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2009年3月12日 (木)

人乳を飲ませたブタの料理

『酒池肉林』井波律子著にこんな記述があった。

古代王朝殷(BC1700~1100年)の第30代の天子、紂(ちゅう)。

彼はけっして無能な天主ではなかった。生まれつき聡明で弁が立ち、行政手腕は並外れていた。こうした知的能力に加え、素手で猛獣と格闘できるほど力も強かった。紂はこの恵まれた資質を、ひたすら悪の方に振り向けた。

天性の聡明さは、彼を諌めようとする臣下をやり込めるためにさわかな弁舌は自分の非を覆い隠し、白を黒と言いくるめるために威力を発揮した。なんでも思い通りになる勝利に快感に酔った紂は、すっかりのぼせ上がった。

即位9年目、征伐した有蘇氏から類まれなる美人の、妲己(だっき)が送られた。好色な彼は溺愛し、欲望のままに贅沢の限りを尽くし、享楽の日々を送るようになる。

鹿台という御殿におびただしい財宝を集め、今日鉅橋(きょきょう)という倉庫に大量の穀物を集め、犬や馬や珍奇なものをいっぱい集めた。さらに沙丘(さきゅう)という離宮の庭園や建物を拡張して、自分の為のレジャーランドを造り、ここに各地から集めた野獣や鳥を放し飼いにしたのである。もちろん美女も全国から集めた。

金めのもの、食料、珍奇なもの、美女など何でもかんでも手当たりしだいに集めた。膨大な費用は税金でまかなった。

こうして集めた権力と富の散財にとりかかった。レジャーランドの沙丘に、酒で満たした池を造り、樹木に干した肉(当時は最高のご馳走であった)を引っかけて肉の林とした。そしてその間で、裸の男女に鬼ごっごをさせ、自分は妲己を横にはべらせてその情景を見ながら、長夜の宴を張って悦に入った。

当時の必要以上の贅沢(奢侈)は、「分量を尊んだ」。一晩中牛飲馬食し、大量の酒、大量の肉という具合である。

これが酒池肉林である。

ここにこんな文面があった。

武帝(司馬炎)があるとき、王済の家に行幸したところ、王済はごちそうを出すのにすべて瑠璃の器をつかい、100人余りの侍女はみなうす絹のズボンと上着を身に着け、飲食物を手で捧げもった。蒸したブタがこってりとして、普通の味と違っていたので、武帝は不思議に思い、わけをたずねた。これに答えて、

「人乳を飲ませております」

武帝ははなはだ穏やかならず、食事がまだ終わらないうちに立ち去った。

当時、これが一種最高の贅沢と意識されていたことは明らかである。

乾飯や蝋燭で炊いた飯や人乳を飲ませた豚がうまいとはとうてい考えられないけれど、このような高価な素材や珍奇な材料を、燃料、塗料、飼料などとして、目に付かないところで消費することこそ、贅沢の真髄だと考えた。

何でも食べる中国だから、こんなこともあったんだろうな。酒池肉林か、そういえばもうすぐ「酒蔵の集い」が4月にある。酒は浴びるほど飲めるが、最近食べ物が出なくなった。以前はふんだんに出ていたが。K君の内証で行くことがでくるだろうか。よく鼻がきくからなァ。K君はこのイベントのモニュメントを酔った勢いでぶち壊したことがあるからなァ

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