2009年12月29日 (火)

餅つき

毎年、私の町内では餅つきをする。子供が少なくなったが、この時ばかりは孫たちがやっ010て くる。

そればかりか、隣の町内のマンションなどからも、珍しいのか寄ってくる。だれ彼かまわず参加させる。みんなの交代で餅をつかせる。

一臼目は、餅をつき、二臼目はお供えの鏡餅にする。4臼目は餅にせずにご飯に塩をか015けて食べてしまう。これがしきたりになってしまった。

ついた餅は、キナコ、アンコ、黒ゴマあえ、大根おろし、キムチなどに付けて食べる。

社務所があるのに表にテーブルを並べて炎天下でにぎやかに食べる。もちろん酒もふんだんにある。これで町内がまとまりやすくなる。こういうイベントを続ける必017要がある。

最近は段々と離れ離れで、個人主義的になりつつある。町内から若い人が出て行き、老人ばかりになってきた。でもこの時ばかりはみんな帰ってくる。こういうことが必要なんだ。

春には、桜の下で田楽をやり、22年4月3日には今年は桃花祭も復活してやろう。

町内の神社は、憩いの場所である。

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2009年12月24日 (木)

木曽川のマス釣り場は大賑わい

013 久しぶりに河川敷に降りたら、なんと賑やかなこと。

この木曽川漁協組合がやっているます釣り場である。

ルアー釣り、フライフッシングもできる体験場である。もちろんえさ釣りもできる。なかなか面白い。だが管理人に注意された。フライの近くには寄らないように。なんでも私が釣り上げられるからだという。なるほど、ビュンビュンと釣り糸が飛んでくる。

015料金は一日3000円。11月から始まり3月まで釣り堀が登場する。一日50人入っても、日銭で15万円。ひと月450万円は大きな収入だ。

この日は、100人にはならないが相当に人が入っている。これは平日のことだ。

018向こう岸にも人が入っている。どうやって行くかというと、ロープにボート   が縛り付けてある。このロ-プを手繰ると、対岸へボートが届く。それにのってロープを引きながら戻ってくる。定員は3人までという。

面白いな。乗ってみたい気がする。

今年はアユのセリ市の時には随分世話になった。これをエッセイに書いたので、先日事務職の0さんに届けておいた。来年また世話になるから、記憶に残しておいて欲しいから。

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2009年12月23日 (水)

ブラジルの『鈍足ランナーの独りしゃべり』の読者から、電話

驚いた。私の留守中に家内が電話を受けた。

私の姉は、ブラジルへ移民している。昭和34年、あの伊勢湾台風の年の6月に、神戸港から移民した。養鶏と果実などで成功し、引退をしている。

元来、義兄や姉、私の姉妹全員が人好きで、私なんかは人に囲まれていないと不安になる。だから人を集めるいろんなイベントを打っている。姉はブラジル全土の農協婦人部連合会を立ち上げ、初代目の会長をやった。それほど人が好きなんだ。相方の義兄は、農協の理事などしながら、移民の仲間や、ブラジルに派遣されている日本人企業の人などを世話したり、「金曜会」という飲み会をしているという。とにかく機会があるとは、人を集めて飲んでいる。もうひとつ、ブラジルという環境では、同属意識が強いというのも、分かる気がする。遠く日本を離れていると、仲間を守るという意識が強くなっても仕方がない。

「金曜会」って、おい毎週かい?私でも年に3回ぐらいだぞ。チョット、兄貴やり過ぎだぞ。この前、脳溢血で手術をしたらだろう。気をつけにゃイカンぞ。

その日本の企業の一人が、姉から私が書いた『鈍足ランナーの独りしゃべり』というエッセイ本を借りて読んだらしい。私のこの本はエッセイ集で、日常の面白おかしなことを書いているばかばかしいが、ためになる話だ。

  • トイレに飛び込んで、紙のないときの対処法。
  • 山のせせらぎでウンコした話。
  • 宇宙でのトイレはどうなっているか。
  • 山を走っているときに、マムシに出会って飛び上がった話。
  • もと車のセールスマンの私生活は、ただならぬ面白おかしな脱線の連続技であった。
  • 彼はランナーだと言っていたが、関門ギリギリ2秒前で駆け込む鈍足ランナーであった。
  • 絶滅危惧種のタヌキうどんを捜せなど、食べ物にへそ曲がりな見方で、笑いの世界へ引き込む。。
  • 「窮鼠猫を噛む」「こそ泥」の語源の真実は?こんなことを辞典辞書類をひっくり返して出てきた真実は!
  • 激辛カレーに挑んだ話。
  • 鈍足ランナーが270kmウルトラマラソンに挑んで、コテンパンにやられたこと。
  • ブラスバンドで有名な高校の定期演奏会のポスターを、酒一升で請け負った。しかも前任者は、日展に入賞している美術の先生だった。
  • ギャンブルに縁のない自分が、カジノで大もうけ。

350ページ、750g、140項目。トイレに一冊。こんなことが、うたい文句の本である。これを読んで、一度会いたいと、電話がかかってきた。一時帰国して1月5日にはブラジルに渡るという。

しかも、この方の実家が、私がとにかくよく走り回っていた、揖斐川にあるという。今回は会う時間はなさそうだが、3月にもう一度帰ってくるというから、そのときに揖斐川までマウンテンバイクで会いに行こうと思う。なんでもギフチョウを飼育していて、3月になると羽化するから、帰国しなければという。

こんな遠くの読者がいるとは、驚いた。地球の裏側だ。その人がいうには、本を読んで、この人は絶対に面白い人だ。ぜひ会いたいという電話だった。イカン、こんなこといわれると面白い話をせにゃいかんがねェ。

そう言えばこのブログも、遠くは北イングランドで読んでいると、コメントを頂いたことがある。「何でそんな遠くから、こんなあほなブログを読んでいるの?」と聞くと、「ジョギングと腰痛」を検索していたら、この「独りしゃべり」が出てきたとう。この方は女性ジョガーでイギリス人と結婚しているという。北イングランドを10マイル走っているというから、うらやましい話だ。私のブログを今も時々のぞいているというから、うれしくなる。

ウン?ワシは国際派になったかしゃん。

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2009年12月22日 (火)

毎朝、カラスを追い払うのが楽しみ

Cimg2922 毎朝ラジオ体操に出かける。途中に真清田神社がある。この森には相当のカラスが集団でねぐらにしている。

夕方になると、この上空を渦を巻いている。このカラスがこの森からあふれて、近所の電線をねぐらとしているから、近所の人は相当にうるさかろうに。よく我慢をしている。しかもカラスの糞が白くて大きいから、道路が白くなっている。

  • カラスの糞で困っている場合は、電力会社に連絡すると、電線にカラスが止まりに011 くいカバーをしてくれる。電力会社には、鳥害駆除の専門部署があるから堂々と申し込めがすぐに対応してくれる。

マンションでもビルでも、ビルの屋上やベランダにカラスやハトで困っている方いませんか。そんな場合は、5cmほどの高さに、細い釣り糸か、ステンレス製のワイヤーを張れば、カラスでもハトでも止まらない。止まることができないほど、細い方がいい。試しに張ってごらん。釣具屋で一巻き買っても200円~500円も出せば買える。

我が家にカラスが来たときに、離れと母屋の間に釣り糸を一本張っただけで、カラスは来なくなった。

友人が柿をカラスのやられると嘆いていたので、柿の木の天辺に竹を縛りつけ、そこから四方に釣り糸を張るように指導したら、ものの見事にカラスが来なくなった。

今ごろはカラスと人間の起きる時間帯が同じだから、カラスと遭遇することが多くなる。毎日同じ時間にラジオ体操に出かける。同じ白いウインドブレーカーを着て、マウンテンバイクでカラスの集団がいる電線の下を通る。

そこで、紙鉄砲をパコンと鳴らすと、何百匹のカラスがバサッと飛び上がる。これが面白くて毎日ここへ出かける。カラスの方も学習能力がある。白いマウンテンバイクに乗り、前照灯を点滅させながら来るオッサンを見ると、もう相当に騒がしくなる。警戒の鳴き声を発する。下記の音符をごらんあれ。

Photo 2

私が通りかかると、「大危険だ!鉄砲だ、全速散開」と騒ぐ。

紙鉄砲の折り方は、この写真をごらんあれ。

001 3

毎日の楽しみである。

一度真清田神社の森の中でパコンしたら、糞をかけられた。だから真下でやらないようにしてちょ。

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2009年12月21日 (月)

年賀状を書き終わった

昨年の賀状のやり取りを、住所録に毎年記録している。

もう顔も知らない人にも出している。年に一回だから、せっかく短い人生ですれ違ったんだから、という思いが年賀状を書かせている。だからドンドン増えていってしまって、一時は190枚ほど書いていた。商売でもしてればこの数は当たり前だろうが。数年前までは全て手書きだったが、最近は少し手を抜けるようになった。

パソコンで自分の書いた水彩画をプリントできるようになったからだ。なかなかの上達である。だが表書きは今でも下手糞ながら、筆で書いている。

2006_3 20074_2 20081_2 2009_2

今年はなかなか書く気にならずにいた。それがいい具合に19日は朝から雪になったので、思い切って、裏面の水彩画を選び、それに文字を書き入れて印刷を始めた。

機械操作では必ず失敗する。書損を勘定に入れて購入しなければならないという、誠に情けない、なかなかの機械音痴である。

上は、2006年から2009年のかけての賀状である。

さて今年はどうなったかは、送られてきた人だけに分かる。

賀状をもう少し減らしたいので、出さずにいるとその人からきたりする。そうすると翌年出すと、その人から来ないという、まったく不自然な賀状の付き合いとなる。やっと40枚ほど減ってきたが、まだまだである。

年賀状が増えかけたのは、マラソンを始めてからである。大会で知り合った人へ送るようになった。そんなころ、お祭りクラブ・山の会・走友会へ加入したり、自分でも走友会連合をつくり、動き回るようになったら、一気に増えた。それ以前はせいぜい10枚足らずであった。

その賀状の枚数が、我が人生の変わり目でもあった。

私に来る年賀状も、140枚くらいあるから、前年度分のものは再度読ませてもらってから、処分させてもらっている。

今年もあと少しだ。来年はいい年にしたいね。頚椎と脊椎も手術後は順調に回復しているから、お祭りを復活しよう。

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2009年12月20日 (日)

ア~名前を思い出さん

行き付けの「どさん姫」ラーメンへ入った。もう二時だ。午前中葬式ができ、見送りに行ってきた。その帰りに店に入った。

ここはニンニクの摺ったものが、自由に使える。自家製のラー油もあり、辛さも自由に調整できるからよく来る店だ。新しいメニューができていた。なんとうれしや「ベトコンラーメン」である。餃子を食べていると、隣に座った男性から声をかけられた。

「うん?どこかで見たぞ」イカン名前が出てこん。それにしても太ったなァ。様子が変わってしまったので、しかも頻繁に会っている人ではない。ウ~ン、考えても出てこん。

なんとか手がかりをつかもうと、何とか会話を色々振り回した。

  • 運動を何かやっている?(ヒョトして昔トレーニングで一緒だった人か)「イヤ、なにもしない」、ヤレヤレ。
  • 子供さんはいまいくつだ?(ヒョトして車関係者で、昔会った鈑金屋か)「6歳と2歳。今剣道をやらせている」確か鈑金屋は、もう大学生だったはずだ。
  • いまどこに勤めている?(これでおおよそ見当がつく)「オヤジとやっている」ウン?自営か、ますます分からん。

そうしたら、向こうが、政治の話を持ちかけてきた。名前を思い出そうとしているので、小難しい政治の話が、ゴチャゴチャになった。

「それにしてもよく太ったなァ」というと、「ご飯を食べてから、ラーメンを食べに来るから」と笑う。目の前には餃子2人前とラーメンが私より後に来て、もう食べ終わった。やれやれこれで会話は途絶えた。相手が勘定を済ませて出て行った。車を見れば手がかりがあるかもと、外を注意していたが、ここから見えないところを走り去ったらしい。結局手がかりなしなので、当分悩みそうだ。

私が勘定をしているときに、店の親父に聞いた。あまり太って様子が変わったので、名前を思い出さんと笑うと、「於保(おほ=地名)の、いとう衣料店の息子さんだ」という。

やっと分かった。国府宮のはだか祭りに時に、いつもフンドシを買いに行っていた店だ。そのはだか祭りも、ここ3年、私の脊椎と頚椎の手術と、着替えしていた風呂屋が倒産があり、やむなく中断していた。

もう3年も会っていないし、それ以前も、年に1回しか会っていなかったし、ワシも年を食ったのが追い討ちをかけた。(ボケがきたか)

「やっと名前が分かって、胸のつかえがおりた」と笑って、店を後にした。

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2009年12月19日 (土)

「おぼこ」の語源

まず、ソニーの電子辞書で、オボコを調べる。

  • 世間を知らずすれていないことをいう。そういうひと。
  • おぼこむすめ=まだ男の接していないこと。きむすめ。

いかん、また気になる。「すれる」が気になる。

  • 多くに人に接し、もまれて人がらが悪くなる。(ウ?悪くなるのか)

生娘が気になる。

  • きむすめ=処女。うぶな娘。まだ子供めいた純真な娘。

旺文社の『古語辞典』では、

  • 「産子=うぶこ」の転という。世になれないこと。また、そのような生娘」。

ところが、『魚の素顔』安田富士夫著の「ボラ」の項にこんな記述を見付けた。

  • この魚は成長にともない名前が変わる。オボコ、イナッコ、スバシリ、イナ、ボラ、トドと東京では言う。このオボコというのが「オボコ娘」になった。もうひとつ、「トドのつまり」もここから出たらしい。

江戸時代の百科事典『嬉遊笑覧』喜多村寰筠庭によると、

ーーー蛇頭魚と書いて、いなのこと也。それに似ているから嫌う婦人などあり。ーーー

頭がなんとなく平たいので、蛇に見えるのだろうか。面白い話だ。

ーーー此の魚、夏の初めオボコという。それからスバシリ、イナとなり、ボラと名付けるる。・・・・諺に少女をオボコというも、魚のなによれる。また、二度オボコというは、若返りたる意。ーーー

そうか、二度オボコというのがあるのか。大方は魚が由来していた。

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2009年12月12日 (土)

家康と鯛

福祉のイベントをのぞいたとき、古本のコーナーがあった。一冊100円。この中に『魚の素顔』安田富士郎著があった。こういう雑学とか事典のようなもの出す気で買ってきた。その中に、「家康の大好物アマダイ」という項目があった。

ーーー駿河湾興津でとれるアマダイは生干しにして、オキツダイといって名産にしている。これは徳川家康が駿河にいたころ、興津でとれたアマダイをことのほか好きだったので、オキツダイと名をあたえたという。また、一説によると、家康の侍女に「きつ」というものがおり、これが宿下がりの土産としてアマダイの干物を家康に献上したところ、家康がうまがって、冗談に「おきつダイ(鯛)」とこの干物を呼んだところから、いつのまにかオキツダイと呼ばれるようになったというのである。ーーー

家康は大変鯛が好きで、なにかの本で読んだが、家康が鯛のてんぷらを食べ過ぎて死んだという説もあるらしい。Photo

余分な話を一つ、てんぷらを、天麩(婦)羅と書く。その意味は「天」は揚げる。

「麩」は小麦粉のこと、そして「羅」は薄衣のことという意味がある。江戸末期に

は、金ぷらとか銀ぷらというのもあった。金ぷらは衣に黄身を使った。銀ぷらは白身

を使ったという。

また余分な話を書く。昔の釣り糸って何でやっていたのだろうと気になった。これを

細かく書いてあるホームページがあった。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/onkyouse/tumjayu/page042.html

この中に、釣り糸のことをこう書いてある。
ーーー植物繊維・麻糸、馬尾(ばす)「死んだ馬尾は不可、生きてる馬尾を使うとある」、木綿糸、三味線糸、菅糸(スガイ)(生絹糸を縒り合わせた物)、マガイ糸(練った絹糸を縒り合わせた物)、天蚕糸(テグス)、ナイロン糸、金属糸(メタル)があった。ーーー
馬の尻尾があった。
縄文時代の遺跡から魚の骨が出てくるから、釣りをやってたに違いない。その糸が遺跡から出てこんらしい。土に返ってしまうから無理はないが。でもねッェ、最近の報道によると、5億年前にはすでに魚を食べていたという発表がニュースで流れた。http://www.asahi.com/science/update/0805/TKY200908050139.html?ref=reca

そこで江戸時代の百科事典『嬉遊笑覧』喜多村寰筠庭著を探したら、面白い記述を見付けた。

ーーー栗や草木などにいる毛虫、色は青く毛が白い、大きさは2寸あるいは3寸ばかり。4月から5月ごろ、腹が透き通るころ、糸を作る。それを捕らえ油を暖め、ぬるんだころにミョウバンを少し入れて、その中に虫を浸し、酢を少しばかり加えて虫の首を破り糸を引き出す。板の上に釘を打ちつけそれに糸をかけて、虫をつまんでそろそろ引けば糸は長く出る。虫が大きければ糸も長い。糸は板について平たいけれど、乾くにしたがい丸くなる。この虫は自分の糸で巣をつくり、それはまるで網の袋のようだ。俗にこれを「すかしだわら」という。ーーー

栗の葉に派生する虫で、栗の実の中にいる栗虫とは違うようだ。

なかなか苦労して釣り糸をこさえていたようだ。ずいぶん横道の逸れた話になってしまった。

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2009年12月10日 (木)

トイレ色々

私はトイレの本が好きでね、だから我が家のトイレの本棚には、トイレ関係の本が鎮座している。

  • 『トイレと文化考』スチュアート・ヘンリ著
  • 『トイレは小説より奇なり』酒井順子著
  • 『トイレで笑える雑学』プランニング・オム編
  • 『トイレおもしろ百貨』アダム・ハート=デービス著
  • 『河童が覗いたトイレまんだら』妹尾河童著
  • 『空と飛ぶ寄生虫』藤田紘一郎著
  • 『笑うカイチュウ』藤田紘一郎著
  • 『体にいい寄生虫』藤田紘一郎著
  • あとは落語の本が数冊ある

こんな中から、こんな記述を見付けた。

昔の便所

上方の共同便所 便所の開口部は全体を板で囲い、他は瓦葺の土壁であった。人の姿は外からでは見え

ない。

江戸は屋根が板葺きで壁は羽目板、下半分だけが板囲いで使用中が外から見える。Photo

ところが中国では、仕切りも無いという。なんとなく不安な用便をしなければならない。「おお、いいウンコしてますねェ」というのが、中国式の挨拶という。(ウソ)

日本では、糞尿は農家にとっては「金肥(きんぴ)」というほど貴重な肥料であった。この肥やし代は

大家の収入。けちな大家の腹を立てた店子がタンカを切って「べらぼうめ、これから長屋の便所でクソ

してやらねェからな」

日本と西洋の便所の違い

  • 日本 便所があった。
  • 西洋 便器があった。ポンペイの大昔はあった。中世に入って便所が消えていく。禁欲的な宗教観が広まったからだ。

花の都パリでは、その昔トイレは全て「お丸」で、二階から道路に投げ捨てたという。道路の真ん中に

溝がありそこの捨てると、セーヌ川に流れ落ちるという。

「神が人間の体をつくるとき、食べる入り口と出口を、もっとも離したの見ればわかるように、住居の

中に排便場所を堂々と存在するなど、許されるべきでない」という建前論が唱えられたからだ。

日本は仕切りがあるが、西部開拓時代や中国の大陸、砂漠などは身を隠すところがない。身を隠すのは

外敵からである。だから仕切りがなくても当たり前なンである。

マラソン大会のトイレは、欧米に行くと、雨どいが斜めの架けてあるだけで、一斉に放尿するんだと聞

いた。日本はレンタルトイレがずらっと並ぶが。

日本人、はやり仕切りが必要な部族なんだ。それで無いと落ち着かない。

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2009年12月 9日 (水)

氏子総代は、年末の準備が始める

まず、年末12月31日から1月1日のかけて、「どんどこ=どんど焼」をする。いつごろから始まったのかは定かではない。

少し歴史をたどってみると、第十代の崇神(すじん)天皇(在位紀元前97年2月17日 - 紀元前29年1月9日)の王女豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)は大和笠縫(かさぬい)の邑(むら)より、神器を奉じて当所(浜神明社)の御駐輦(ごちゅうれん=くるまをとめる)になりたる跡と言い伝えれている。(神社の石碑より)

もう一つ垂仁天皇の皇女倭姫(やまとひめ)という説もある。(一宮市史より)

この時、姫が火を焚き暖をとられたという。その名残が今の「どんどこ」という。この崇神天皇は紀元前97年の人だ。そんなころから火を焚いていたとは思えないが、いつかの時代の誰かが、この行事に火をつけた。

もうみんな年を食った町内になったので、難儀な行事だが、一旦無くすと二度と復活はしないだろう。自分の代で無くしたくないので、渋々やっている行事になりつつある。

小さな神社だが、火をたくとなると、消防署へ届けがいる。「火災と紛らわしい煙または火炎を発する(裸火)おそれのある行為の届出書」を提出しなければならない。

  • 発生予定日時
  • 発生場所
  • 燃焼物品名および数量
  • 目的

これをもって届けをしてきたら、余分なことを言われた。「あなたはどこに行ってもよく会いますね」という。確かに私は午前中はマウンテンバイクで一日30km前後走っている。午後になると今度はウォーキングかジョギングを7kmぐらい動き回っている。だからどこでも見かけるといわれても仕方がない。そうしたら、近くにいた消防署員が一応に「そうだねェ」とうなずく。悪いことやっているわけでないので、マァいいか。

そのマウンテンバイクのコース上に、材木店がある。製材の切り出しを「どんどこ」の燃料に3束買ってくる。家屋の建築の柱を切り出すときに出る端切れを買い取ってくる。だから長さは大体切り出すからそのくらいはある。一束の直径が1mぐらいはある。一回に一束しか運べない。

これを運ぶトラックを、レンタカーで借りてくる。一回借りると6時間借りられるが、三回往復して30km足らず。009 時間で3時間もあれば済んでしまう。ところが今回は2回目を神社の搬入したときに、昨年のどんどこの灰を埋めた地盤の柔らかいところにタイヤがめり込んでしまった。「ねっちもさっちも」行かない。

※「ねっちもさっち」とは、「どうにもこうにも」という意味で、この場合、タイヤがはまって動きが取れない状態いう。名古屋弁の大家「マイタウンさん」こんでいいかね?標準語では「二進も三進も=にっちもさっちも」である。ようするに、行き詰った状態をいう。

  • にっちもさっちもいかない。二進とは、2÷2のこと。三進は3÷3のこと。答えはともに1。二進、三進とは割り切れてすっきりとするという意。それが「ーーーーいかない」ということは、どうしようもないこと。HPより
  • わり算九九から来た言葉なんだ。漢字で”二進も三進も”と書いて「2でも3でも割り切れないということで、算段がたたないということからきたんだよ」HPより
  • 通常「にっちもさっちも行かない」という形で用いられる。行き詰ってしまってどうにもならないありさま。また、どうやりくりしても必要な金が算段できないことをいう。漢字で書くと「二進も三進も」で、算盤(そろ‐ばん)の割算の「二進一十(に‐しん‐いん‐じゅう)」「三進一十(さん‐しん‐いん‐じゅう)」から出たことばで、二を二で割ると割り切れて商一が立ち、三を三で割ると割り切れて商一が立つことを意味することから、計算のやりくりをさす。 二進も三進もうまくいかない、つまり、うまく計算がすすまない、ということがもともとの意味です。(三省堂より)

二進も三進もいかないので、とうとうJAFを呼んで引き出してもらった。さいわいJAFの会員がいたので助かった。レンタカーにはジャッキが搭載されていなかった。車屋の台車はスペヤータイヤがついていない場合があるからなァ。(元車屋が言うから間違いはない)

半日で終わるはずが、2時ごろまで掛かってしまった。

年末になると今度は餅つきだ。しめ縄の手配、お供えの準備、気を引き締めて準備をしないと文句が出そうである。私は67歳。老人会でも「序の口」である。手は出さないが、口うるさい長老がたくさんいるからなァ・・・・・。

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