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2016年1月 9日 (土)

巨億の富を築いた諸戸清七という御仁は、人間の目的は金である

2016年(平成28年)はどんな夢を描きましたか?

少し突飛な話を探してみました。

伊勢国桑名郡木曾岬村(現在の三重県桑名郡木曽岬町)加路戸大新田の大庄屋・諸戸家に父・清九郎(養子)、母みかの長男として生まれた。

諸戸家長島一向一揆当時からの庄屋としてこの地に居を構えていたが、清九郎が始めた塩問屋の商売に失敗して身代を潰した事から弘化4年(1847桑名に移住。安政7年(1860)に父・清九郎が、文久3年(1863)に後見人でもあった義兄・清助が亡くなった為18歳で家督を継いだが、その時の家財はわずかな布団や衣類などと約二十石積の船一隻のみ。対して借金は千両以上あったと言う。

借主に対して「無利子十カ年」での返済を頼みこんで了承を得た清六は、寝る間も惜しんで米の仲買に励み僅か3年で借金を完済。明治維新を商機として事業を拡大し、明治9年(1876)の西南戦争における軍用御用(兵糧調達)での仕事ぶりで多くの政府要人や三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎などの信頼を得て、明治11年(1878)には大蔵省御用の米買付方となった。

明治18年(1884)に山田家屋敷跡(現在の諸戸氏庭園)を購入。明治20年(1888)に居を移した後は商売だけでなく水道敷設など公共の事業も行った。明治39年(1906)死去。享年61

 

一、 飯は冷や飯に限る。(熱い飯を食べるのには時間がかかる)

二、 飯を食う時間は二、三分以内とする

三、 二つの茶碗に飯をよそって置いて食べる(お代わりを待つ時間は無駄である)

四、 昼飯は梅干を入れた麦の握り飯にする

五、 忙しいときは飯を食わない。(空腹の辛さを知らなければ、金は残らない)

六、 小石のある道以外は、草履を脱いで裸足で歩く

七、 他家を訪ねる場合は、なるべく昼をよばれるようにする。その際も、野菜はあ   とです直ぐに腹が空くから 飯を多く食べるようにようする

 

外国でもたくさんいる。

イギリスの首相サッチャー女史もまた一つの逸話がある。

イギリスっでは、国会開会日の前日に、首相が閣僚以下の政府高官をダウニング街10番地の首相官邸に招き、夕食会を催すのが伝統になっている。昭和55年11月20日夕食会の招待状を受け取った閣僚たちは仰天した。この夕食会は従来は政府が金を支出した無料の習慣であったのに、その招待状には、
「公共支出削減の折から、出席者は飲食代を支払っていただきます。会費は21ポンド25ペンス」と刷り込んであったからだ。

ところで29ペンスという半端な額はいったい何でしょう?」と尋ねられると、首相側はこう言った。

「チップですよ」

私には到底真似ができません。私なら、一攫千金「ロト74億円」プラスキャリーオーバー。年始早々(当たったと思うでしょう、だが外れた)キャリーオーバーが2,060,628,715円ある。これをいただこう。これが我が年頭の夢である。(情けない、情けないのが夢なんである)

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