« 75日間祝日がないって | トップページ | 式服が忙しい »

2015年5月11日 (月)

ベトナムの生類哀れみの令

ベトナムの商都ホーチミン市内を流れる運河での釣りは基本的に禁止されている。だから運河のあちこちに釣り禁止の看板がある。

だが警察が取り締まりのパトロールをしたり、罰金徴収を科すことがないため、市民は釣り禁止の看板を尻目に静かに竿(さお)を運河に垂らす光景が日常茶飯と化している。

わけても人気の高いのが市街地を流れるニエウロック・ティゲー運河やタウフー・ベンゲー運河で、早朝から夜の帳(とばり)が降りるまで数百人もの人々が川沿いで釣りに興じている。

自治体やボランティア団体は、運河に魚を戻すべく活動していて、稚魚だけでなく成魚前の魚も放流しているが、だいたい放流する先から大公房たちがどこ吹く風で水面に糸を垂れ、釣り上げては胃袋に納めているのが実態だ。

慣れた人に至っては、釣った魚を自分で調理するだけでなく、大漁時など通りすがりの通行人に魚を売り付けるという離れ業をやってのける人も出ている。川魚というと日本人は匂いを嫌ったりしがちだが、白身のナマズなど意外とあっさりしていてうまいのだ。

ただ通行人の服に釣り針を引っ掛けたりとトラブルも少なくないため、厳しい取り締まりを求める市民も少なくない。『世界おもしろニュースより』
江戸時代にも生類憐みの令が出た時、尾張藩のお畳み奉行朝日文左衛門とい下級武士の日記がある。ここには、生類憐みの令が出ているにもかかわらず、文左衛門は、魚釣りをしたり、人目を忍んでご禁制の芝居小屋をのぞいたり、植木や菜園の手入れ、酒、女、博奕、音曲と、さまざまな暇つぶしの芸、慰楽に首をつっこんでいく。
 

当時の藩士たちの死因で最も多かったのは、酒毒と腎虚。つまり大酒とセックス過度。退屈をもてあましていた結果である。要するに平和だったんだ。

生類あわれみの令

五代綱吉は、江戸城内台所で鳥、魚の料理を禁じ、幕臣たちに獣はもちろん、鳥類、貝類、鯉、鮒、えび、なまこ、たこ、うなぎ、ふぐ、どじょう、はぜ、蟹、卵など一切せず、生あるもの蚤、虱、蚊、蝿まで殺さぬことを誓わせたのち、貞享四年(1687)正月28日、生類憐愍令を天下に発布した。
ベトナムとは事情が違う。稚魚や成魚を放流しても、みんな釣り上げられて、自然界が壊されると危惧しているが、食事情を改善しないと解決しないだろうなァ。

|

« 75日間祝日がないって | トップページ | 式服が忙しい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/104043/61557579

この記事へのトラックバック一覧です: ベトナムの生類哀れみの令:

« 75日間祝日がないって | トップページ | 式服が忙しい »