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2009年6月15日 (月)

妙興寺供養塔の引越し

仏殿の南西に灯篭がある。以前から気になっていたが、ずいぶん傾いている。近々倒れるのではないかと思うほどである。灯篭の中の土が流れ出して、土台から崩れかけているようだと、素人判断していた。

Photoれをとうとう仏殿の南東の森の中に引越しさせるという。その分解作業が始まった。岡崎の石材業者が来て、石に番号を打ち、水平線を入れ、写真と製図を克明にとる。ばらすほうは簡単だが、組み立てるときのために、克明な記録が必要なんだ。

これだけ複雑な形をしている石を、元通りに組み立てる。この技術を見てみたい。石屋の職人に話しを聞こうとするが、石屋だけに口も堅い。仏殿の前にある線香立ての石物が明治時代名古屋の米屋、伊藤満蔵氏の寄贈された話をすると、さすがによく知っておられた。伊藤さんはほとんど岡崎で刻んで寄贈されたからだ。2

今度の引越し先は森の中で、今度は土台部分にコンクリートを流している。こういう 石物が倒壊する原因は、木の根っ子だという。石を外したところを見ると、大きな根っ子が突き抜けているのが分かる。そこから派生した細かい根が灯篭の中で渦巻いている。

Photo_2 この石に何か文字が彫ってあるが、判別しない。ところがお隣の4博物館の職員が、基礎工事を見ていた私と仏殿の管理人に、「字が判読できた」と言ってきた。それによると、享保七年(1722)の供養塔ということが分かった。何の供養かは分からないという。287年近く前から根っ子が入り込んでいたのだ。

これからしばらく退屈はしない。私が氏子総代をしている神社でも、石垣が大きく傾いてきている。桜の根っ子がグングンと石垣を押しているのがよく分かる。すぐに倒れるのではないが、いずれ根っ子を切ってやらないと倒れる危険がある。

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