目茶苦茶とは
目茶苦茶(滅茶苦茶)は、電子辞書によると、――道理に合わないこと、。度が外れていること。目茶を強調するのが目茶苦茶である。――
なるほど。
伊藤肇氏の心に響く言葉より…ここでは、
――安岡先生から「茶は三煎して味わう」と教えられた。
浄境に栽培された芽茶(めちゃ)に
――安岡先生から「茶は三煎して味わう」と教えられた。
浄境に栽培された芽茶(めちゃ)に
最初はややぬるめの湯をかけて、
芽茶のもつ甘さを味わう。
この甘いという味は、味の初歩的なもので、
芽茶のもつ甘さを味わう。
この甘いという味は、味の初歩的なもので、
幼児にも未開人にもよくわかる。
だから、人間も未熟なうちは
「あいつはまだ甘い」ということになる。
次の第二煎は、
次の第二煎は、
少し熱くした湯でタンニンのもつ渋さを味わう。
この渋いという味は甘さよりは一歩進んでおり、
この渋いという味は甘さよりは一歩進んでおり、
人間も中年近くなってやっと、
「渋い魅力がでてきた」といわれるようになる。
第三煎は熱湯を注いで、
「渋い魅力がでてきた」といわれるようになる。
第三煎は熱湯を注いで、
カフェインのもつほろ苦さを味わう。
この苦いという味は、人生も五十をすぎないと、
この苦いという味は、人生も五十をすぎないと、
ちょっとわかってこない。
蕗(ふき)のトウで酒を楽しむ年代である。
ところが、この茶の心得のない人間は、
蕗(ふき)のトウで酒を楽しむ年代である。
ところが、この茶の心得のない人間は、
せっかくの芽茶にいきなり熱湯をかけるから、
甘さも、渋さも苦さもごちゃごちゃに出てしまって、
甘さも、渋さも苦さもごちゃごちゃに出てしまって、
風味もあらばこそ、
単にニガニガしい味になってしまう。
単にニガニガしい味になってしまう。
すなわち、メチャクチャ(芽茶苦茶)の語源である。――
目ではなく、芽と苦から来ているとは知らなんだ。
では、無茶苦茶とはどういう関係なんだろう。親戚に当たるのかなァ。ところがキチンと回答が得られた。
―滅茶は無茶の音変化なので、滅茶苦茶と無茶苦茶は同じ意味で違いはありません。―
でもこれによると、無茶が本家で、滅茶は分家という扱いになれせんかねェ。だがお立会い、伊藤氏の説のよれば、芽茶がご先祖ということになる。
広辞苑さん教えてちょ。
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