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2014年1月24日 (金)

馬耳東風と愛知のいわれ

馬耳東風とは?なぜ馬に耳に東の風で、「人の意見や批評などを、気に止めずに聞き流すことになる」のか?

「東風」つまり春風が吹くと人は喜ぶが、馬は春風が吹いても何の感動もないという。

この「東風」を何と読むか。これは色々ある。「あゆ・こち・こちかぜ・とうふう・とんぷう・はるかぜ・ひがしかぜ」とある。「とんぷう」は麻雀言葉だ。

この中に「あゆ」と読むと書いてある。これでフト思い出したことがある。愛知県の「愛知」の語源を探していた時に、こんな記述を見つけた。

愛知の語源。

「日本書紀(~七二〇ころ)」に年魚市(あゆち)郡、「延喜式(九〇五~九二七)」や「和名抄(九三一~九三八)には愛智郡となりほかに吾湯市(あゆち)、阿育知(あいち)「日本霊界記(七八七~八七二)」、阿由知「尾張国熱田神宮縁起」などと書かれているが、「続日本記」和銅二年(七〇九年)の条に「尾張愛知郡・・・」とあるが初出で、その後は「愛智」「愛知」と両方とも区別せず用いられるようになった。名古屋の吹上ホールの東には、現在でも『阿由知通り」が残っている。

(一)「アユ」は湧き出る意で湧き水の多いところ。

(二)「アユチ」の「ア」は接頭語とすれば「ユ」は古語で水の意味「チ」はたんなる接尾語であれば、扇端上に立地し、豊かな湧き水に恵まれた地。

(三)万葉集(七七〇~七八一ころ)に東風を「あゆの風」と読む歌がある。東風の吹くところで、めでたいものをもたらす風の意。

ここでも(三)では、「東風」を「あゆ」と読んでいる。

「東風」は人に感動を与え、めでたいものをもたらす言葉なんだ。

人は耳が遠いと長生きをするという。世間の雑事を聞かなければ長生きできる。馬事

東風が長生きの秘訣なのかもしれない。

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