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2015年4月16日 (木)

沖縄旅行の、思い出のメモから

那覇に着いた。出発が遅れ、挙句に気流の関係で遠回りしたので大幅に遅れた。バスでホテルに入たのが、21時過ぎでした。風呂に入って寝るだけだ。私はさっそく泡盛を飲み始めた。室内での風呂は、バスタブにシャワー、隣にトイレで、床はビニル材でとても体を洗うスーぺスがなく、バスタブ内でシャワーで洗う。外国人ならバスタブの中で洗剤で洗う習慣があるが、日本人はドップリ体を沈めたいので我慢が出来ない。これは全行程がそうだった。

ひとつ面白い注意書きの記述があった。「浴衣とスリッパではホテル内を歩かないように」である。ここは外国客も多いから、浴衣は寝巻やパジャマで、国際マナー違反しているからだ。これは初めて見た注意書きだった。

食事は朝はバイキングで、ほとんどが冷凍を解凍するのだろう、一番儲かるらしい。夜は沖縄料理といっても、家庭料理の延長で、出てくるのがどこのホテルもおよそ似通っていて、グルクン(タカサゴ)の唐揚げ、落花生でつくったジーマ豆腐、ゴーヤチャンブル、沖縄そばには脂ぎった豚肉の厚切りの煮つけラフテー、海ブドウ、ゆし豆腐、刺身などがほとんど同じであった。

飲み物はオリオンビールで味がアサヒと同じだと思ったら、調べてみたらアサヒと共同開発したというから同じはずだ。私は泡盛で一日700ml、朝晩飲んでいた(いや昼も飲んでいた)。これはタイ米で作られていて、今は沖縄でタイ米を作っている。タイ米は水や酵母を加えてアルコール発酵させるときの温度管理がしやすいからだという。

バスで走っていると、よく大きな墓を見かける。沖縄は宗派はないそうだ。なんでも儒教から始まったという。コンクリート製で、シーミー祭になると、一族の先祖が一つの墓に入っている前が広くなっていて、その一族の子孫が集まり、テントを張り、持ち寄った料理で宴会をするんだそうだ。

この墓一基で400万円するとガイドが言っていた。集団墓地というのがなく、家の周りにあったり、自分の畑にあったりしている。だからものすごく沢山あるように見えるが、実は墓そのもの大きいからだ。一見畳十畳ぐらいあるだろうかと思うものもある。

周りにはサトウキビ畑が伸びはじめていた。ときどきハブが出るからと子供らに注意するのだそうだ。道はバスがすれ違いでいないぐらい狭く、対向する地元の車もほとんどいないから支障はない。1

回りには住んでいない空き家が多いのが目立つ。家はサンゴを切り出しての石積みで、見るからに頑丈で、沖縄独特の屋根で、四角錐で赤瓦は漆喰で隙間を埋めていた。門柱にはシーサーという

出会う人は沖縄弁はなく、聞き取りやすい標準語であった。

どの家にもシーサーが、「家の守り神」や「魔除け」、「福を呼ぶ縁起物」などとして、屋根や門柱、玄関、床の間などにかざしてあった。

今回は、腰痛がひどく、痛い旅であったが、透明度の高いマリンブルーの海が見たいという念願が叶った。

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