南米の奴隷と犯罪意識の話
『ビーグル号航海記』を引きずり出して読んでいたら、こんな記述のぶつかった。
ダーウィンが乗船しているビーグル号は、世界一周も終わりに近づいた。
――われわれはブラジルに別れを告げた。私は2度と再び、この奴隷の国を訪れることはないと考えて、ありがたかった。
リオ・デ・ジャネイロの近くで、私はある老婦人の向かいに住んでいたことがあるが、この婦人は自分の家の女奴隷の指を押しつぶすために、締めねじを用意していた。思うに、奴隷の主人にみかたをし、奴隷に対して冷酷な人は、みずからを奴隷の立場において考えたことのない人である。自分の愛する妻子が買手がありしだい、獣と同様に売り飛ばされるという不安が、いつも頭上にかかっていることを想像してみるがよい。
われわれイギリス人とアメリカにいるイギリス人の子孫が、おこがましくも、口に自由を叫びながら今日まで、このような罪悪を犯してき、また現在も犯していることは、まさに人の血を逆流させ、心をおののかせるのである。――
私の姪がイギリスに留学していたことがある。あまりにも有色人種への差別がひどいので、2年後アメリカに変更した。それほどイギリスはダーウィンのころからのカラードへの蔑視が生き続けている。
姉がブラジルに住んでいる。昭和34年に移民した当時は、現地人の怠け者よりひどい扱いを受けたという。
今でこそ、日本人の勤勉さは評価され、それなりに地位についている。その日本人を狙った犯罪が多い。要するに金を持っているということが、引き金になっているという。
姉が帰国したときにこんな話をした。ある家が強盗に入られた。家族を一部屋に押し込んで、鍋からハシ、茶碗、フトン、米、コーヒーまで持っていかれたという。
泥棒に入られた家族が、「明日のコーヒーまで持っていくのか」というと、「それはスマン」と一缶置いていったという。
盗んだものを、丸ごとその家の車に積み込んで持っていくという。
お袋がブラジルの孫たちに、シャツや帽子等を根気と送っていた。その当時は航空便は高いから、船便で送った。そして手紙で何を送ったかを知らせると、決まって品物が少なくなっている。姉が言うには、船員が盗んで、関税職員が盗んで、郵便配達員が盗むという。
要するに自分のものは自分のもの、人のものも自分のものという、道徳観念が欠如しているとしかいいようがない。
義兄が交通違反したときに、警察官が、「法定の違反料金を半額にするから、いま払え」という。正義感の強い義兄はそれを断った。そうしたら、「日本人は頭がいいのだが、なぜこの損得が分からんか」と議論になったという。変な議論だ。
姉が帰国するとき、カメラを買った。新品と見られると関税が付くから汚していった。そして関税職員と荷物検査をしているとき、チョット目をはなした隙にカメラがなくなった。関税職員を問い詰めると、「知らん」の一点張りだったという。
ダーウィンのころから、ブラジルは一向に進歩していない国だ。
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