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2014年9月19日 (金)

子供は車がすき

私は、昭和36年、トヨタの販売店の経理に配属された。20歳のころにはトヨタの観音開き(RS20)を、先輩が買い替えるというので分けて頂いた。

当時名岐バイパスができたばかりで、名古屋の高辻まで今は1時間半ぐらいかかるが、当時は30分で行けたほど車が少なかった。ここに5年、系列に10年勤めて小さな車屋に勤め始めた。息子が生まれたのが昭和56年、当時この車屋で新車の展示会をよくやった。息子もよく手伝いをやらせた。

日曜出勤になるとよく会社に連れて行った。中古車にはいろんな車が展示されていたので、息子の興味を引いた。子供というのは車が本当に好きだ。クラウンの観音開きや、メッサーシュミットという前輪が二つで後輪が一つという外車やトヨタ2000GT、マツダの三輪、トヨスポ、パブリカなどと、珍しい車が入ると記念写真をとったものだ。

子供が一番喜んだのは、救急車に乗った日だった。29年ほど前、よく子どもとハイキングに出かけた。この日は知多半島の河和で降りて半島を横断して南知多ビーチランドの海岸までの予定だった。このとき竹とんぼでも作りながらと思い、アーミーナイフを持ってきた。ところがこれで指をザックリ切ってしまった。左の親指の拇印を押すところを半分ほど切り込んでしまった。近所の民家から救急車を呼んでもらって、半田の救急病院で縫合してもらった。

この後ビーチランドの海岸まで戻り、丁度ノリを収穫をやっていたので、ノリを頂いて帰ってきた。この時子供が一番喜んだのは、ハイキングでもノリでもない、救急車に乗ったことだった。先回帰って来た時にこの話をすると覚えていた。これほど印象が強かったんだろう。私は思い出しただけでも指先がチリチリとする。

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