牛丼食べ歩き
吉野家の牛丼330円、味噌汁50円、トン汁150円、ケンチン汁120円。
松屋は牛丼300円で味噌汁付だ。ここで差が付いた。トン汁に変更すると180円追加。
すき家はすき家豚丼並300円。(各店の値段は、一度確認してね)
ワシねェ、年金生活者で、アウトドアー徘徊老人というか、要するにね、家にジッとできない、運動老人、もうすぐ66歳なんです。しかも金無し老人が徘徊するのは、安い飯屋で過ごすか、夕べの残りで済ますか、少し臭うご飯でチャーハン作るか、お茶漬けで過ごすかの選択で、日夜苦労しているのだ。
どうやったら、ひと月頂いた小遣いで豪華に過ごすかを、捜し求めているこの苦労。君たちに分かるかい、ウン?。目をつぶって、松坂牛(飛騨牛ではない)のすき焼きで有名な、「和田金」を思い出しながら(一度しか食べたことがないけれど)、吉野家、松屋、すき家を攻める。割り箸に、肉の破片が引っ掛かり、こんなに一度に食べていはイカン。薄さこの上ない超極薄(よくもまァ、こんなに薄くできるものだ)の肉片。持ち上げると向こうが透けて見える。スダレ肉ともいう。(この薄さが、店の明暗を分ける)
ハシに引っ掛かったこの肉片を唇で外し、万遍となくご飯と肉が一緒に口に入るようにする。この技は、ワンコイン(500円)がワガ命だからできるのだ。
松屋はねェ、肉は引っ掛からない。肉が厚いのではない。ここは使いまわしの丸い箸だからだ。しかもそれを宣伝している。「235億本のハシが輸入されている」という、環境保護をワザワザうたっている。肉がハシに引っ掛からないばかりか、環境にもいいし、その分安くできるというなかなかの優れものだ。
でもね、ここだけの話だが、あと少しでお宝が入る予定だ。これが入れば、なにもこんな苦労はしないのだ。マンテンバイクで立ち寄ったレストランでステーキを食べ、途中のコンビニではないパブで、水分補給にワインを飲んで家に帰る。
シャワーを浴びてから、静かにクラシックを聴き、ウイスキーをオンザロックにして、うたた寝をする。
目が覚めると、牛丼家の前の公園のイスで、よだれをたらし突っ伏して寝ていた。そんな自分が、水晶玉に見える。
でも、もう一つのガラス玉には、豪華客船に乗った自分の姿が見える。(もうすぐ宝くじの発表だが)
イカンもう妄想に世界に入ってく自分が、汚れたガラス戸に写っている。豚丼と牛丼を両手に持ってうれしそうにしている自分が見える。
「アンタ、今日の晩ご飯、すき焼きでいい?」
いつもなら大喜びだが、このごろ、すき焼き風味はもういいと思うこのごろだ。
今度は「タヌキうどん」と「キツネうどん」の違いを求めてとか、「おかめうどんの原流を求めて」に切り替えないと、世間が牛丼命のワシを変人と思うのもそんなに時間が掛からない。加齢臭に牛丼臭が体の周りに渦巻いている。
「カレーを求めて」「ハヤシライスの元祖を訪ねて」「オムライスのタマゴの巻き方の違いを求めて」「タマゴとニワトリばかりが親子丼ではない。では他にどういう親子丼があるか。岐阜の川島にチョウザメとキャビヤの親子丼というのがある。イクラとサケの親子丼とか」「そばは二八そばばかりじゃない。では何割までそばというんだろうか」「テンプラで家康が死んだ真実とは」「味噌煮込みうどんの、うどんの硬さを求めて」「クルクルすしで、ワンコイン幾皿までいけるか」「変わった丼物を探して」・・。いかんなぁ、ワシの頭は、どうしてこう変な方向へ回転していくんだろう。
鏡よ鏡、鏡さん、今度は何を求めるべきか。教えて欲しい。ワンコインが第一条件だぞ。
それが問題だわさァ。
朝ごはん食べたばかりなのに、昼なに食べようか。(チョットそれって認知症の始まりと違うかと、ふと心配になる)
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