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2014年10月11日 (土)

18日間独身で飢える寸前だった

永かったなァ。家内が目の硝子体膜切除という手術のために入院した。23日に手術をした。ところが翌日手術跡から出血しているという。そこで出血した血液を抜く手術。それでもなお出血が収まらないので、再度手術して血液を抜き今度は空気を入れて、空気が硝子体液の中で浮き上がる力を利用して、出血を止める方法らしい。術後は1~2日ほどうつむきで寝る。辛い入院だっただろう。

残された私は、炊事は腰痛で永い時間立っておられない。まず朝飯は仕方がないので、ご飯はレンジで温めれば出来る真空パックされた「ごはん」という銘柄を大量に購入、みそ汁も湯を注ぐとできるインスタント。納豆に自家製のヨーグルト、牛乳これで朝食は済む。

朝食後は病院へ行き見舞がてら洗濯物を取りに行く。甘いものが食べたいというから歩いて駅構内のスーパーに仕入れに行く。そして洗濯をする。

問題は昼食である。外食が多くなるので、ワンコインで食べられる牛丼屋、かつ屋、丼屋に出入りした。これも食べる時間をすこし遅めに2時ごろにする。そうすればうまくいけば、夕飯はいらない。だが毎日では体が持たない。仕方がないのでコンビニ弁当とかサンドイッチなどと言うわびしい食事である。

退院があと3日遅くなったら、ワタシャ干からびていただろう。

これまで腰痛で炊事もそうだが、洗濯や掃き掃除など敬遠していた。ホウキなどで掃き掃除を5分もやると猛烈に腰痛が起きるからだ。

それに庭の花に水をやらねばならない。コルセットをガチガチに締めて動いていた。

家内が退院して冷蔵庫を見たら空っぽであった。「よく生き延びたわねェ」と言った。ありがたみがよく分かった。

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