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2012年5月19日 (土)

魚の目が消えた日

いつころからだろう。私の右足の裏に、角質化した魚の目が2つできてしまった。

最初の子は、先に生まれただけのことはあって、大きさは7㍉ほどあり、指で押すとしっかり根を張った安定感が感じられる。歩いていてもその存在感がしっかり伝わってくる。こいつの所在地は、中指と薬指の間の下辺りだ。(そういえば足にも手と同じ名称を使っていいものかと悩む。もし使っていいものなら、足で人を指してもいいものだろうか、指された人は怒るだろうなァ、と悩む)

この辺りはだいたい一等力がかかるところだ。だからいつも角質化した皮ができる。こうした皮を爪切りでパチパチやって、

「おうっ、今日は大量に収穫できた」

と、密かな喜びを感じていた。

それとはチョット様子の違う角質化渦巻き皮膚が、ゴマ粒ほどになっているのが発見された。この子は、さわると皮がゴワゴワとして、指紋というか足底紋が一カ所どう見ても不規則な波紋がで、高空から見る台風に目のように見える。が、まだ 発達中である若い台風である。

これが親指と人差し指の真下辺りである。それは小さな小さな魚の目であった。

 

日本では「魚の目」というが、ドイツでは「鶏目」といっているらしいことを、最近読んだ『マンボウのあくびノオト』北杜夫著に書いてあった。ヤッパリ目に見えるもんね。

一度この手入れするのを忘れて、豊橋から一宮まで、旧東海道を辿り、友人宅で遊んで、91キロを16時間30分で走ったことがある。

5月、あまりにも暑い日であったので、トイレや公園で頭や足に何度も水を掛けて冷やした。水はしたたり落ち次第に靴を濡らしていった。わが家にたどり着いて足の裏を見てビックリした。足の裏は雨降りでもないのに真っ白となり、ぶよぶよにふやけていた。それに鼻が曲がるほど臭かった。(臭いのは余計なことか)

その真っ白な足の裏から、魚の目はさらに魚の目らしく、魚の目の角質化した皮膚が、16時間の上下運動と湿気から水ぶくれを作り、魚の目の周りが白く輪を書いたようになっていた。それも先住の魚の目と新参者の魚の目が二つ並んで私をニラミつけていた。

私はなぜか感心した。

よくぞ魚の目、鳥の目と命名してくださったと思った。まさにその通りで蛇の目や虫の目には見えなかったからだ。私は魚の目になぜか「ごめんね」と謝りたくなった。

走るのにはやっぱり邪魔で、こいつを処分したいと思った。

魚の目に効くというので《足の裏の魚の目たこにスピール膏》という、バンドエードの真ん中に黄色い薬がつまったやつを張り付けてやった。

二、三日たつと固いところが白く軟化してくる。これをチョキチョキと爪切りで切り取ってやるのだが、根っこのところまで掘り起こすことはできなかった。

日なたで新聞を広げあぐらをかくと、足の裏から魚の目が私を見つめている。  

「そうかそうかわかったよ、今手入れしてやるからよッ」

と、チョキチョキ散髪してやる。 ジュータンの上で開脚ストレッチングをするときも、足の裏の目とパッタリと目が合ってしまう。

「おゥ、久しぶりだなァ。しばらく見ない内にずいぶん大きくなったなァ。よしよし」

と、ストレッチングを止めてチョキチョキしてやっていた。

平成9年5月、一宮から伊吹山々頂まで往復100㌔マラソンを一人挑戦することにした。夜零時スタートした。スタートしてすぐに雨が降り出した。

伊吹山々頂は真っ黒で、山に入るのは諦めて、登山口からは北国街道を南下して中山道に入り、そこから美濃路をたどり大垣まできて寒さと腰痛のためにリタイヤしてしまった。

雨は冷たく降り続けたために体は冷え切ってしまい、さんざんな70㌔、14時間58分であった。

約15時間雨の中を走り続けた足の裏は、豊橋から91㌔、16時間30分の時よりさらに白く、まるで赤子のあしのようにブヨンブヨンとしていた。

あれからしばらくして魚も目を手入れしようと思ったら、消えてしまっていた。

家出をしてしまったか、どんな事情があったのか知らないが、行方不明となり、音信不通となってしまった。雨で流されてしまったか、あるいは靴の中のどこかに引っ掛かっているのではないかと捜したが、やっぱりいない。足の裏を丹念に調べてみても、その痕跡すらない。

日なたで新聞を読む時も、ストレッチングする時も、あの魚の目と目を合わせることはなくなった。

身内を無くしてしまったような寂しさがある。平成9年から行方不明のなったまま、今日に至っている。7年を過ぎると、こういう法的措置を取る。

―――失踪宣告(しっそうせんこく)とは、不在者、生死不明の者(死体が確認できていない者など)を死亡したものとみなし、その者にかかわる法律関係をいったん確定させるための制度である。―――

あの魚の目の、失踪宣言をした現在も、消息不明である。

余談だが、「魚も目」を、各国ではどう表現しているか調べてみた。意外や今のパソコンには翻訳機能が付いているので、それを駆使したら、

日本→魚の目

韓国→魚の目→티눈 →티→ティー。눈→目 ?誰か教えて、これしか分からん。

フランス→ Un maïs→コーン→トウモロコシ?

ドイツ・イタリア・スペイン・ポルトガル→ほとんどがコーンに行く着く。

唯一中国が→魚の目→鸡眼→鶏眼と出てきた。親愛なる中国の漢字よ、やっと『マンボウのあくびノオト』北杜夫著にたどり着いた。

さてこんなブログが表示できるだろうか。マムサン(南無さん!)
オホッ、翻訳語が掲載できた。万歳!は、中国語で「万岁」と書く。
魚の目とさらばしたい人。「15時間雨の中を走りなさい。さすれば魚の目はたちどころに退散するであろう」という、藪竹庵先生の見立てである。

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