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2010年4月11日 (日)

有頂天とは、どこのテッペン

これは誰でも分かりますよね。宝くじでも当たれば有頂天になる。うれしさの最上級的表現なんでしょうが、「これは仏教で九天の最上の天であるもので、世界最高所」と知った。(これは息子が小学校卒業記念でもらったおまけのような、三省堂の「故事ことわざ辞典」である。

疑い深い私は、今度は講談社のことばの新書「なるほど語源辞典」を開いた。ここには、

「喜びで夢中になること。一つのことに熱中して心をうばわれ、上の空になること。近世以降は喜びで我を忘れるの意に転じた」

これも仏教用語で、天の中の最上にある天としている。

ここで気になるのは、この文中に、

「心をうばわれ、上の空になること。近世―――の意に転じた」

という部分である。転じたと言うことはその前はなんだったんだろうか。ここは「広辞苑」に出場していただこう。これを要約してみると、

天には三界がある。この三界は有色界と無色界の二つがあって、無色界には欲望の世界の欲界と物質的世界の色界の二つがある。

三界に家無しと言うでしょう。これはこの世界の三界のどこにも安住すべき家がないことをいうが、この色界にも四禅天(初禅天~第四禅天)十七天あり、この有色界(形ある世界)の最も上に位置することを有頂天という。これを物事に熱中して我を忘れること。また、得意の絶頂とある。

う~ん、これにもなにから転じたのかの説明になっていない。

私は最近言葉遊びが講じて、変な辞書類がたくさんある。もう一冊、幻冬社から出ている「常識と知っておきたい日本語」を開いた。

「仏教の教えの一つは、心を無にして真理を悟ることだが、物事がうまくいくとつい欲を出してしまう。これを「有頂天」と言っていましめた。

やっと出てきた。これはいましめの言葉だったのだ。

宗教家が形あるものの最高峰を求めて、山々を極めていった。そういえば、山には宗教的な名前が多いし、事実、宗教の修行の場にもなっている。これが関係しているのだろう。

何か言葉数が多い割には、分かったようで分からん。理解できたと有頂天になれないなァ。

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