「う~ん、う~ん」
「何やってんだ?」
「産みの苦しみ。う~ん」
「男のおまえが産みの苦しみだって?」
「いま50号目を書いているの」
5年前に出版した『鈍足ランナーの独りしゃべり』が、まだ生まれて間もない、やっと待望の50号を迎えるころの話である。このごろ今回の出版で大変世話になったマイタウンさんから、
「50号になったら本にしようよ」
という甘い言葉にセコセコ書いていた。これで50号になったというなにか一つのハードルを越えたような気がしていた。
「本か・・・・いつかこれが本になるといいのになァ・・・・」
という気持ちが、心のどかに芽生えていたころだった。
そこで以前から気になっていた、自分の文章が専門家からどう評価されるかということであった。よく新聞で「あなたの原稿を募集しています」という出版社の広告があるでしょう。ここに原稿を送ってみようと決心した。新聞や公募ガイドという本なんかには、6社ぐらい原稿を募集している広告がでている。そのうちでよく見かけるN社とT社に原稿のコピーを送った。
半月ほどしたら大きな封筒が両社から送られてきた。
封筒を開けるときの気持ちは、期待半分恐ろしさ半分。こんな気持ちどこかで感じたことがある。そうか、通信簿をもらうときの気持ちだ。もらった通信簿をそっと開けて頭を突っ込み、目を点にして見ても、ちっとも代わり栄えしない成績に、「ヤッパシ」と納得したものだった。あの時と同じだ。
封筒の中から出版社の会社案内や出版物の広告が入っており、そして成績表というか、あなたの原稿を当社はどういう評価をして、どういう販売タイプにするかが、細かく書いてある説明書があった。まずN社は、
「ご応募ありがとうございました。弊社社長による審査の結果、Bタイプでご案内できることになりました。ご相談などできますので、一度ご連絡いただければと思います」
ではT社はというと、
「大変貴重な原稿お寄せいただきまして恐縮でございます。全編を拝読させていただきました。大変な力作でぜひ世に出して欲しい一冊と存じます。よろしければ以下ご検討いただければ幸甚でございます」
とあった。そして両社ともBタイプを勧めている。
このタイプには、A,B,Cと3段階あり(T社ではⅠ、Ⅱ、Ⅲ)、
●Aタイプは、必ず5000部(T社は、3000部)以上売れるであろうと予想できるもの。これは企画出版となります。発売元は全国書店ルートにコード番号を持っている会社に委託販売する出版。
●Bタイプは、原稿はとても魅力的であるためAタイプにしたいけれど、3~5000部以上売れるかどうか踏ん切りがつかない、さりとて完全自費出版のCタイプでは著者の労に報いることができない・・・・・そこでこの本に書籍コードをつけて書店注文より販売できる形をととのえて出版してみよう、その売れ行きが良好なら二刷りから著者持ち出しなしで、印税率を上げて出版を続けていこう。ただ初版に関してはCタイプと同じ金額、四六判140ページで175万円(T社では、B6判200ページで165万)のところを155万円(T社では、120万円)。そして本は著者に500部(T社は100~200)とし、預かりを500部(T社は、600~700)とします。
●Cタイプは全額個人負担する。
全体の80%がBタイプらしい。
ここでマイタウンさんにこれを見てもらったら、恐ろしいことを言った。
この商法はインチキが多くて、たくさんの人が泣かされているという。ねずみ講のように多額の金額を損するのでなく、夢を奪われるという。
本にしたい、書店に自分の本が並ぶのが見たいという夢が筆を走らせているのだが、そこをこういう出版社は巧みについてくる。
このBタイプの預かり分に、書籍コードをつけて書店からの注文に応じられるようにする。
国会図書館に納入する。
あなたの書籍は書店に。
印税は初版から支払います。
新聞など広告も当社の負担で行います。
日本全国書籍、蔵書目録、日本書籍総目録、ウイークリー出版情報、出版ニュースなどの本の紹介がのりますので、それによって書店から注文が入ります。
全国書店15000店の中から厳選された有力書店に販売促進ができます。
全国のどこの書店からも注文の応じられますから、返品率はゼロです。
ところがマイタウンさんの話によると、積極的にPRどころか,製本するだけで書店には並べてくれないという。
「あ~ァ何ということを、印税で豊かな老後を考えていたのに・・・・・つれないことを言う」(印税は大げさですが)
でもねェ、マイタウンさんは出版もやっている。同じ部数を彼に製本を頼んだら、完全版下(校正しないでそのまま本にする状態)にして原稿を渡せば、同じ部数で100万円以上違ってくる。ただし書店には並ばないよ。(書籍コードを持っていないので、流通にのらない)
自費出版なら、自分が納得していればいい。だからと言って、納得できる内容でないといかんぞ。自分だけ納得していてはやっぱり印税は夢のまた夢だし、上達がない、とマイタウンさんは笑う。
「ア~ッ甘い夢を見すぎていたか」
これが今問題になっている、自費出版である。もう少しで私も引っかかるところでした。
私は車のセールスをしていて、お客さんにA4サイズに手書きのエッセイをコピーして渡していた。定期訪問するときに持って行った。これが結構人気でしてねェ。9年間に190号ぐらい書いていた。これをまとめて、退職を機会に本にした。もちろん流通にのらない本だから、これも手書きのPRを書いて、今ままで読んでいてだいたお客さんや友人に配布した。お客さんの本屋さんにもおいて頂いた。300冊刷って、2カ月ぐらいで売れので、100冊増刷した。もう手元には50冊もない。
でも本屋に『鈍足ランナーの独りしゃべり』が並んだ写真は、シッカリ撮ったわさァ。少しだけ夢が実現した。