、中日新聞社一宮総局にも同じ「仏殿開放」を知らせた。それを仏殿管理人に話したおいた。私のせいかどうかは知らないが、先日立ち寄ったら、仏殿の管理人が、今日新聞社が来たと喜んで話しかけてきた。

翌日尾張版に大きく報道された。

雨の中を境内に入ると、もう参拝者らしい人に出会った。もしや効果が出てきたか。そうすると管理人が私を見つけて、「驚いた。新聞が出たとたんに、70人来てくださった」と喜んでいた。

せっかく解放しても参拝者が少ないと、張り合いがないからなァ。今日この雨の中、1時間半でもう10人を越えているという。さすが中日新聞。

仏殿の中では、手を合わせる人が見える。できれば、案内板を立てて、目で案内することも必要かも。天井画の竜が、まさに目を入れる「画竜点睛」のその瞬間に、ウオ~ッと唸った話。油絵では日本一だというようなこと。

河野宗寛さんの歌碑の説明など、参拝者も案内書にない面白い話を知りたいと思う。(妙興寺、寺外報道員・独りしゃべりより)

ワシを雇うかい。でもだめだぞ、ジッとしていないから。2日に一度は来ているから、その時偶然に出会った人には説明してあげるがね。その人は運がいい。

今日は自転車でも車でもないから、コンビニでビールを手に入れる。店の前のイスに座り込み、ふとコンビニとは何の略か。コンビニエンスのことだということを思い出した。実は先日これを調べていて、「便利さ、重宝さ、都合、好都合、便宜、便益、安楽など」が出てくる。だがしかし、「公衆便所」が出てきたのには驚いた。

なるほど、店の看板には「トイレ」のマークを出しているところもある。私はね、ずいぶん近くなったから、出ても出なくても一応使わせてもらう。犬の匂い付けか?

歩くようになったら、トイレまでの時間が掛かるからだ。コンビニさんありがとうと、感謝している。あとガソリンスタンドも捨てがたい存在だ。

途中オープンしたばかりのラーメン屋に入り、ビールギョウザセットとラーメンを頼んだ。小雨だが結構濡れてしまった。

雨に歩いて、8,5km2時間であった。

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思い出のさくら道270kmウルトラマラソンの地を尋ねて、家族旅行

一宮をスタートして、北陸自動車道に乗る。郡上で降りて、郡上市内に入る。さくら道270kmウルトラマラソンの時は、名古屋を7時にスタートして、私がここにたどり着くころはもう23時ごろである。16時間掛かってたどり着いたが、車ではわずか1時間である。ありがたみに欠けるし、家族に苦労話を説明しても、説得力に欠ける。

ここで「喫茶チロル」の村井さんに会うためだ。さくら道270kmウルトラマラソンの郡上の美人エイドステーションをやって頂いた縁で、何度かチロルを訪れた。美人ママさんでねェ、しかもこの町の若手のリーダー格である。また世話焼きで、嫁の世話までするというから、息子の顔見世に行った。ワシも頼まにゃいなんからさァ。

顔を見るなり「ヒャ~独りしゃべりさんだ」と奇声を上げた。向かいに座るお客さんに、さくら道270kmウルトラマラソンの事情を説明し始めた。皆ここの人はこのウルトラマラソンのことをよく知っている。話はマラソンで盛り上がった。この後、この町のどこが見所かを聞くと、お客さんが、てんでに、あそこがいいとかここがいいとか話しかける。市内を散策してウナギを食べた。お勧めの城には家内が及び腰なので行かなかった。

郡上から156号を8kmほど北に行くと、大和町に「母情」が銘柄の平野醸造がある。この女将さんには、4月に岐阜市内で行われた「酒蔵の集い」で会ったばかりだ。このとき、五箇山に行くといったらぜひ家に寄れという。お言葉に甘えて店に寄ると、待ち構えていたかのように、迎えに来てくださった。

この女将さんは、郡上の女性全体のリーダーである。いま観光協会の理事でなかったかなァ。さくら道270kmウルトラマラソンとは関係はないが、「酒蔵の集い」で気が合いお付き合いをしている。とにかくここの女性は元気がいいし、美人が多い。今度嫁をもらうなら、絶対にここ郡上からもらいたい。誰がって?ワシじゃがやァ。仕方がないので、息子の嫁をチロルのママに頼んできたが。

女将は、冷蔵庫から冷えた酒をドンドン持ってきて、「運転は息子がPhoto するんだろう」と一方的に決めつけて、私に飲めという。家内とドンドン飲んだ。おチョコでは小さいので、ぐいのみで飲んだ。これから泊る五箇山の民宿に土産の酒を買った。もちろん自分の分も買った。

平野醸造が「鈍足ランナーの独りしゃべり」と知り合いだというので、ワシの名前を使ってランナーがずいぶん出入するらしい。輪が広がっていて、いいことだ。女将さんもいやな顔一つしないで迎えてくれるという。

いい酒を飲んだのに、息子の運転が怖くって、酔いが覚めてしまった。

懐かしい156号線を蛭ケ野に上り詰めると、分水嶺がある。ミズバショウは遅かったが、ここを散策して、500m先の「てぬきうどん」をやっていた売店の駐車場にでた。ここで多くのランナーにうどんを食べさせた思い出の地である。ドラム缶で火を焚いたせいで、アスファルトが溶けて、今でもケロイドのように丸い後を残していた。てぬきうどんの痕跡である。

平成13年、ここの売店の裏に住むという、福手豊丸翁に出会った。そして自叙伝『ひるがの』を頂いた。そこには昭和の始めにここに開拓団として入植して、今の蛭ケ野にした苦労話が書いてある。これに感動した私は、私の書いたエッセイ集『鈍足ランナーの独りしゃべり』を贈った。

ご存じない方が多いが、明治時代の末期のころ、この峠に郵便物交換所として一軒だけ中屋さんが住まってみえた。昭和17年に福手さんは移住され、この蛭ケ野を開拓して、今のようなスキー場やリゾート地にされた。本を頂いたときから、この人に会いたいと思いつめていた。やっとその機会ができた。

この福手さんのことを書いたエッセイがありますので、気になる方は、少し長いが読んで見て下さい。「14.doc」をダウンロード

ご老人は畑をやって見えた。耳が遠いから、孫娘さんの通訳でさくら道 270kmウルトラマラソンの話や、名古屋金沢を走るバスの運転手で、この名金線(156号)を桜のトンネルのしようと植樹し続けた佐藤良二さんに、随分桜の苗木の世話をされたという裏話を聞いた。腰がシャンとして、93歳とはとても思えなかった。

「アンタらがまだ走っているから、ワシもがんばらにゃ」と、93歳が笑っ93_2た。息子がこの気迫にのけぞっていた。いい出会いであった。記念写真を撮って、「また来ますので、いつまでもお元気で」「あんたもなァ」といって別れた。手を握ると、ガシッとした手ごたえは、長年ここを開拓した力強い手だった。この人にとってこの蛭ケ野は、自分の庭なんだろうなァ。開かれた蛭ケ野を眺めながら、ふとそう思った。

とっても新鮮な出会いであった。うれしかった。蛭ケ野の主に会えて感動した。

いまは「さくら道ネイチャーラン」が行われているが、この福手さんを忘れてはいかんぞ。佐藤良二さんの影の支援者ということが分かったからだ。この街道の桜の何割かは、この福手さんの支援になるものであったからだ。

荘川桜を改めに見ると、実に大きい。良くぞ育ったものだ。私のさくら道270kmウルトラマラソンのゴール154.7km地点である。

御母布ダムまで、いくつものトンネルが続く。今日は金曜日なので、車は仕事の車が多い。片側一車線で、対向車には大きなトラックがすれすれに突っ込んでくる。息子もビビッたが、乗せてもらっている私も縮んだ。

白川を過ぎると、下梨から急坂を登ると「相倉合掌造り集落」の大きな看板が出る。これ過ぎてしまうと、五箇山トンネルの3kmもする長いトンネルに入ってしまう。

五箇山で民宿をされてみえる友人の母親の在所「勇助」と従兄弟の「与茂四郎」さんを宿泊先として紹介してもらった。特に今日泊る「与茂四郎」さんは、「さくら道ネイチャーラン」のときに、障害者の宿泊の世話をして下さったという。奇遇というんだろうか、偶然にしては1出来過ぎている。

夕ご飯のときに、同宿の人も交えて、与茂四郎の奥さんに「ささら」や「こきりこ」の使い方を教えてもらいながら、静かな合掌造りの夜を迎えた。暗くなれば寝るしかない夜長を満喫した。

Photo_2 あまりにも早い就寝に、朝早く目が覚めた。起きて誰もいない村内を散策す4る。朝もやが少しかかっている。朝日が朝もやを押しのけながら上がってくる。

撮影ポイントが、すこし小高いところにあるというから、案内板に従った。なるほど村内が一望できる。すでに望遠カメラを構えている人がいた。この早朝に福井から来たという。もう少し待つと、陽が出る。そうするとカヤブキの屋根が光るという。

犬を連れた勇助の親父さんが登ってきた。朝この運動が体にいいという。山育ちが変なことを言うと思ったら、少し前まで町でカメラマンをして2いたという。この勇助がここで初めて民宿を手がけたという。このオヤジさんで2代目だという。民宿が8軒ある中で、ウチだけが本業でやっていて、後は兼業だという。昔修学旅行生200人を総出で泊めたことがあるという。いろんな話を聞かせてもらった。ニホンカモシカやイノシシが飛び出してくる。そうすると人懐っこいゴールデン・レトリバーが喜んで追いかけるという。ちょうどこのあたりによく出る、と山道を指差す。

朝食後に近くの資料館を見に行く。「夕べ、みやげの酒をありがという」と、勇助の奥さんが、資料館にいる私に、赤カブラやウドなどの漬物を届けてくださった。小さな村だ、本日この集落の宿泊者10人と分っているから、どこにいるか直ぐに知れる。なにか、みやげを強要したようで恐縮した。しかも与茂四郎からも、五箇山の一つ利賀村清流素麺と黒部の氷筍水も頂いてしまった。済みませんといいつつうれしかった。この心根が私の心を暖かくしてくれた。

昨日といい今日といい、ずいぶん心が洗われた。

みんなに別れを告げて、156号を金沢に向かった。道がアチコチ広くなり、昔の道がたどれなかった。東海北陸自動車道がこの7月に開通すると、観光客の流れが変わるだろうなァ。

さくら道270kmウルトラマラソンのゴール地点の金沢に入る。兼六公園、東尋坊をのぞいて、思い出の旅は終わった。後口のいいお茶を飲んだようで、さわやかな気分が体を包んでいる。

これから少しの間、この感触を味わえそうである。

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2008年6月21日 (土)

床屋さんは私の耳鼻科

最近耳が聞こえにくい時がある。

以前ヘルニアで岐阜大学へ入院したときに、この際だからアッチコッチ検査したほうがいいと、耳の検査、肝臓の検査、血圧の検査、目の検査などをやってもらった。ベッドで寝ていると呼びにきてくれるから、実に便利だ。

この時、耳の検査したら、耳クソが大量に出てきた。その後検査したら、普通の老人の耳ですという検査結果であった。

「あのねェ、普通の老人とは何事か」と、文句を言った。耳鳴りがひどいと言うと、「耳鳴りは治らん」と一発回答を得た。そこで「イビキは起きれば治るし、耳鳴りは寝れば治る」と私が言うと、「これはいいことを聞いた、今度からその言葉を使います」と笑った。今頃、岐阜大学耳鼻科の会議で、患者との応酬話法でこれを使いなさいという指示が出ていると思う。

家内からラジオの音が大きいと文句が出ると、「これが普通なんですと、大学病院では」と言い返す。

一つ問題なのは、耳クソがたまりやすい構造なんだろうか。私のかかりつけの床屋では、いつも耳掃除を丹念にしてくれる。そこで気になっている耳の構造を聞くと、確かに右の奥の方が、曲がりが大きいという診断である。

耳カキをすると、決まって右側の方が大量に出てくるし、取りにくいので、たまりやすいのだろう。また最近聞こえが悪くなってきた。

会話で聞きなおすのがつらいからといって、いい加減な返事をしないように、聞きなおすときに、「耳が少し遠いのか、聞きにくくて。ごめんね」と断るようにしている。

床屋では、「また耳だけでもいいからおいでなさい」と声を掛けてくださった。うれしいね。でも一度耳鼻科に見てもらう必要がありそうだ。

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2008年6月20日 (金)

ホームレスの定義

厚生省は、ホームレスとは「公園などの住人で、ネットカフェはそれには入っていない」というのが定義という。ヘ~ッ、こんなのに定義をもうけて何になるのだろう。

統計上分類をし難いからだろうか?支援するのに何かの都合があるのか?例えば、ホームレスが多いと、国際的な地位が落ちるとか。不思議だなァ。

動物界、脊椎動物門、ほ乳類、霊長目、ヒト科、ヒト属、ヒト、公園等住人。これがホームレスである。

動物界、脊椎動物門、ほ乳類、霊長目、ヒト科、ヒト属、ヒト、ネットカフェ不法長期滞在者。これはヒト科ヒト属ヒト、ネットカフェ住人は、疑似ホームレスということか?

このことを詳しく書いたホームページがある。念のため抜粋して掲載させてもらいます。

ーー日本のホームレスの定義は「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」にある、
「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」
という文言が公式なものでしょう。ーー

http://blog.livedoor.jp/kenjiro45/archives/50961698.html

ワシは家庭内ホームレスと同じじゃ。見捨てられた濡れ落ち葉のような、年金生活亭主。今まで家にいなければ平穏無事な家庭内も、口うるさいのが一日中家の中にいる。

これはワシだけじゃないぞ、あんた!アンタだがねェ。まだワシは、午前中はマウンテンバイクで30km走り回り、昼寝後2時過ぎから歩きに出かけること約2時間。家の中にはいないぞッ。その分、外でアレコレしゃべりまくっているから、世間が迷惑か。

わが家は3回建て増ししたから、部屋がゴチャゴチャに11個あるから、避難所はどこにでもある。誰が避難するかというと、ワシじゃがやァ。今は姉妹も息子もみんな出ていったので、夫婦しかいない。(逃げ出したんではないぞ、それぞれ独立したからじゃが)Photo_2

いや、一番自由なのが鳥で、家の中飛び回っている。

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2008年6月19日 (木)

近くの内科医を味方に付けたい

毎朝ラジオ体操に出かけている。その帰り道に掃除をしているT医院のオバーチャン先生がいる。

毎朝、掃除をしてみえる先生に挨拶はするが、話したことはない。今日、一度確認したいことがあったので声を掛けた。私がいままで通っていたH内科は、慣れ過ぎて横着をするようになった。頼みもしない診察をするようになった。はやらない病院は、知らぬ内に他の診察に回される。空いているから、待たなくてもいいという私の考えも甘かった。

別な病院でこんなことがある。「あなたの肺には、何万人に一人の欠陥があるおそれがあるので、検査します」という。それから検査検査で振り回された患者が、段々と具合が悪くなる。それを聞いた近所の人が、「そこの病院はやめて、市民病院に行きゃ」と勧めた。何と市民病院では、風邪をこじらせて肺炎になりかけているという診断だった。だから肺に影が出るのだ。そこで注射をうったら、すぐに治ったという。検査は金になるから、引っ張り回す。

同じ病院で、もう少し辛抱して検査を続けていると、今度は「いや、なんともなかったので、よかったですね」と言われると、「先生ありがとう御座いました」と感謝される。「もう先生に足を向けて寝ません」とまで言われる。

私の隣家のオバーチャンが、腹痛を起したので、慌ててこの病院に掛かった。医師が診断ミスをして、腎臓結石を盲腸炎と間違えて手術を始めた。ところが途中で間違いに気付き、再度手術をし直そうとするが、このオバーチャンは超メタボで、手術時間が掛かりすぎた。もう麻酔が切れる。そこで麻酔を再度打ち直したら、亡くなってしまった。こんな医療ミスをする病院である。

婦人科に掛かっていた人が、産後の肥立ちが悪いので、子宮を摘出されてしまった。まるでフジミ産婦人科のようなことをやった。ところが相手が悪かった。テキヤの娘で、しばらくしたら、このご家族は大きな屋敷の引っ越したという話だ。Photo

近くに住んでいるといろんな醜聞がささやかれ、それが聞こえてくるものだ。

今回はH内科で血圧の薬をもらいに行っただけだ。ところが健康診断を勝手に始めたから、しかってやった。もうこの内科とはオサラバだ。しかもね、この内科医は以前から分っていたが、勉強不足だ。

コレストロールでも、昔々の動脈硬化症の食餌療法1981年度のコピーを持ってくる。すすめられる食品と控えた方がよい食品を持ってくる。卵でもこれを毎日5個取っても、コレストロールに何の変化もないという研究ができている。以下がこれである。

『食事コレステロールを卵6個/日与えた。その結果、平均LDLコレステロール濃度は上昇したが、Lp(a)は変化しなかったことから、LDLコレステローと※Lp(a)の間に明確な関連を見出せなかった。』

※Lp(a)は、動脈硬化の危険因子として、悪玉コレステロールと呼ばれて有名なLDLと比べても、より危険性の高いリポ蛋白として注目されており、臨床的、疫学的にはその危険性を裏付けるような報告が数多くされています。

乾燥肌でも、私はこの内科医が勧めてくれた薬より、ワセリンで対応した方が、かゆくはならない。ワシがワセリンで治す方法をこの内科医に勧めたぐらいだ。価格も安い。

花粉症でも、ワセリンで対応している。こんな具合だから、最近信用度の欠ける。そこでウチの近所のT内科医院が随分はやっているので鞍替えを考えている。そこで、今までの薬を提示すれば、薬を出してくれるか聞きたかったからだ。

頚椎や脊椎の手術後リハビリで、毎日自転車を30~50km、ウォーキングを7km前後歩いていることを説明、今は薬に頼らず、高いPhoto ときだけ飲んで、後は運動で下げようと思っていると話すと、薬は飲まない方がいい。運動で下げるようにしなさい。今の方法で十分ですよと、院外診察を受けた。薬が必要ならば、今までの薬を処方しますという。しかも立ち話で。しかもただで済んだ。

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2008年6月18日 (水)

コルセットを外し、傘を持ってh/5kmで歩いた日

今日は雨が降るかもしれない。

午前中キャノンデールで走り始めたら、5kmほど走ったら、雨が降りかけた。慌てて家に帰ってきたら、雨が止んだ。そこでもう一度走り直しに出かけた。

いい汗をかいて、改めてウォーキングに出掛ける。ノルデックポールを持って出かけようか、傘を持って出掛けようか迷ったが、結局傘を持った。中心部を抜けて南下する。時々陽が差す程度で、歩くにはちょうどいい。

最近歩くようになったら、トイレがやけに気になる。キャノンデールならすぐに掛け込めるが、歩きはそんな具合にはいかない。せいぜい歩く距離が7~15kmでは、まるっきり町から抜け出せないので、立小便ができないからだ。歩きは時間が掛かる。キャノンデールは時速24km、歩きなら時速4km、この6倍の違いは、チビルか間に合うかの瀬戸際である。

むかし走り始めたころは、コース上のトイレを熟知していたものだが、そのころの危機感がもう無くなっていた。このごろになって改めて、人目につかない空き地、草むら、トイレの必要性が出てきた。それに最近特に近くなってきたからだ。前立腺が壊れてきたか心配だ。それもだよ、トイレが近くなればなるほど、近くなる。なにが近くなるかと言うと、小便がだ。もうだめか、チビルかと思うほど近くなる。オットトオットトと駆け込む。見ていられない。気の毒で。

だから最近は、早め早めにトイレに入ることにしている。まるで犬の臭い付けだ。目が忙しく、電柱やトイレを探している。このごろ大分歩けるようになったから、トイレの位置が分ってきたのは、幸いである。

今日は久しぶりに、ムキになって早足で歩いてきた。しかもコルセットを外してだ。腰が軽いので十分気をつけて歩いた。時速5kmで2時間半、13km歩いてきた。腰への負担は無いのが幸いだ。とにかく歩くことが今の私の、走る前の基礎だと思っている。ランナーが故障したら、まず歩けというからなァ。歩き終わった翌日、筋肉痛はもう出なくなった。

頚椎手術が昨年の5月、脊椎が8月、もうすぐ丸1年になる。手術後一周年記念に、どこか遠くまで歩いてみたいなァ。金華山頂上まで往復とか、フル百の「キンシャチマラソン」(名古屋城外周マラソン)まで自転車で行ってから適当に歩くという方法もある。色々自分ひとりのイベントを考えている。

走り始めた初心者の気持ちで、歩け歩けドンドン歩けと思っている。日中しかも炎天下の中を、スタコラ歩いている。何もこんな暑い所をと世間は思っているだろうが、夜叉ケ池伝説マラニックを思えばどうってことはない。備えさえあれば気にならない。

サンプロテクターで頭部と後頭部を保護、水分補給とトイレは十分できるコンビニのある大通りを歩いている。だから目立つことこの上ないが、仕方がない。

最近は少しずつコルセットを外す。外すと途端に腰周りが涼しいのと、動きが軽やかになった。これはいいわいと、最近コルセットを外す時間が長くなってきた。

体の歪みが出るかも知れないという不安があるが、怖がっていては走られないからなァ。オバーサンが追突してくるような、不意の事故が怖いので、十分すぎる注意をしながら、壁に沿って、横にすり足、影と伝って日除け歩き、四方眼という忍者もどきで歩く。

全方面一眼で見通す眼力(四方眼)、地面の少しの段差にも対応できるようなすり足歩きは、もう「独りしゃべりの鈍足ランナー」は忍者である。

これなら、引ったくりにも遭わないほどの、身辺バリヤーを張り巡らしている。もうすぐ、柳生の宗ちゃん、塚原のトちゃん、宮本の武蔵ちゃんほどの免許皆伝である。もう鈍足と呼ばせないからァ。

「では超鈍足かい?」

「なんとでも言え、オレがいるから皆早く感じるんだろうが。感謝せいェ」

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2008年6月17日 (火)

オレは二種免許でカラオケタクシーを国会前でするぞ

ワシはねェ、普通二種免許を持っているから、タクシーの運転手ができるの。だから居酒屋タクシー、いいではないかァ。

飲酒接待も、いいではないか、ついでにワシも運転しながら一緒に飲んで、騒ぐのはどうかね。なんらなカラオケも導入してもいいし、ミラーボールも入れたろか?Photo

なんなら、ワシのお囲いのホステスも同乗させたろか?

今回この居酒屋タクシーを利用した中に、検察関係は出ていないが、押さえ込んでいる可能性があると思うよ。(その内に出てくるぞ)

ニュースでは『財務省だけでなく金融庁や防衛省、総務省、さらにはタクシー業界を所管する国土交通省など十三の政府機関にわたる官僚たちが金品を受領』とある。

議員にしても職員にしても、税金をどこまで使い込めば気が済むのかねェ。この人種には、倫理という概念がないのか。オレは選ばれた人種で、特権階級だという認識しかないのかも。婦人警察でも、制服を着ると途端に目尻が釣り上がり、威張りかけるから始末が悪い。

よ~し、ワシも新しい手口を探してやろうっと。

  • お座敷タクシー芸者同乗!三味線付き
  • カラオケタクシー、ミラーボール付き
  • お酌タクシー、自宅までベッピンがお酌いたします
  • ワイン専門リムジンタクシー、ワインセラー付き
  • 日本酒専門タクシー、燗もいたします。食卓から消えつつあるクジラの刺身付き
  • 世界のビールタクシー、トイレ付きですから安心して飲めます
  • おしぼり喫茶タクシー、電動シート付き
  • ノーパンタクシー、口が堅いドライーバーで安心のひと時を
  • 移動キャバクラタクシー

どうじゃ!まいったか~ッ。

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2008年6月16日 (月)

五箇山の墓

6月13日、富山県南砥市の五箇山へ家族旅行をしてきた。合掌造りで、素朴な民泊をしてきた。

友人Yの母親の在所が「勇助」という民宿をこの集落で最初に開業した。その従兄弟が「与茂四郎」という民宿もしているというから、ぜひ世界遺産の中に泊ってみたくなった。世界遺産だぞ~っ。

「勇助」に最初頼んだが、ご不幸があって、喪中は休業されるという2 ので、急きょ従兄弟の「与茂四郎」へ変更してくださった。

相倉は行き止まりで、車は入り口で止められてしまう。江戸時代には、赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷、利賀谷の5つの谷からなるので「五箇谷間」となり、これが転じて「五箇山」の地名となった。五箇山は、前田加賀藩の秘密の場所であり、地図には載っていない場所であった。

加賀藩は密かにここで火薬を作っていたところで、流刑の地ともいわれる僻地である。山に囲まれたこじんまりとした集落で、いまここには20棟あまりの合掌造りが現存する。今から約100年~200年のものが多く、古いものは400年前に建造されたといわれる。

家の大黒柱は、わが家の6倍ぐらいあった。黒光りした大黒柱に圧倒された。

散歩の途中、集落の墓に出合ったので、好奇心からのぞいてみると、普通は「山田家の墓」「伊藤家累代の墓」と書かれているが、ここのは通称名で書いてある。例えば「(仮)三五郎家の墓」「(仮)左平治家の墓」と書いて、脇には「(仮)伊藤権兵」とか、「(仮)加藤次郎左衛門」と実名が書いてある。

これを与茂四郎の奥さん(この人がナカナカ愛嬌があって、なつきのいい奥さんである)に聞くと、ほとんど通称名で日常済ませているから、子供が向かいの人の苗字を知らないと笑った。「与茂四郎んちの興ちゃんがねェ、先生に叱られて廊下に立たされた」という会話で通じる。そうすると「勇助んちの志賀ちゃんがよう、今日学校でちびったぞ」ということになる。

ついでに言うが、この奥さんは、九州出身で、ここに泊ったのが、縁という。なつきのいい人である。しっかりこの地に根付いている。

京都の知人の家は、京都唯一の村、南山城村である。三重県と京都の境の山の中。いまだに仏さんは土葬をしていた。(平成13年に、私が葬儀に参列したから事実である)

でも五箇山は火葬をするといった。焼き場のことをサンマエと言っていた。「サンマエ」か、実は尾張地方でも「サンマエ」と言っていた。でも辞書には何一つ「サンマエ」は出てこない。気になる。

この会話は、朝食のときにである。同宿の新潟から来たご婦人は顔をしかめていた。でも、家内も新潟出身で、通称屋号で呼び合う風習は同じと、意気投合していた。

この話を帰ってきてから、この宿を紹介したY君に言うと、墓は一度も行ったことがなかったという。怖かったらしい。そう言えば、「地主神社」の裏山を歩いたと言うと、そこはマムシが多いから、怖いので一度も行ったことがないという。なんと、在所に行くが何も知らないらしいので、少しおかしかった。他所もんの方が好奇心があるから、調べるだけ、こちらに分がある。

マムシなんか踏んづけなきゃ、喰いつかれないのに。という私も、山を走るようになってから慣れてきただけだが。墓をのぞくという体験は、好奇心Photoからだった。

もう一つ、合掌造りは皆さんが思っているのは上の写真でしょう。私 も初めて知りましたが、原始合掌造りは、まるで竪穴式住居と同じで、後になって一階を付け、2階を付けて持ち上げて行ったという。それが右の写真です。

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血圧と低気圧の関係

最近ねェ、血圧とケンカしているのよ。内科医が、私の承諾なしに採血をしようとしたので、怒ってやった。血圧が少し高いので薬をもらいに行った。診察に入ると、とりあえず血圧を測り、採血と言う。無理やり健康診断に持ち込もうという算段だ。

そこでこんなことをやるなら、もう来ないと宣言して帰ってきた。以来Jan2605 自分で自分の血圧を下げてやろうと思い、今まで頚椎と脊椎の手術後だが、おかなビックリで運動をしていたのを、少しジュクリと鍛えなおすことにした。自転車30→40~50kmとウォーキング5→7~15kmに距離を伸ばした。

そうしたら、薬を飲んでいても飲まなくても、あまり血圧に差がないことが分かった。

ところが時々だが、急に上がる時がある。それを今調べている。ヒョットして前の日の運動とのかかわりか、あるいは天候かと調べていた。そこで検索を繰り返していたら、こんなホームページにぶつかった。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kinosita/hd.htm

・・・天気の良い時には気分が良く、天気の良くない時は気分も良くないものです。したがって、天気と血圧も密接な関係があることが予想されます。北海道大学の定期健康診断で測定した2万人の学生について、天候と血圧の関係について調べてみました。血圧は低気圧が来る前に上がる。

これらのことから、低気圧がやってくる前の日に、すでに血圧が高くなっていることを示していると思われます。前の日、まだ、そんなに天気がくずれていないうちに、翌日の低気圧の影響をうけて血圧が上がっていると考えられます。

なお、気圧以外の天候の要素として、気温、湿度、雲量(または雨)との関係を調べましたが、これらと血圧との関係は、まったく見られませんでした。

多くの患者さんの血圧を測っていて、いつもの時より高めの傾向がある時は、次の日の天気が下り坂のことが多いようです。一方、いつもより低めの時は、次の日に天気が良くなることが多いようです。気象台の天気予報より、よく当たることが多いような気がします。・・・

さてこれから、過去のデーターから、急に高くなった血圧の日々と気圧の変化を調べてやる。これで気象予報士になれる。

気圧が下がる前日に血圧が上がる。過去の天気図は、これを見ればすぐに分かる。http://www.weathermap.co.jp/kishojin/diary/200805/index.php

驚いた、2007年の7月以降の血圧や、今月になってからの高い血圧を天気図を当てはめると、ピタッと一致するではないか。毎朝起きたはなに記録している。これでワシも気象予報士じゃ。

5月31日は防災訓練だが、血圧上昇中で、気の毒に低気圧が接近して、中止じゃと思っていたら、案の定中止じゃった。

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2008年6月15日 (日)

物忘れ

中日春秋にこんな記事だでた。 

電話番号が思い出せない。人の名前が、どうしても出てこない。齢(よわい)を重ねるほどに、こういう経験は増えてくる

▼「やれやれ、年をとると脳の方も…」と考えがちだが、さほど悲観することもないようだ。最近の研究で高齢者の脳の方が若者の脳より「賢い」ことが分かってきたと米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が伝えている

▼記事によると、高齢になると注意力散漫になる分、名前のような一つの事実を覚えておくことは苦手になるが、逆に、より幅広い情報を頭に入れておけるようになる

▼たとえば、わざと「場違いな言葉」を潜ませた文章を読む実験では、若者は、それを無視して読むため速度では高齢者に勝る。だが、後で「場違いな言葉」に関する問題を出されると、正答率は高齢者にかなわない

▼ただ読む時につまずいているのではなく、高齢者の脳は、「場違いな言葉」という余分な情報でも吸収、整理してしまう。これが、全体状況の把握や現象の背後を読む時に威力を発揮する。つまり、現実社会で必要な「賢さ」で“若い脳”に勝るというわけだ。

▼運動能力の方はそうもいかず、高齢ドライバーの操作ミスによる交通事故が目立つという。七十五歳以上の人は、きょうから「もみじマーク」の表示も義務付けられる。“危ない車”のレッテルでなく、敬意を払うべき“賢者の車”の印だと思いたい。

一度に二つのことをやろうとすると、片方を忘れる。何かをしようとしてそこへ行く。そこへ行くと他のことが気になった。その瞬間に、もう最初のことを忘れている。メモを書いておくんだが、そのメモをどこにやったか忘れている。またメモをしたことすら忘れている。話したことを忘れて、何度も同じ話をしてしまう。だから「最近この話をしたかねェ」と、確認してから話すようになってしまった。

もう瞬間健忘症というんだろうか、始末が悪い。新聞でいうような『高齢者の脳は、「場違いな言葉」という余分な情報でも吸収、整理してしまう。これが、全体状況の把握や現象の背後を読む時に威力を発揮する。つまり、現実社会で必要な「賢さ」で“若い脳”に勝るというわけだ』であれるだろうか、自分ながらこの先が心配だ。

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2008年6月14日 (土)

「旦那」という言葉の、仏教語と落語の説明

妻が夫を、商人や芸人が客を、雇い人が主人を呼ぶときに使う男子の敬語。「檀那」とも書く。本来は仏教語で、サンスクリット語のダーナの音写。ダーナは与える、贈るという意味で、「布施」などと漢訳される。中国・日本では寺院や僧侶に布施・寄進する施主、仏教の後援者(パトロン)の意で用いられる。僧侶が檀信徒の仏法を説くことを「法施(ほうせ)」といい、信徒が法施を受ける寺を「檀那寺」といった。

これは大方どこでも同じ説明である。

ところが落語の中ではこんな説明をしている。芸者遊びを見つかった番頭に主人が、こう説教した。・・・天竺(てんじく)に白栴檀(しろせんだん)という立派な大木があって、その根のところに難延草(なんえんそう)という汚い草が生えていた。人がこれを見てこの難延草を刈っちまったら、きっと白栴檀にもっと美しい花が咲くだろうと思って難延草を刈り取ると、一晩のうちに白栴檀が枯れてしまった。これは難延草の汚い根が白栴檀の肥やしになり、また難延草は白栴檀から露をもらって生きていた。お互いに相持ちじゃ。それで白栴檀の「だん」と難延草の「なん」をとって「だんなん」「旦那」というようになった。

当家では主人の私が白栴檀、番頭のお前が「難延草」だ。お前さんは気に入るまいが随分私も根だけのツユをお前さんに下している。またお前さんも私をよく根で養ってくれます。お前さんが店に出れば白栴檀、店の若い者はさしずめ難延草・・・・。

こうさとして、分家させる。

仏教語より説得力がある。落語の説明も、語源にまぜてまえんかねェ。

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2008年6月13日 (金)

オイ!ドラゴンズよ、どうした?妙興寺の日本一の竜を拝んだらどうだね

ワシはねェ、ドラゴンズの勝っている時だけのファンだ。005

でも最近よう、交流試合になった途端に負けがこんできた。一度一宮にある妙興寺の出向いて、日本一のドラゴンを拝んできたらどうか?

ここにはね、天井画の油絵では日本一の竜がある。いま丁度、仏殿が一般開放されている。真下で寝っ転がってもカメラに納まらないほど大きい。仕方がないので、少し斜めに撮った。

『妙興寺散策』によると、「天井の竜」の項には、・・・鏡天井の大円の中に、五間四方にわたる竜が、珍しく洋画で描かれている。筆者は山喜多二郎太。・・・仏殿になぜ竜を描くかというなら、竜は雲を呼び、雨を降らすから、防火の意味するとも聞く。しかし、これは俗説で、本来の意味は、仏法守護を意味する。釈迦が成道のとき、菩提樹下に金剛座をくみ、我もし正覚を成ぜずんば、死するともこの座を立たじと誓われたとき、天竜鬼神みな歓喜して、清風を起し、そして釈迦が成道して、樹下から立ち、竜王の池辺に行ったとき、七日七夜、洪雨が止まなかった。このとき、竜王が出てきて、釈迦を七周し、仏を守護したという。竜は真実を護持し、仏法を守護する意味から来ているのであろう。・・・

画竜点睛にまつわる話が、大淵窟河野宗寛老師の談話を『一禅僧の自伝』より紹介しよう。

・・・昭和31年春頃からかかって、12月に完成した。天井を下ろして立てかけ、それに足場をかけて絵をかいた。絵の具だけで70万かかった。かき代はただじゃ。

いよいよ描き上がったから、「それじゃひとつ、画竜点睛をやろうじゃないか」というので、昭和31年12月16日、お経を唱えて、竹の一間半ぐらい竿に筆をつけて、竜の目の所へポンとこうやった。そうしたら、それこそ摩訶不思議、その大きな竜がうなった。

「ウオ~ッ」と。それこそ境内に響き渡った。

「老師はうまい演出をするものじゃ。一分違わずあんなに竜を鳴かした。どういう仕組みじゃろう」という人もあり、「そんな造作があるものか、あれは本当に竜が根性を入れたからだ」という人もある。

実は集落に響き渡る有線放送がある。その12時のサイレンで、これがウォーと鳴り出したというわけだ。ポンとやった瞬間に、うん良く鳴り響いたわけだった。・・・

こんないわれのある竜を拝んで、この後、ドラゴンズに頑張ってもらいたものだ。心入れて拝めよ、ドラゴンズファンよ。007

アクセスは名鉄妙興寺駅(普通停車のみ)で降りて、南東500mにある。大きな寺だからすぐに分かる。大きな駐車場が、西側と南にもある。

境内のど真ん中にある背の高いのが、仏殿です。案内人がいるので、 説明してくださる。拝観料は要らないが、さい銭ぐらい上げなよ。

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二進も三進って?

これを私は、「ネッチもサッチも」と言っていた。65年間失礼しました。ホームページで探すと結構出てくる。意味ぐらいは知っていたが、ソロバンから来ているとは、一つ勉強になりました。

  • にっちもさっちもいかない。二進とは、2÷2のこと。三進は3÷3のこと。答えはともに1。二進、三進とは割り切れてすっきりとするという意。それが「ーーーーいかない」ということは、どうしようもないこと。HPより
  • わり算九九から来た言葉なんだ。漢字で”二進も三進も”と書いて「2でも3でも割り切れないということで、算段がたたないということからきたんだよ」HPより
  • 通常「にっちもさっちも行かない」という形で用いられる。行き詰ってしまってどうにもならないありさま。また、どうやりくりしても必要な金が算段できないことをいう。漢字で書くと「二進も三進も」で、算盤(そろ‐ばん)の割算の「二進一十(に‐しん‐いん‐じゅう)」「三進一十(さん‐しん‐いん‐じゅう)」から出たことばで、二を二で割ると割り切れて商一が立ち、三を三で割ると割り切れて商一が立つことを意味することから、計算のやりくりをさす。 二進も三進もうまくいかない、つまり、うまく計算がすすまない、ということがもともとの意味です。(三省堂より)

「にっちもさっちも」か、「ねっちもさっちも」ではないんだ。思い違いというのは結構あるもので、家内が「ウサギ美味しいかの山 こぶなつりしかの川」フナもウサギも美味しいよと笑った。本当にそう思っているのか聞くと、歌詞は「追いし」ぐらい知っているが、学校ではこう歌ったという。

山の中の学校で、小学から中学まで一校舎。一学年一教室。今日は全生徒で山狩りをする。そうなると鉄砲持参で村中の大人が出てきて、総動員でウサギを捕り、それを料理して昼に食べるんだそうだ。そのときに歌うと笑った。

家内の兄貴たちは、こういうところで育ったから、長男は熊狩り、崖Photo っぷちに生えていて、採るのに命がけというイワタケや山菜を好んで採ってくる。次男はマムシや山菜、ウナギのようなドジョウ。これらを根気と送ってきてくれる。

マムシの焼酎付けをもらったときは驚いたが。あまり好きでないヘビをどこにしまうか、隠すところがなく、ビンに壁紙を貼り付けたり、もう二進も三進もいかなかった。(やれやれ話のけりが付いた。アハッ、無理やりな語呂合わせで、チョ~ンと拍子木が鳴る)

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2008年6月12日 (木)

ベトナム麺とベトコンラーメン、どちらが早い

ヘッ!ベトナム麺というのが東京にある。なんでもベトナム戦争(1959~1975)にヒントを得て、ニンニクごろごろ入れてスタミナ麺としている。

八眞茂登(やまもと)中央区銀座のある。

http://www.chuoku-town.com/do/001/004/

一宮に「新京」というベトコンラーメンがある。

ウイッキペディアのよると、ベトコンラーメンは、主に愛知県、岐阜県のラーメン店で供されるラーメンの一種である。愛知県一宮市、あるいは岐阜県岐阜市が発祥と言われている。

ベトコンとは、元祖である一宮市のラーメン屋「新京」の説明する所では、ベスト・コンディション(best condition)の略である。このラーメンを食べて体調をベスト・コンディションにするという意味という。

人のホームページから『本店の稲垣さんが1932年に満州国の新京市で生まれました。(現在の吉林省の長春市)
 これが新京の由来になってます。
 昭和10年頃(稲垣さんの)父のもとでボーイとして働いていたチヤンさんが色々中国料理を作ってくれ、そのなかに今ベトコンラーメンといわれる原型のそばを食べました。
 昭和44年新京を開店しました。開店当初その疲れと湿気のため食欲不振になり当時調理を受け持った安井氏が、ニンニクと唐辛子の入ったラーメンを食べさせてくれました。それは満州時代を思い出させる懐かしい味でした
 そしてこのラーメンを皆様に食べてもらいたいと思いました。そしてベストコンディションラーメンと言う名前が浮かびました、しかしお客さんは「おい、ベトコンくれ」言います。ベストコンディションよりベトコンのほうが言いやすいのです。私はその名をいただきベトコンラーメンとなったのです』これが新京のベトコンの由来です。

一方、同じく元祖を主張する岐阜市のラーメン屋「香楽」の説明する所では、ベトナム戦争時のベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の勇気に感動して、その名を拝借してベトコンラーメンと命名したとの事である。

ベトコンラーメンは商標登録していなかったので、各地にできてしまったという。元祖と本家と始祖は、どちらが本元かい?と悩む。時期的にもベトナム戦争中だからというのと、ニンニクごろごろが同じで、どっちもどっちか。

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2008年6月11日 (水)

「べらぼう」ってどんな棒?

「べらぼう」とは、「箆棒」と書くと電子辞書に出てきた。「箆」は「髪の毛を分けるのに用いるもの。くし。細かい歯のくし」とある。

何でこれがべらぼうになるのか。これは単なる当て字か。意味は「ばかもの。そんなべらぼうな話があるものか、という使い方をする」

へっ、広辞苑に出ているがや。「便乱坊・可坊」とも書く。「江戸時代寛文(1661~1673)ごろ、見世物に出た、全身黒く頭がとがり目が赤く、丸く、あごが猿のような奇人の名、「便乱坊(べらぼう)」「可坊(べくぼう)」からでた言葉という。

むかし子供ころ見世物が神社の前に出たことがある。ヘビ喰い女、人間ポンプといってなんでも飲み込んで吐き出す。電球なんか飲み込んで腹の中で灯火をつけてみせた。Photo_4

下半身のない花ちゃんが編み物をする。編み物をする花ちゃんの足元の箱を覗くと、下半身が何も見えない。仰天したものだ。これを学校の先生に聞くと、鏡を使っているという。仕掛けは右である。

そんな「べらぼうな」と叫んだものだ。昔は河童でも鬼の頭蓋骨でも細工して見世物にした。いまこれらの遺物を医療機器を使って分析すると、すぐにばれる。多分この「便乱坊」も細工物だろうなァ、でも言葉だけが現代に残った。郡上の近くに和良村がある。ここの寺では、鬼の頭蓋骨を見せている。

もし今のロボットなんかを江戸時代にタイムスリップさせると、そんな「ロボット」なという言葉ができたかも、という馬鹿なことを雨を見ながら考えていた。単にカタカナでなく、当て字で「呂坊吐」などと変えると面白いか。(なんにもすることがない、ひまな雨の日)

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2008年6月10日 (火)

ノルデックポール、土砂降りに遭う

9日午前中キャノンデールで38km走り、昼飯を食べたら急に眠くなった。パソコンを開いたまま、テーブルに突っ伏した。

目を覚ましたらもう2時だった。よしこれから歩くぞ!と意気込んでノルデックポールを手にした。少し雲が出てきているが、2時間位は持つだろうと、バイパスに出た。このバイパスのいいことは、わが家から見ると正三角形の底辺に当たり、わが家は頂点に近い。

バイパスに向かって手の指をいっぱい開いたように、5本の道が扇状に走っている。だから体の不調や雨などに遭っても、近回りができるから都合がいい。

少し天気が心配なので、このコースに出た。バイパスの一本裏には、静かな車の通が少ない道があるから、実に都合がいい。しかもおあつらえ向きに、公園があり、トイレも完備しているし、水道もある。表通りにはガソリンスタンドにもトイレがあり、コンビニにはビールもある。実に私向きのコースである。

歩き初めて4kmほど経ったときに、携帯ラジオに雑音が入ってきた。雷である。そろそろ短縮するコースへ変更した方がいいかも。都合よく(いつも都合よくであるが)コンビニがあったので、ビールを購入して店の前で飲んだ。もう家まで1kmだ。歩き始めた途端に、ガラガラピッシャンと雷が鳴き、突風がそこいら中のゴミや土ぼこりを舞い上げた。ゲホ!目も開けていられないほどになった。

それが収まるとポツポツと雨が落ちてきた、と思ったら、いきなりバケツをひっくり返したように降ってきた。アハッ、よく走っているころは、雨の日を好んで走ったものだ。適当に濡れて汗を流してくれるから気持ちにいいものだ。これを知らない人は、アホと違うか?と思っていたに違いない。でもこの気持ちよさを知らない人が気の毒になる。

そう思いながら、歩いていると、友人のT君が車で追いかけてきて、乗れという。いやいいよ、シャワーを浴びているようで気持ちがいいと断った。あと家まで500mのところで、友人の奥さんが乗れという。これも断った。親切はありがたいが、せっかくこんな気持ちのいいシャワーを浴びているのに。  

家に着いたら雨が止んだ。まるで着の身着のままプールに飛び込んだようになった。久しぶりに気持ちがよかった~。

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一宮市の大江川に、また意味不明な工事

大江川をU字溝のようにコンクリートで固めてしまった。そこへ今度は植物を植え付けている。この現場写真を撮ってきた。まず工事の内容である。0031 ベストマンロール(以下に説明文あり)にアセスゲという植物を定植させて、川底のコンクリート製の植木鉢に設置させている。

ベストマンロール(植生ロール / ヤシ遷移ロール)とは円筒形のポリプロピレンネットにヤシ繊維を高密度に詰めた蛇篭状の素材で,河川や湖沼の水際の植生護岸を形成するための一時的な植生基盤として,水生植物苗とともに使用します.一般に水生植物苗は植生ロール専用の水生植物苗(ルートボール(BC06):ヤシ繊維基盤ポット苗)を使用しますが,地域の植物に配慮して現地掘取苗を使用することも可能です.いずれの場合においても植栽された水生植物の苗が成長し,植物の根茎がロールを貫通し土中に根を張ることによって、ロールはより強力に固定されます.最終的にはロールのヤシ繊維は微生物によって分解されますが,植栽した植物の根茎がこれに置き換わり植生護岸が形成されます。以下メーカーのホームページでから転載しました。http://www.especmic.co.jp/bstm/products_bstm/products_br/products_br.htm

005

004 工事以前には、川藻がユラユラ動き、コイや小魚が泳いでいた。その藻が多すぎると、増水したときに水位を上げるからといって、夏の渇水期に草刈をしていた。

コンクリートにしたのは、排水をよくするためといい、あくまでも「大江川用水」と「用水=排水路」を力説している。そしてコンクリートにアセスゲが定着するようにと、ベストマンロールに植え付ける。植え付けたものが定着しやすいようにという配慮だが、ロールに根を張ってもその下はコンクリートである。

ロール本来の意味は、上の赤字の説明にもあるように、ロールに定着した根が、土に届くようにするのが本来の役目だ。ロールが土の役目ではないのだ。いずれロールが微生物に分解されると、根無し草になったアセスゲは下流へ流されていく運命だ。

何度見ても馬鹿馬鹿しい工事である。以前清州にある河川工事事務所に出向いたときに、玄関のポスターには、「環境に優しい護岸工事を致します」というような文言を書き、今までコンクリートで固めた護岸をはがし、グリ石などを入れた工事を五条川でやっていた。

「固めてはがして」を繰り返している。要するに議員と土建屋とグルになって、血税を貪り食っている。

自然がなくなるというから、魚の待避所のようなコンクリート製の穴倉を作り、川藻がないからと今度のアセスゲ植え付け工事。どうだ立派に自然に配慮しているだろうと胸を張る。まったく市民感情をはぐらかす手段としか思えないのだ。

要するの無駄な工事だ。

この大江川は、距離や木陰が、私が徘徊するにはちょうどいい歩道だからだ。気分直しに歩いては腹を立てている。いいのやら悪いのやら。

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2008年6月 9日 (月)

カイロプラクティックの誘い

市民会館の近くを歩いていて、トイレに行きたくなったので公園まで来た。そこへ女性が声をかけてきた。「わしゃトイレに行きたいがやァ。ちびってしまう」とはさすがに言えなんだ。

「いま市民会館でカイロプラクティックの先生が来て見えますので、ぜひ来て下さい」

と盛んに勧める。私は針灸というものや、手をかざして診察するというものに不信感を持っている。このカイロプラクティックもそうだ。

「カイロプラクティックとは、自然の法則に基づく、哲学・科学・芸術であり、不調(疾病)の原因となる脊柱上の分節を、素手によってのみアジャストをするシステムとされる」とある。

厚生省の考え方は「カイロプラクチック療法は、脊椎の調整を目的とする点において、あん摩、マッサージ又は指圧と区別され、したがって、あん摩、マッサージ又は指圧に含まれないものと解する」としている。あんま、マッサージ以下か?

どちらにしても、私は脊椎をいま人に触られたくない。頚椎と脊椎の手術後1年たったところで、今自分で必死になって、世間がビックリするぐらいリハビリしている最中だ。健常者ができないぐらい、動き回っている。それでも私にとっちゃ、手術前の半分以下だが。

少し大げさに、私の付いているのは杖ではない。ノルデックポールで、脊椎の周りの靱帯を取っているから、姿勢制御の訓練に使っている。これからまだ10km歩かねばならないので、時間が惜しい。そして「さくら道270kmウルトラマラソン」という超ロングなマラソンで故障をした。また現役に戻るための訓練中で、あなた方の「カイロプラクチック療法」では無理がある。

「自分の体は自分で治す、ではさらば」と、トイレに飛び込んだ。「セーフ」、もうちびりそうだった。ここまでは追いかけてこないだろう。

脊椎を悪くしている人が、整体でマッサージをしていたら、急に足がPhoto_2 シビレ、そこから病院へ担ぎ込まれた。要するに触っていけない神経をマッサージしたんだろう。これがあるから注意したい。

手術はしたくないという気持ちが、これらの治療を受ける。人それぞれだが、一度レントゲン、CT、MRIでのぞいてから触るなら納得できるが、手をかざしただけで何が分かる?私はゴメンこうむりたい。

勧誘員も腰の曲がった人、杖を突いている人を探していたのだろうが、性格の曲がったワシなんか捕まえたのが、間違いだった。

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2008年6月 8日 (日)

四川大地震で笑えない日本の電柱

これって、もしかして、高速道路のコンクリートと同じで、海の砂をPhoto_4使った電柱でないかねッ。中部電力さん。中の鉄筋がサビ付いている。

「殿中でござる」で笑えないぞ。震災に遭えば、いの一番に復旧させるが、水、食料、電気、ガスじゃないかと思う。

ワシねェ、地元の「中日新聞」に、色々なんでもない情報を提供している。ただ情報に対していちいち返事はしなくていいかPhoto_5 らね、という条件を出している。こういう関係はもう20年ぐらい続いている。これは新聞社だけでなく、「東海テレビ」「テレビ朝日」でも同じ条件で流している。

こういうなんでもない情報が、紙面を埋めていると思う。私は事件記者ではなく、身近なニュースを提供しているだけだ。

でもこの電柱、少しおかしいと思いませんか? このニュースを新聞社に流したが、反応はなかった。(仕方がないか、返事せんでもいいという条件だから)

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2008年6月 7日 (土)

カラスと老猫の縄張り争い

まず写真をご覧下さい 。  010_2011014013

左から、少し遠くの車の影から、ハシボソカラスが「ガァガァ」と威嚇する鳴き声がする。マウンテンバイクで通りがかった私が、バイクを降りてもカラスとネコは知らん顔。Dec27_04

 鳴き声を音符にすると、上の「気をつけ」である。

どうも様子からすると、カラスがこの水場で行水をしたいらしい。いやしていたのを邪魔されたのを奪回に来たのだろうか。戦いは長い時間を掛けていたのだろうか、不明である。

すこしずつ近づいて来たカラスが、ネコの背後に回る。ネコはこれをあざ笑うように、尻尾をクネクネ動かしてカラスをからかっている。カラスがこの尻尾を口ばしでつつく寸前に、ネコが尻尾をクネッと動かす。そしてカラスをにらみつける。

そうするとカラスはパッと後ろに飛び下がる。そしてまたネコの背後から近づいてきて、クネクネ動かすシッポをコンと突付くが、またもや失敗する。

これを延々とやっている。私も延々と見続けた。葬式帰りの4人が立ち止まる。それを見た郵便局員が、何ごとか立ち止まる。みんなが「アハハアハハ」と笑いながら見ているが、一向に気にしていない両者。

そのうちに通りがかった車が、通れないのでクラクションを鳴らしたので、両者一斉に逃げ出した。やれやれ決着を見たかったのに。

結局、カラスとネコに、ワシがからかわれたんだろうか?

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2008年6月 5日 (木)

子供の名前

モンゴルでは子供のころの名前に、とんでもない名前を付けるという。

意味がわかるとびっくりするような名前もある。たとえば「名無し」「誰が知るか」「くそったれ」「醜い娘」(男の子に対して)など。これは、モンゴルでは子供の死亡率が高かったため、それを「悪霊に子供の命をとられる」と解釈し、悪霊の目を欺くためにわざとおかしな名前をつけたという事情がある。自然環境の厳しい地方、とくにゴビ地方などでは今だにそのような習慣があるとも聞く。以下のホームページを参照

http://www.geocities.jp/mmitsuya3/mongol/namae.html

実はこういうことは、むかし日本にもあった。『トイレで笑える雑学』講談社には、南方熊楠が古代の人名を紹介している。

紀貫之は幼名を阿古久曾麻呂(あこくそまろ)という。阿古は吾子で久曾は糞と同音。「わがウンコちゃん」というわけ。ほかにも、押坂史毛屎(おしさかのひとけくそ)、錦織首久僧(にしきこりのおびとくそ)、阿部朝臣男屎(あべのあそみおぐそ)、卜部乙屎麻呂(うらべのおとくそまろ)これが男の部門、女性部門では、巨勢朝臣屎子(こせのあさみくそこ)、下野屎子(しもつけくそこ)がある。

今ならイジメに合いそうな名前だが、古代には排泄物には呪力があるという信仰があって、魔よけの意味がある。「丸」という名前も頻繁に使われている。「丸」はおマル(便器)の意味で、屎の付く名前と同じ願いからつけられた。

『語源辞典』で「おまる」を調べると、幼児や病人が用いる持ち運びできる便器。動詞マル(放る)の接頭語「お」がついてできた語。単に「まる」といっていたこともある。

『古事記』にマルは「殿には尿まり散らかしき」とあり、排泄する意の 動詞とある。Photo

古代は、自分のことを「まろ」といい、卑下した意味に用いていた。が、平安時代から親しみのある言葉となり、果ては小児の名に何丸などと呼んだ。そして、ついには高貴な摘子か寺院のみに用いられるようになり、下層階級でははばかるべき文字になった。

でも「悪魔」という名前は、いけませんぞ。

字数で名前を決める人も多い。この近くで「〇本万△」という字画の占い師がいる。ここに兄弟が別々に頼みに行った人がいた。この人は数少ない苗字で、先生も予備に名前がなかったのか、兄弟の子に同じ名前を付けたという。伊藤、安藤、佐藤なら量産できるように、名前もたくさん作って用意してあってであろうに。気の毒なのは兄弟の親子だ。自分の子ぐらい、生産者として責任とって自分で付けろと言いたい。字画で運命が決まってたまるか。アラビヤ語なんか一筆書きに近いぞ、〇本万△さん。どうする?

「〇本万△」に付けられて、いい運命がたどれなかったら、先生のせいにするんかねェ。

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2008年6月 4日 (水)

酢のききめ

友人から、今度一宮フォーラムで「酢」について、発表するので、パソコンで調べてくれないかという依頼を受けた。

さっそく調べると、酢の効能が出てきた。

まず防虫剤である。

http://homepage2.nifty.com/sou-archtect/bouchuuzai.htm

血液サラサラ

http://www.choumiryou.net/su.html

酢は素晴らしい健康食である

http://www.fujisco.co.jp/kouyo/sufre.htm

いずれを読んでも素晴らしい健康食品である。

  • 防腐・抗菌作用
  • 防虫
  • 血液サラサラ
  • ダイエット
  • 筋肉内の乳酸菌を分解
  • 悪玉コレストロールを分解
  • 便秘解消
  • 洗濯機内の掃除と除菌
  • カルシウムの吸収をよくする
  • 水虫・ニキビにも友好
  • 血圧上昇を抑制
  • 肥満、糖尿病、動脈硬化を予防
  • アルコールのよる肝機能低下を活発化させる

おい、気になっていた生薬で、血圧や肝機能に効能があるやつを探し続けていた。つい見つかった。黒酢がいいというが、そこに蜂蜜が入れば、なおいいに決まっている。できればニンニクも入れてもいい(65歳では、もう手遅れかも)。辛いもの好きの私は、唐ガラシを入れてもいい。

ワシね、最近内科医とケンカして以来、血圧なんて自分で下げると宣言してから、薬に頼らず運動時間を延長した。歩く距離をドンと増やした。汗をかくこと、心肺機能をつけるに専念している。意外や早めに効果が出てきた。着実に下がってきている。いままで薬で下げていたが、今は飲まないでその数値になった。

いままで頚椎と脊椎を痛めていたので、ここ2年ほど歩くことが難儀であった。この間に血圧が上がってしまったようだ。これが手術後順調に快復して、15kmウォーキングと8kmジョギングができるようにまでなっているから、もう一度マラソンを走りたいと願っている。臆病にならずに、しかも慎重に運動を続けている。

今度は肝臓だ。ヘルニア手術のときに、長年痛め付けた肝臓数値を、禁酒によって一旦は正常に戻したが、これだけは社会復帰は早い。

さっそく、日本蜂蜜(株)の「蜂蜜&米黒酢」500mlを880円で買っ Photo_2てきた。約5倍に薄めて毎日飲めばいい。500mlを5倍だから2500ml。毎日100cc飲んでも、25日もある。安いものだ。

ワシの体はきれいになるのだ~っ。血圧君や肝臓君、もう少し待っていてねッ。

友人で「ウンコダイエット」を提唱している者がいる。ウンコ二回すればその分体重が減るという理屈をこねている。一回を二回に分けるのではないが、そんなに都合よく二回出るものか?食べた分しか出ないので、バカこけ!と言いたい。

ならば「ズボンダイエット」を提唱したいがねェ。小さめのズボンをはくこと。これだけ。食べると「づつにャ」ウン?分からんてェ、「づつにャ」って、これ方言かなァ、苦しいことよ。ウンコの心配せんでいい。

ウンコダイエットを提唱したF氏が名古屋弁の研究者で、この「づつにァ」を、彼の出版物の中でこう解説している。「気がづつない」とか「胸がづつない」などの熟語的に言うように、「つらい」「痛い」とかの意味とある。名古屋弁の大家が、語源がたどれず、この「づつにャ」は正体不明の名古屋弁と位置付けている。

ギャル曽根が、一日6回行くという。どこにいてもウンコの心配しなければならんのも、づつにァはなしだでいかんわァ。まァ食べる量が尋常でないからなァ。一回のウンコで便器が詰まるというので、こまめに流しながらするという。それでいて48kgだと。イカン臭ってきたから、この話はもう止めるわァ。

酢がダイエットにもいいらしいから、酒飲みの彼にさっそく教えてやろうっと。体も柔らかくなるかも。そう言えば、腰の手術後あまり柔軟体操できないから、いいかもしれん。昔サーカスの人は酢を呑んでいると聞いたからなァ。

酢(素)敵!大酢き!

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2008年6月 3日 (火)

食べるものを、車のエネルギーに使ってはいかん!

いまバイオエネルギーとして、大豆などを使って車のエネルギーにしようという動きがある。

そのせいか途端に食料関係が値上がりを始めた。燃料と食料は、同じテーブルに載せたら、車のほうが大食いである。ギャル曽根ではないが、我々ではとても太刀打ちができない。

これを続けていると、そのうちに食糧危機が来る。特に日本は輸入に頼っているから、ブラジルや中国からの食料輸入が先細りになる。

ミャンマーや中国での四川大地震で、食料難民がドットできた。人の口を避けて燃料に回すことを禁止すべき時期がいずれ来ると思うし、早急に対策を立てなきゃいかんと思う。早くバッテリーや水素、太陽熱、太陽光なんでもいいから、人間の食料とオバーラップしない方法を工夫して欲しいものだ。専門知識がないからこれくらいしかいえないが。

日本はもっと農業自給率を上げるべきだし、農業支援政策つくり、フランスのように自給率を上げないと、米がないパンがないと走り回る時が近いと思うよ。今リタイヤする人が増えてきた。こういう人をドンドン田舎で農業に就いてもらう。年が年だから息切れがするかもしれないが。

今度はトイレットペーパーどころではない。食料となれば、力が強いものが生き残る可能性がある。今の北朝鮮やミャンマーのように、力(軍部)のあるヤツが食料を押さえ込む。

ブラジルのアマゾンの開発は、地球環境に大きく影響することを知るのは、50年先に気が付いてからではもう遅い。いまそれを盛んに警告しているが、一向にアマゾンまで届いていない。衛星で監視していても、ドンドン伐採されている。

以前「山天の会」を創って、山菜を採りながら、山頂で天ぷらをした。山で天ぷらをする会が「山天の会」である。あの時、なんでもない雑草が食料になるなんて思いも寄らなかった。またそれを知っている人が神々しく見えた。

近くの病院の介護マネージャーだが、実によく知っていて、「お前はヤギか」と言ったことがある。こいつを「山天の会」の食料調達係にした。しかも同じ病院で薬剤師をしている人を救護班にして山にでかけた。とても安全な山の会となった。

今からでも遅くはない。野草を食べることを勉強したいメ~ェ。自給自足南無妙法蓮華経色即是空自給自足?

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2008年6月 2日 (月)

自転車を無視してくる車

急にバックしてくる茶髪。

「コラッ!危ないだろう。どこ見てるんだ」

いきなりコンビニからバックで出てくる。もう少しのところであった。私Photo はあまりスピードを出していないから、すぐにハンドルを切れるし、止まれるからまだいい。これがスピードの出るバイクならぶつかっている。

町はずれに来たら、歩道に横着に止めた土建屋の車が3台歩道一杯に止めている。車道は結構車が通るから、いきなり飛び出すと危険である。少し手前から様子を見ながら車道に出て、通り過ぎる瞬間に大きな声で、「歩道をもっと確保してください」と注意した。お兄ちゃんがすみませんとあやまった。スピードを上げながら手を振った。本当はじかに注意してもいいが、相手は大勢で怖かった。だからスピードを上げながら声を掛けた。

狭い町道を走っていると、目の前の車が急に減速して、いきなり方向転換を始めた。これにはあと少しでぶつかるところだった。どうもこの女性は、花屋の駐車場に入りたかったらしい。この車、少し手前の三叉路からいきなり飛び出して私の進路を遮った。頭にきた私は、みんなに聞こえるぐらいの大声で、叱り付けた。

イカン今日はこんなんばっかしじゃ。もうゆっくり走ろッと。最近自転車は危ないというけれど、確かの朝の通勤の自転車軍団は怖い。アウトインアウトで、レースまがいに交差点に飛び込んでくる。

それ以外はね、自転車は、車の運転手を顔をジッと見ていないと、なにしでかすか分からん。車とは勝負にならんからなァ。

ノルデックポールでさっそうと歩く私は、交差点や横断歩道に来ると、ワザワザ杖を体の前についたようにして、腰を屈めて立っている。そうするとね、車が止まってくれるのよ。

横断歩道を渡ると、杖を手に持って走りかけるのだ。(ギャハハハハ~ッ)こうして意地悪婆さんになったように、仇を討っている。ざまァみやがれってね。

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2008年6月 1日 (日)

カワセミのいる大江川

ノルデックポールを持って大江川の周りを歩く。ここは桜並木があり、いい木陰ができているからだ。

貴船小学校の近くまで来たら、なんとカワセミがいるではないか。これ以上近づくと逃げられそうだが、バカチョンデジカメでは、ナカナカ大きく写されない。一応光学ズーム3倍機能が付いている。Photo_3

目一杯ズームしても、点にしか写らない。これをパソコンで引き伸ば してやると、これ以上はピンボケになる。川の中にわずかなせせらぎがある。ここに集まる小魚を狙っているようだ。何度もダイブしてこの橋げたに戻ってくる。私は木の影からこれを狙った。

写真を撮り終えてからここを離れて下流へ行った。コンクリート三面張りの味気ない川は、強烈な太陽の光で、暑苦しい熱気が跳ね返ってくる。

なんとこの熱いコンクリートの上に、1,5mほどのアオダショウがはっているではないか。このコンクリートではどこからはい上がるのだろう。しばらく003観察しているが、ヘビが私に気が付いたか、動きを止めてしまった。少し姿を隠してから、また位置を変えてのぞくが、まだ動かない。仕方がないので、反対岸へ回った。

イカンどこに行っても動かない。このコンクリートのどこからはい上がれるのだろう、気になって仕方がない。ヘビも住み難にくくなったと、のた打ち回るほど悔しいだろうなァ。帰りにもう一度ここを通ったら、もうどこに行ったかヘビはいなかった。

これねェ、みんな生き物と共生しようとしない人間や行政が悪いのよ。森林を伐採してくれるから、食べ物がなくなり、クマやシカだって町へ下りてくる。

自然界の仕返しが、温暖化であり、気象の変化であり、竜巻もサイクロンも地震も、人間にはどうしょうもないスケールで襲い掛かってくる。もっと昔の自然な姿に戻すことをしないと、取り返しが付かなくなる。019

001この大江川の河川工事は一番やってはいけない工事 だ。この7km北にある、川島の河川環境公園では、河川の護岸を一番浄化しやすい研究をしている。この規模は世界レベルだという。左右の写真を見比べてごらん、こんな近くでこれほど違う。右の写真の護岸を見てご覧、みんな違うでしょ。どの護岸が環境にいいかを研究している。これを参考にしなきゃ意味がない。

流れをよくするために三面張りにしたのに、川底にはもう泥がたまり、草が生えかけている。以前はね、川藻が生えていたのを、水位が上がるといって、夏に草刈をしていた。いずれ泥が堆積して、草が生えリャ、何のためにコンクリートで固めたか分かりゃしない。ツルツルの川底で、コイが泳いでいるが、川藻が生えていないのである。どこで産卵するんだろう。恋(鯉)ができなと悩んでいるかも。

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