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2010年4月 2日 (金)

クルクル寿しへ行ってきた

コノシロをが出てきた。

うん?変な話を思い出した。福祉のイベントで、古本を一冊100円で販売していた。その中に『魚の素顔』安田富士夫著を見つけた。この中にこんな記述があった。

ーーーコノシロは海底の泥とか珪藻土、あるいは泥の中にいる小動物を泥といっしょに食べる。こんな貧しい食事をしているが、味は一年中よく、すしねた、煮付け、塩焼き、空揚げにされ賞味される。関東ではコノシロまで育たないコハダを喜ぶ。

ところが武士は不吉な魚として好まなかったという。それは魚の名前が「この城」に通じることから、焼き魚にでもしたら、城を焼くといやがったそうだ。

コノシロの名前に由来にこんな話がある。武家が町民の娘を嫁に所望した。その娘には婚約者がいた。粋な父親は棺おけにコハダをいっぱい入れて焼いたところ、コハダの焼く匂いが死人を焼く匂いに似ていたために、武家は娘が死んだと思いあきらめた。

それから「子の代わり」、コノシロと名が付いたという。

でもコノシロを焼いてもいやなにおいがするとは思わない。ーーー

ウナギは関東では腹から裂かない。切腹に似ているからというが、関西は堂々と腹から裂く。これは商人が腹を割って話すということにちなんだという。どうも、こじつけのような気がする。浜名湖はウナギで有名だ。私がここの浜名湖一週マラソンに参加して、舘山寺でウナギを食べたときに、料理人に聞いた話だ。

湖西のウナギ屋は関西風、湖東は関東風、面白いのは、浜名湖にノドチンコのように突き出ている舘山寺は、関東と関西が入り乱れて、関西で裁いて関東風で焼く、またその反対もある。要するに、文化の分岐点だということだ。

ツバキについてはよく聞く話だが、武士はその首が落ちる様子に似ているというのを理由にツバキを嫌った、という話もあるがそれは明治時代以降の流言であり、実際には江戸時代には大々的に品種改良が進められていたというのが真相である。

といいながら、おいしく寿しを頂いた。

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