まず、年末12月31日から1月1日のかけて、「どんどこ=どんど焼」をする。いつごろから始まったのかは定かではない。
少し歴史をたどってみると、第十代の崇神(すじん)天皇(在位紀元前97年2月17日 - 紀元前29年1月9日)の王女豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)は大和笠縫(かさぬい)の邑(むら)より、神器を奉じて当所(浜神明社)の御駐輦(ごちゅうれん=くるまをとめる)になりたる跡と言い伝えれている。(神社の石碑より)
もう一つ垂仁天皇の皇女倭姫(やまとひめ)という説もある。(一宮市史より)
この時、姫が火を焚き暖をとられたという。その名残が今の「どんどこ」という。この崇神天皇は紀元前97年の人だ。そんなころから火を焚いていたとは思えないが、いつかの時代の誰かが、この行事に火をつけた。
もうみんな年を食った町内になったので、難儀な行事だが、一旦無くすと二度と復活はしないだろう。自分の代で無くしたくないので、渋々やっている行事になりつつある。
小さな神社だが、火をたくとなると、消防署へ届けがいる。「火災と紛らわしい煙または火炎を発する(裸火)おそれのある行為の届出書」を提出しなければならない。
- 発生予定日時
- 発生場所
- 燃焼物品名および数量
- 目的
これをもって届けをしてきたら、余分なことを言われた。「あなたはどこに行ってもよく会いますね」という。確かに私は午前中はマウンテンバイクで一日30km前後走っている。午後になると今度はウォーキングかジョギングを7kmぐらい動き回っている。だからどこでも見かけるといわれても仕方がない。そうしたら、近くにいた消防署員が一応に「そうだねェ」とうなずく。悪いことやっているわけでないので、マァいいか。
そのマウンテンバイクのコース上に、材木店がある。製材の切り出しを「どんどこ」の燃料に3束買ってくる。家屋の建築の柱を切り出すときに出る端切れを買い取ってくる。だから長さは大体切り出すからそのくらいはある。一束の直径が1mぐらいはある。一回に一束しか運べない。
これを運ぶトラックを、レンタカーで借りてくる。一回借りると6時間借りられるが、三回往復して30km足らず。
時間で3時間もあれば済んでしまう。ところが今回は2回目を神社の搬入したときに、昨年のどんどこの灰を埋めた地盤の柔らかいところにタイヤがめり込んでしまった。「ねっちもさっちも」行かない。
※「ねっちもさっち」とは、「どうにもこうにも」という意味で、この場合、タイヤがはまって動きが取れない状態いう。名古屋弁の大家「マイタウンさん」こんでいいかね?標準語では「二進も三進も=にっちもさっちも」である。ようするに、行き詰った状態をいう。
- にっちもさっちもいかない。二進とは、2÷2のこと。三進は3÷3のこと。答えはともに1。二進、三進とは割り切れてすっきりとするという意。それが「ーーーーいかない」ということは、どうしようもないこと。HPより
- わり算九九から来た言葉なんだ。漢字で”二進も三進も”と書いて「2でも3でも割り切れないということで、算段がたたないということからきたんだよ」HPより
- 通常「にっちもさっちも行かない」という形で用いられる。行き詰ってしまってどうにもならないありさま。また、どうやりくりしても必要な金が算段できないことをいう。漢字で書くと「二進も三進も」で、算盤(そろ‐ばん)の割算の「二進一十(に‐しん‐いん‐じゅう)」「三進一十(さん‐しん‐いん‐じゅう)」から出たことばで、二を二で割ると割り切れて商一が立ち、三を三で割ると割り切れて商一が立つことを意味することから、計算のやりくりをさす。 二進も三進もうまくいかない、つまり、うまく計算がすすまない、ということがもともとの意味です。(三省堂より)
二進も三進もいかないので、とうとうJAFを呼んで引き出してもらった。さいわいJAFの会員がいたので助かった。レンタカーにはジャッキが搭載されていなかった。車屋の台車はスペヤータイヤがついていない場合があるからなァ。(元車屋が言うから間違いはない)
半日で終わるはずが、2時ごろまで掛かってしまった。
年末になると今度は餅つきだ。しめ縄の手配、お供えの準備、気を引き締めて準備をしないと文句が出そうである。私は67歳。老人会でも「序の口」である。手は出さないが、口うるさい長老がたくさんいるからなァ・・・・・。
最近のコメント