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2015年12月 5日 (土)

大腸検査を体験した

11月22日 急に右腹が痛くなり、救急で搬送された。結果、胆石か胆嚢炎の疑いがあるという。休日なので専門医でないため、24日に改めて消化器内科の判断を仰ぐ。

11月30日 胃カメラを飲むことになった。食道・胃・十二指腸、胆道を検査するが、胆石が見つからない。わが体内でできた真珠が行方不明になったからだ。胃と十二指腸に小さな赤い斑点が各1個見つかる。

12月2日  とうとう大腸検査をする羽目になった。これは胆石というより、成り行きでこうなってしまった。
試練は、前日の12月1日から始まった。朝昼晩ともに、消化のいい食事を摂るようにとい1

う指令(メニュー)が来た。こんなこと何度もするものではないから、きちんと対応しようと思った。三食ともお粥と山芋をすりおろし、生卵と決めた。それにしても腹が減るので、たまらず、きしめんを具なしのうどんツユだけで腹ごしらえをした。

とうとう2日が来た。予定どおりam10時から「経口腸管洗浄剤・モビプレップ」を水に溶かしコップで飲み始める。味はポカリスエットに砂糖をたっぷり入れて塩を足したような味だ。製造元はナナナンと、味の素製薬であった。これを15分おき2時間というからなんていうことはないと思ていたら、空腹の腹がダブンダブンといいかけた。それが過ぎたら水を飲めという。まるで南町奉行所で拷問にあっているようだ。

ところがまだ下剤の効果がないと思っていたら、11半ごろから兆候が来た。こんどはモゾッとするたびにトイレに駆け込むことになった。途中で粗相のないように、トイレの近くに陣取った。だんだん便が透明になった来た。それはまるで蛇口のコックをひねるように水を吹き出す。よくできた薬だ。兆候がき出してから約1時間で私の腹は空っぽになったことを確認した。

少し早いが15:30に病院の中央画像診断室で受付を済ませて、トイレに近いイスで本を読む。16:00ごろ呼び出しがあり、血便色いや失礼、猩々緋(しょうじょうひ)というんか、赤レンガ色のナースについていく。入ってすぐに着替えを指示される。全部脱いで、パンツは、大腸検査用のお尻に切れ目の入ったハーフパンツと上着を羽織り診察台に這い上がる。左を下にして横向きになる。そして少し尻を突き上げた姿になる。肛門に局部麻酔のゼリーを塗り、いよいよ内視鏡が入る。

内視鏡の移動経路は下記の図のごときである。曲がり角の来ると少し突っ張る感じがするのと、時々空気を入れると、腹が急に張った感じがする。ゲッ!屁が出ると思ったら、内視鏡のほうで「ブ~ッ」と弁が震える音がしたら、急に腹の中の空気が抜ける感じがした。少し力んでやったら、音が変わった(アハッ、確かめてやった)。内視鏡が屁をこいた~っ。

一般的挿入法(修正版).jpg

25~30分ほどで屁をこらえながら、ジッと我慢の人であった。検査が終わり医師にどうでしたと聞くと、8日に消化器内科の医師の今回の一連の診察結果を話しますという。

いま話せばいいのに。それとも今回はポリーブを取るともという話もなく、もしかして手遅れで、手の施しようがないのかもしれないなどと思ったり、8日にするということは、緊急なれば、明日主治医の説明を聞いてくださいと言うだろうに。どっち道間に合わないから、8日でもいいかということか?

17:00に会計を済ませる。帰り道そんなことを思いながら自転車を漕いだ。帰り際に、虚の食事は辛い物や油っ気のものは避けるようにという最後通牒がきた。それにしても腹が減った。

 

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