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2010年7月25日 (日)

夜叉ガ池伝説マラニックがスタートした

毎年のことだが、私が頚椎と脊椎の手術をした2007年の2年前まで、1993年の初回から2005年まで連続参加していた。

だがどうしても腰痛には勝てず、いつも2日目の坂内までの90kmが限度だった。そしてやっと手術をしたのが2007年5月に頚椎、8月に脊椎である。岐阜大学でも1年は間隔をおく手術を3ヶ月のやってのけた。やってのけたと言うのは岐阜大学がやったことで、私にその体力があったということだ。

手術後3年経ったいま、走りたいとは思うが、スロージョギングが精一杯、無理はできない体を承知している。でもどうしてもこの大会に顔を出しておきたい、たくさん思い出があるし、多くの友人が来るからだ。顔を出さないと仏にされそうだ。

ここで知り合った友人とはいまもメールや、年賀状のやり取りをしているからだ。私の財産である。

7月24日は記録的な気温の中、8時に走友のFさんと家を出た。木曽川の尾濃大橋を渡り、美濃路街道に入る。昔をホウフツとさせるウネウネした街道には車もなく、二人並んで走られたのがいい。

墨俣の一夜城の説明を、郷土史家の走友がことこまかく説明してくれる。

大垣の北を迂回するように、スタート地点の神戸町役場に着いた。もう受付を済ませたランナーが、スタート地点へゾロゾロ出てきた。

知人を探していたら、フリーのTVディレクターの石井さんが取材をしていた。彼からこの大会でニュースになるような人はいませんかというメールをもらった。そこで大会委員長の山口さんへメールしたら、面白い子がいるという。なんでも地元の「いびがわフルマラソン大会」で、結婚宣言をして、ウエディングドレスで走った子がいるという。その子の承諾を得たというから、ディレクターにメールしたら取材をしたいという。

ディレクターからも顔を出せという。こんな訳で、何のためらいもなく、この会場へ来た。079_2

でもよくもこんな暑い大会に、連続13年も走ったものだ。見る立場になると、狂気の沙汰ではないか。11時にスタートしたランナーを見送ったら、急に暑さが身にこたえだした。

神戸町から一宮まで30kmヘロヘロになって帰ってきた。

このニュースはNNN系の全国版のPm6:00からの「バンキシャ」の中と、CBCの地方版「イッポウ」で30日か8月2日17:20ごろに放映される予定。ヒョットして、自転車用のヘルメットを被った、ヒゲがいたら、それがワシだでねッ。(まず不味い顔をとらんと思うが)

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