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2011年9月 4日 (日)

小原庄助さん

私はカラオケのないころは、この歌を手拍子でよく歌ったものだ。

会津磐梯山節で有名な小原庄助さんのあとばやしは、

♪小原庄助さん なんでしんしょ しもた

 朝寝、朝酒、朝湯が 大好きで

 それで しんしょ しもた

である。朝寝、朝湯は世間にたびたびあることで、それだけでしんしょをつぶすわけはない。朝酒がいけなかったんだという人がある。それに対して酒党のいい分では、朝酒ぐらいでつぶれるわけはない。実は庄助さんの好きな朝湯    とは、女性とねんごろにすることだったんだ。これは一番いけない。朝からではしんしょがつぶれる道理だという。

ところが先年、会津東山温泉で芸者の歌うのを聞くと、

 小原庄助さん なんでしんしょ 起こした

となっている。しんしょつぶしたりなんかしない。起こしたんですという。朝寝朝酒で東山温泉の朝湯に浸かりながら、しんしょ起こしたんです。それだから偉い人でしょう。歌になるような人ですから、という。

ところがまた、庄助さんの墓というのが、白河市の皇徳寺あって、徳利型の碑で上に杯型の笠石がのっている。寺の話では庄助さんは会津の塗り師で落ちぶれて白河の大酒客、羅漢山人という絵師をたずねて来た。両人肝胆照らして毎日飲み暮らしていたが、庄助さんが頓死したので、ていねいに葬り、この墓をたてた。表面に、

 会津塗り師 米汁呑了居士 とあり、裏面に、

 食前食後 その間もよし

その後、3年で羅漢山人も死んだ。遺言により隣に埋めたという。

これが事実なら、やはり庄助さんは、しんしゅしもたわけであるが、さきごろ会津若松で庄助さんの子孫と名乗り出た洋服屋さんがあった。他にも子孫を名乗る競争者があるそうです。子孫が繁盛しているのをみると、やはりしんしょを起こした方かもしれない。

『世界の酒』住江金之著 ひかりのくに昭和出版 昭和38年 参照

 

この本は、廃品回収に出ていたものを貰ってきた。こういう行為はたとえ廃品であろうが窃盗にあたるぞ。(内緒にしてて)

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