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2015年11月27日 (金)

鬼とか河童とか?

実は下呂にクラブ旅行をした時だ。帰りに和良村から郡上の知人の平野醸造へ、ただ酒を飲みに寄ることにした。この和良村に友人がいるので呼び出したら、念興寺に河童のしゃれこうべがあるらしいというので、連れていってもらった。ここで河童と思い込んでいたが、実は鬼の首だった。でもついでだから河童の話も少し書いておく。

河童はもっとも有名な妖怪の一種。日文研妖怪DB(データベース)でも500件を超える事例が登録されている。エンコ、ガワッパなど呼称も多様で、それを含めれば件数はさらに増える。
河童は枕返しなどたわいのないいたずらをする。また川や沼で人をおぼれさせ、尻子玉(※)を抜くなどの害を及ぼしもするし、逆に返り討ちにあい、詫(わ)び証文を書かされたり、傷によく効く軟こうをもたらしたりもする。
つまり単に不思議なことだけでなく、人知を超えた災いと恩恵双方の自然現象が、河童という異界の住人とのかかわりのなかで理解され、契約や交換をすることで考えを整理しているのだ。
そのような異界の住人へのリアリティーを失いつつある現在、私達は災厄も恩恵ももたらす自然とうまくつきあえているだろうか。

※ヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器。河童(かっぱ)が好んで抜くといわれたもので、これを抜かれると、力が抜けおちてしまうとされる。
子供を相撲に誘い、負けた子供から抜くという説もある。
人が水死すると肛門が開くことから、何かが抜かれたということが始まりらしい。わたしゃ金玉かと思っていたただいま73歳(恥ずかしい)。Photo

もう一つおまけに、「かっぱの屁」とよく言うよね。これは「簡単なこと」を屁の河童ともいうが、じつは木端(こっぱ)の火が本当で、木端なら簡単に火が付くが転訛して、河童になった。

さて今度は鬼に話を戻すが、高賀山信仰で有名な、藤原高光(ふじわらたかみつ)が瓢ヶ岳(ふくべがたけ)に出た鬼を退治したものだと言われています。 その鬼のシャレコウベを粥川太郎右衛門という人が念興寺に持ち帰って供養したと言われています。

高賀山の手前に「高賀の森水」があり、シドニ-オリンピックマラソンの金メダリスト高橋尚子選手が使用したとかで、この水を汲みにたくさん人が来る。.
あれれ?この話どこかで聞いたぞ、と思い調べると、ウナギを食べない集落の粥川うなぎに繋がっていた。
郡上市美並町にある粥川地区 ここにはとても珍しい慣習があります。それは・・・うなぎを食べてはいけないということ。
このなんとも珍しい慣習の由来には諸説ありますが、大まかには次のような伝説から来るようです。
「昔瓢ヶ岳には鬼が住んでおり、たびたび粥川の里に下りてきて人々を悩ませていた。
そこで、御門(みかど)の命により、藤原高光が鬼退治をすることになったが、鬼は変幻自在に行方をくらまし、見つけ出せないので高光は困り果てていた。
すると目の前に一匹のうなぎが現れ道案内をするかのように前を行くのであとを追うと、ついに高光は鬼を見つけだすことができ、持っていた弓矢で見事退治することができた。
その後高光は弓を宮に納め、矢を滝に納めたので、その滝を「矢納ヶ淵」というようになった」
つまり、粥川の人々は自分たちを悩ませていた鬼を退治する手伝いをしたうなぎを神の使いとして崇め、以後食べることを禁止したというのです。
また、人々がうなぎを大切にしていたこともあってか、昭和の半ばまでは粥川にはうなぎが大量に生息し、大正13年には「うなぎの群生地」として国の天然記念物にも指定されています。
そうかうなぎの話と鬼の首はここで繋がっていた。でも鬼の首は繋がっていなかった。むかし瓢ヶ岳や高賀山もランニング登山をしたことがある。瓢ヶ岳には鬼はいなかったがヒルが仰山いたし、高賀山ではマムシとジムグリという赤い蛇が相次いで出た。

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