2009年12月22日 (火)

毎朝、カラスを追い払うのが楽しみ

Cimg2922 毎朝ラジオ体操に出かける。途中に真清田神社がある。この森には相当のカラスが集団でねぐらにしている。

夕方になると、この上空を渦を巻いている。このカラスがこの森からあふれて、近所の電線をねぐらとしているから、近所の人は相当にうるさかろうに。よく我慢をしている。しかもカラスの糞が白くて大きいから、道路が白くなっている。

  • カラスの糞で困っている場合は、電力会社に連絡すると、電線にカラスが止まりに011 くいカバーをしてくれる。電力会社には、鳥害駆除の専門部署があるから堂々と申し込めがすぐに対応してくれる。

マンションでもビルでも、ビルの屋上やベランダにカラスやハトで困っている方いませんか。そんな場合は、5cmほどの高さに、細い釣り糸か、ステンレス製のワイヤーを張れば、カラスでもハトでも止まらない。止まることができないほど、細い方がいい。試しに張ってごらん。釣具屋で一巻き買っても200円~500円も出せば買える。

我が家にカラスが来たときに、離れと母屋の間に釣り糸を一本張っただけで、カラスは来なくなった。

友人が柿をカラスのやられると嘆いていたので、柿の木の天辺に竹を縛りつけ、そこから四方に釣り糸を張るように指導したら、ものの見事にカラスが来なくなった。

今ごろはカラスと人間の起きる時間帯が同じだから、カラスと遭遇することが多くなる。毎日同じ時間にラジオ体操に出かける。同じ白いウインドブレーカーを着て、マウンテンバイクでカラスの集団がいる電線の下を通る。

そこで、紙鉄砲をパコンと鳴らすと、何百匹のカラスがバサッと飛び上がる。これが面白くて毎日ここへ出かける。カラスの方も学習能力がある。白いマウンテンバイクに乗り、前照灯を点滅させながら来るオッサンを見ると、もう相当に騒がしくなる。警戒の鳴き声を発する。下記の音符をごらんあれ。

Photo 2

私が通りかかると、「大危険だ!鉄砲だ、全速散開」と騒ぐ。

紙鉄砲の折り方は、この写真をごらんあれ。

001 3

毎日の楽しみである。

一度真清田神社の森の中でパコンしたら、糞をかけられた。だから真下でやらないようにしてちょ。

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2009年12月21日 (月)

年賀状を書き終わった

昨年の賀状のやり取りを、住所録に毎年記録している。

もう顔も知らない人にも出している。年に一回だから、せっかく短い人生ですれ違ったんだから、という思いが年賀状を書かせている。だからドンドン増えていってしまって、一時は190枚ほど書いていた。商売でもしてればこの数は当たり前だろうが。数年前までは全て手書きだったが、最近は少し手を抜けるようになった。

パソコンで自分の書いた水彩画をプリントできるようになったからだ。なかなかの上達である。だが表書きは今でも下手糞ながら、筆で書いている。

2006_3 20074_2 20081_2 2009_2

今年はなかなか書く気にならずにいた。それがいい具合に19日は朝から雪になったので、思い切って、裏面の水彩画を選び、それに文字を書き入れて印刷を始めた。

機械操作では必ず失敗する。書損を勘定に入れて購入しなければならないという、誠に情けない、なかなかの機械音痴である。

上は、2006年から2009年のかけての賀状である。

さて今年はどうなったかは、送られてきた人だけに分かる。

賀状をもう少し減らしたいので、出さずにいるとその人からきたりする。そうすると翌年出すと、その人から来ないという、まったく不自然な賀状の付き合いとなる。やっと40枚ほど減ってきたが、まだまだである。

年賀状が増えかけたのは、マラソンを始めてからである。大会で知り合った人へ送るようになった。そんなころ、お祭りクラブ・山の会・走友会へ加入したり、自分でも走友会連合をつくり、動き回るようになったら、一気に増えた。それ以前はせいぜい10枚足らずであった。

その賀状の枚数が、我が人生の変わり目でもあった。

私に来る年賀状も、140枚くらいあるから、前年度分のものは再度読ませてもらってから、処分させてもらっている。

今年もあと少しだ。来年はいい年にしたいね。頚椎と脊椎も手術後は順調に回復しているから、お祭りを復活しよう。

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2009年12月20日 (日)

ア~名前を思い出さん

行き付けの「どさん姫」ラーメンへ入った。もう二時だ。午前中葬式ができ、見送りに行ってきた。その帰りに店に入った。

ここはニンニクの摺ったものが、自由に使える。自家製のラー油もあり、辛さも自由に調整できるからよく来る店だ。新しいメニューができていた。なんとうれしや「ベトコンラーメン」である。餃子を食べていると、隣に座った男性から声をかけられた。

「うん?どこかで見たぞ」イカン名前が出てこん。それにしても太ったなァ。様子が変わってしまったので、しかも頻繁に会っている人ではない。ウ~ン、考えても出てこん。

なんとか手がかりをつかもうと、何とか会話を色々振り回した。

  • 運動を何かやっている?(ヒョトして昔トレーニングで一緒だった人か)「イヤ、なにもしない」、ヤレヤレ。
  • 子供さんはいまいくつだ?(ヒョトして車関係者で、昔会った鈑金屋か)「6歳と2歳。今剣道をやらせている」確か鈑金屋は、もう大学生だったはずだ。
  • いまどこに勤めている?(これでおおよそ見当がつく)「オヤジとやっている」ウン?自営か、ますます分からん。

そうしたら、向こうが、政治の話を持ちかけてきた。名前を思い出そうとしているので、小難しい政治の話が、ゴチャゴチャになった。

「それにしてもよく太ったなァ」というと、「ご飯を食べてから、ラーメンを食べに来るから」と笑う。目の前には餃子2人前とラーメンが私より後に来て、もう食べ終わった。やれやれこれで会話は途絶えた。相手が勘定を済ませて出て行った。車を見れば手がかりがあるかもと、外を注意していたが、ここから見えないところを走り去ったらしい。結局手がかりなしなので、当分悩みそうだ。

私が勘定をしているときに、店の親父に聞いた。あまり太って様子が変わったので、名前を思い出さんと笑うと、「於保(おほ=地名)の、いとう衣料店の息子さんだ」という。

やっと分かった。国府宮のはだか祭りに時に、いつもフンドシを買いに行っていた店だ。そのはだか祭りも、ここ3年、私の脊椎と頚椎の手術と、着替えしていた風呂屋が倒産があり、やむなく中断していた。

もう3年も会っていないし、それ以前も、年に1回しか会っていなかったし、ワシも年を食ったのが追い討ちをかけた。(ボケがきたか)

「やっと名前が分かって、胸のつかえがおりた」と笑って、店を後にした。

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2009年12月19日 (土)

「おぼこ」の語源

まず、ソニーの電子辞書で、オボコを調べる。

  • 世間を知らずすれていないことをいう。そういうひと。
  • おぼこむすめ=まだ男の接していないこと。きむすめ。

いかん、また気になる。「すれる」が気になる。

  • 多くに人に接し、もまれて人がらが悪くなる。(ウ?悪くなるのか)

生娘が気になる。

  • きむすめ=処女。うぶな娘。まだ子供めいた純真な娘。

旺文社の『古語辞典』では、

  • 「産子=うぶこ」の転という。世になれないこと。また、そのような生娘」。

ところが、『魚の素顔』安田富士夫著の「ボラ」の項にこんな記述を見付けた。

  • この魚は成長にともない名前が変わる。オボコ、イナッコ、スバシリ、イナ、ボラ、トドと東京では言う。このオボコというのが「オボコ娘」になった。もうひとつ、「トドのつまり」もここから出たらしい。

江戸時代の百科事典『嬉遊笑覧』喜多村寰筠庭によると、

ーーー蛇頭魚と書いて、いなのこと也。それに似ているから嫌う婦人などあり。ーーー

頭がなんとなく平たいので、蛇に見えるのだろうか。面白い話だ。

ーーー此の魚、夏の初めオボコという。それからスバシリ、イナとなり、ボラと名付けるる。・・・・諺に少女をオボコというも、魚のなによれる。また、二度オボコというは、若返りたる意。ーーー

そうか、二度オボコというのがあるのか。大方は魚が由来していた。

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2009年12月17日 (木)

血圧降下作戦第二段

ここのところ血圧が不規則ながら、下降気味である。12月7日以降の記録である。

  • 156-95
  • 157-98
  • 157-97
  • 132-76
  • 156-90
  • 151-88
  • 138-87

まだまだ150台があるから安心はできない。以前は180~190あった。ひとつ考えられることは、脊椎と頚椎を痛め十分な運動ができなかったからだと思う。それを一昨年5月に頚椎ヘルニアを手術。8月に脊椎狭窄症を手術。おかげで今は、マウンテンバイクで午前中30km前後走り、午後から7kmウォーキングかジョギングを繰り返している。運動ができるようになったからだ。

まァ、サンデー毎日(毎日が日曜日という意味)な私だから、時間はたっぷりある。動き回っていないと息が詰まる。まるで高級魚のマグロである。足は遅いから、肉は赤身だろうなァ。 

私の知人でウルトラマラソンをやっている薬剤師がいる。彼と血圧のことで話す機会があった。彼も190台の血圧というから、薬を飲んでいるのかと聞くと、薬は毒だから飲まない方がいいと、いまだに飲まずに走り回っている。しかもか彼の理論は、その人の血圧で十分血管が保たれているんだから、無理に下げる必要がないという。

う~ん、相手は薬剤師だ。私の知識では答えようがない。

以前お客さんで200ぐらいの血圧の人が、役所でたまたま血圧を測っていたら、後ろを保健所の人が通りがかった。その血圧を見た保健所の人が救急車を手配したという。そして病院で血圧降下剤を投与されたら、かえって気分が悪くなったという。

いずれにしても、高いことは高いが、時々正常値を出るときがあるから、改善されてきた兆候があると見ている。11月中ごろ血圧の薬をもらってきたが、立ちくらみをするようになったので飲まないようにしたら、立ちくらみは治った。このひと月で4回薬を飲んだだけだ。

カリウムか。この効果なんだろうか。素人判断で命取りにならないように、毎朝血圧測定は欠かさないようにしている。日本心臓財団のホームページを読むと、はっきりカリウムには血圧降下があると出ている。難しいからいきなりこのホームページを貼り付けるからね。

http://www.jhf.or.jp/senmoni/q&a/kalium.html

なんとなく安心できる血圧になりつつある。

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2009年12月16日 (水)

旅籠って、なぜ籠が付いている?

電子辞書を調べると、いとも簡単に回答を得た。

ーー宿屋。旅館。もと、旅行用の食物や身の周りの品を入れた容器、またはその食物。元来は馬の飼料を入れたかごの意。ーー

これで終わり。面白くないなァ。

ふと思いついた。『嬉遊笑覧』喜多村寰筠庭著があるではないか。この第三巻に記載があった。

ーー旅籠は、もと『和名抄』に、「篼(はたご)、飼馬籠也。波太古(はたご)。俗に旅籠の二の字を用いる」とある。これも鷹の餌袋のごとく、くひ物を入れて、旅に用ひし故、旅籠と書しなるべし。『古昔物語』廿六第十九語、旅の宿のことをいふ処、「旅籠、干物など食て寄伏(よりふし)たるに云々」あり、旅籠に入しかれ飯(いい)なり。(『宇治拾遺』八巻、猟師射仏の条に、「餌袋に干飯など入てまうでたり」)。後世これによりて旅店を「はたごや」といふ。ーー

Dec1601 旅という字は絶対に「旅籠」の「はた」とは発音しないもんね。「波太古(はたご)」は変体仮名で、旅籠は当て字であった。「篼」が漢和辞典にはない。でも竹を取ったら、「兜」でてきた。この意味は人がかぶとをつけた形。意味に包むがある。要するに竹籠の意味かもしれないと勝手に想像している。

そこで漢和辞典で「旅」を調べてみた。なんと旗の下に集まる人という意味があった。何でも調べてみるもんだなァ。

中国旅行に最近、身近な仲間がドンドン出かけている。19800円で4泊5日だぞ。中国へ行っている友人にメールしたら、「うそ!ワシが中国へ行くとき6万円もかかっている」という。どうしたらこんなの安く済むのか不思議だ。

いったヤツに聞くと、どうも強制的にいろんな土産物屋・足マッサージ、サーカスにドンドン連れて行き、ここで金を使わせる仕組みらしい。旅行社はそこからリベートを稼いでいるようだ。バス2台で60人、旗に従って移動しているらしい。

やっぱり旗にしたがって旅をするというのが古来からの習わしか。

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2009年12月15日 (火)

御屠蘇って?

昨日おせちを頼んできた。おせちって「御節」と書くんだね。改めて調べてみたら、正月・五節句なので特別な料理とある。

五節句とは、

  • 正月七日の人日(じんじつ)
  • 三月三日の上巳(じょうし)
  • 五月五日の端午
  • 七月七日の七夕
  • 九月九日の重陽をいう。

をいう。だから正月のみならず、五回の御節がある。何か得した気分になった。

私がおせちを買うのは、一宮の裁判所の南50mにある「渡辺惣菜店」である。ここは百貨店やスーパーなんかで買うあの独特な万人向きの甘みが嫌いで、敬遠していた。ところがここの惣菜を買っていて気が付いたが、家庭的な味を持っている。濃すぎず甘過ぎず、口当たりがとてもいい。一昨年からここで御節を買うようになった。

この時期店に出るのが、「鮒味噌」である。寒鮒の出るシーズンには必ず買いに行く。寒鮒を丸ごと一匹、赤味噌で骨が柔らかくなるまで煮込んである。

正月といえば、お屠蘇が付き物だ。ところがヘソの曲がったおじさんは、この漢字が気に入らない。「お屠蘇」の「屠」である。これを漢和辞典で調べると、

  • 「打って切る意」と冒頭から飛び出てくる。
  • さく。動物を裂いて肉をばらす。
  • ほふる。人を殺す。牛馬などを殺す。攻め滅ぼす。

この漢字には、こんな熟語が並んでいる。

  • 屠解(とかい)=動物を殺し、肉を裂く。
  • 屠狗(とく)=犬を殺し、その肉を食用として売る。
  • 屠沽(とこ)=犬や豚を殺し肉を売る。
  • 屠宰(とさい)=家畜を殺し、料理する。割烹。
  • 屠肆(とし)=犬や豚の肉を売る店。肉屋。「肆」は店の意。
  • 屠所之羊(としょのひつじ)=屠殺場に引かれていく羊。命のあやうくなったもののたとえ。
  • 屠焼(としょう)=人を殺し、家を焼く。
  • 屠城(とじょう)=敵の城を破り城内の人民を殺す。

こんなのがまだ続く。ではなぜ祝い酒にこんな縁起でもない「屠」と使うのか。「屠蘇」の「蘇」を考えよう。

  • しそ。
  • よみがえる。生き返る。さめる。やすむ。困苦を逃れて休息する。

そこでやっと「屠蘇」をひもとくと、もと中国伝来の薬。肉桂(にっけい)・山椒・白朮(はくじゅつ)・桔梗・防風・赤大豆などを調合して酒(多くは味醂を用いる)にひたしたもの。元旦に飲めば一年の邪気をはらい、寿命を延ばすという。

でもワシはまだ納得いかない。そこで廃品回収に出ていた『世界の酒』住江金之著を拾ってきたので調べる。

ーーー暮れになると「屠蘇散」なるものがでる。そのうたい文句は「お屠蘇には、白朮 山椒 桔梗 肉桂皮 防風 が配合されています。大晦日から清酒に浸したお屠蘇を、元日の朝、年少者から飲み回し、1年間の無病息災、不老長寿を願う風習があります。各生薬成分の効果をまとめますと、屠蘇散(お屠蘇のティーバックの中身)には胃腸の働きを整え、のどや気管支を保護する効能があることがわかります。お屠蘇を飲むことで風邪の予防になります。先人の知恵を、ふだんの健康管理にいかしていくことができたら、いいですね」とある。ーーー

現在でも、一袋157円で、通信販売されている。

中国伝来のものであるが、今は中国でも行われていない。発明者は後漢(1650年前)の名医華陀(かだ)であPhoto る。この薬で死者もよみがえるのでこの名前がつけられたという。日本では嵯峨天皇の弘人2年(810年)、宮中で始めて用いられたという。この屠蘇処方はいろいろある。本草網目によれば、

  • 山椒=山椒の実で芳香がある。健胃剤で強壮剤でもあり、主成分はサンショールである。
  • 桔梗=桔梗の根でサポニンを含み、痰(たん)、咳にきく。また胸脇痛、下痢によい。
  • 防風=防風の根で寝汗の薬であり、かぜ引きにきき、痛風のよい。
  • 赤朮(せきじゅつ)=強壮剤である。かぜ引きにきき、解熱の効がある。また汗が出ないのを出す効、汗の出すぎをとめる効もある。
  • 大黄=大黄というタデ科の植物の根で、少量では、健胃剤であるが、多く使うと下痢になる。主成分はエモジン・クリソファン酸などの配糖体である。
  • 桂心=肉桂(にっけい=にっき)ともいう。肉桂の木の皮で、芳香性シンナミック・アルデヒトが主成分である。このごろ、飲料とか菓子類などにも入っている。健胃の効もある。
  • ばっ葜(ばっかつ)=かぜ引きの薬となり、利尿剤となる。
  • 烏頭(うず=とりかぶと)=中国古来の作り方では、猛毒のトリカブトを、一夜井戸に吊るしておき、その水を飲めば一年病気をしない。その五これを酒に浸すので、トリカブトの毒が少ない。日本のようにいきなり酒に浸すとあぶない。

天明3年、加藤佐渡守の料理人が古法の屠蘇を造り、同役2人と飲み死んでいる。幕末のころ銚子に流れ込んできた漢方医が、古法の屠蘇と称して配ったのを飲んで死亡したのが数か所あったという。屠蘇を馬鹿にしてはいけない。

今はそんなものを使わず、この著者が書いている方法は、山椒の実と肉桂を等分にして、これにミカンの皮を適量加えている。市販の屠蘇散よりよほど香りがいい。山椒と肉桂は薬屋に売っているという。

今年は本格的に「屠蘇」を味わうか。

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2009年12月12日 (土)

家康と鯛

福祉のイベントをのぞいたとき、古本のコーナーがあった。一冊100円。この中に『魚の素顔』安田富士郎著があった。こういう雑学とか事典のようなもの出す気で買ってきた。その中に、「家康の大好物アマダイ」という項目があった。

ーーー駿河湾興津でとれるアマダイは生干しにして、オキツダイといって名産にしている。これは徳川家康が駿河にいたころ、興津でとれたアマダイをことのほか好きだったので、オキツダイと名をあたえたという。また、一説によると、家康の侍女に「きつ」というものがおり、これが宿下がりの土産としてアマダイの干物を家康に献上したところ、家康がうまがって、冗談に「おきつダイ(鯛)」とこの干物を呼んだところから、いつのまにかオキツダイと呼ばれるようになったというのである。ーーー

家康は大変鯛が好きで、なにかの本で読んだが、家康が鯛のてんぷらを食べ過ぎて死んだという説もあるらしい。Photo

余分な話を一つ、てんぷらを、天麩(婦)羅と書く。その意味は「天」は揚げる。

「麩」は小麦粉のこと、そして「羅」は薄衣のことという意味がある。江戸末期に

は、金ぷらとか銀ぷらというのもあった。金ぷらは衣に黄身を使った。銀ぷらは白身

を使ったという。

また余分な話を書く。昔の釣り糸って何でやっていたのだろうと気になった。これを

細かく書いてあるホームページがあった。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/onkyouse/tumjayu/page042.html

この中に、釣り糸のことをこう書いてある。
ーーー植物繊維・麻糸、馬尾(ばす)「死んだ馬尾は不可、生きてる馬尾を使うとある」、木綿糸、三味線糸、菅糸(スガイ)(生絹糸を縒り合わせた物)、マガイ糸(練った絹糸を縒り合わせた物)、天蚕糸(テグス)、ナイロン糸、金属糸(メタル)があった。ーーー
馬の尻尾があった。
縄文時代の遺跡から魚の骨が出てくるから、釣りをやってたに違いない。その糸が遺跡から出てこんらしい。土に返ってしまうから無理はないが。でもねッェ、最近の報道によると、5億年前にはすでに魚を食べていたという発表がニュースで流れた。http://www.asahi.com/science/update/0805/TKY200908050139.html?ref=reca

そこで江戸時代の百科事典『嬉遊笑覧』喜多村寰筠庭著を探したら、面白い記述を見付けた。

ーーー栗や草木などにいる毛虫、色は青く毛が白い、大きさは2寸あるいは3寸ばかり。4月から5月ごろ、腹が透き通るころ、糸を作る。それを捕らえ油を暖め、ぬるんだころにミョウバンを少し入れて、その中に虫を浸し、酢を少しばかり加えて虫の首を破り糸を引き出す。板の上に釘を打ちつけそれに糸をかけて、虫をつまんでそろそろ引けば糸は長く出る。虫が大きければ糸も長い。糸は板について平たいけれど、乾くにしたがい丸くなる。この虫は自分の糸で巣をつくり、それはまるで網の袋のようだ。俗にこれを「すかしだわら」という。ーーー

栗の葉に派生する虫で、栗の実の中にいる栗虫とは違うようだ。

なかなか苦労して釣り糸をこさえていたようだ。ずいぶん横道の逸れた話になってしまった。

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2009年12月11日 (金)

手術後二年半の、頚椎と脊椎の診察結果

レントゲン、CT、MRIを撮り、体中をくまなく透かして見られた。

頚椎(頚椎症性脊椎症)の手術を2007年5月、脊椎(腰部脊柱管狭窄症)を同じ年の8月に、岐阜大学の宮本敬医師に手術してもらった。この病院ではこの二つの手術は、一年ぐらい経たないとやってもらえない。今までの最短で5カ月と聞いた。だが私の症状があまりひどく、3カ月という最短時間での手術の記録を作った。手術後の回復が素晴らしいので、最優秀患者という称号を頂いた。

本当は同時にできないかと聞いた。頚椎は前から、脊椎は後ろから手術するので、頚椎が終わったから、お好みをひっくり返すように今度は後ろからという訳には行かないという。それに時間が長いと麻酔の関係もあるだろう。そこで3カ月という短時間に手術することになった。突然空きができたので、入院しなさいという、キャンセル待ちで入院した。

あれからもう2年半たった。痛みの症状は全くない。ただし、頚椎関係では、指先にしびれが多少残っている。でも日常生活にはまったく支障はない。脊椎関係では、キッチンでの皿洗い、掃き掃除、特にホウキを持った動きをすると、5分でギブアップ。腰に鈍痛が襲ってくる。でも真っ直ぐ立って歩行するならば、40kmや60kmは自信がある。おそらくウォーキングでもしていない人には無理だろう。

もともと私はウルトラマラソンをやっていて、名古屋から金沢へ走る「さくら道ウルトラマラソン270km」に三回参加した。だがひるが野を越えたあたりで、いつも腰痛を起こし160kmでダウンしていた。だから普段から動き回っている性分が、今回の手術後の回復に大いに役立ったという訳だ。要するにジッとしていられない性分だからだ。

歩いたりジョギングしたりしていて、少しでも腰に異変を感じたら、絶対に無理をしない。「無理をしながら無理しない」、これが私の口癖だ。マウンテンバイク(MTB)でも、絶対に転倒しないように心がけている。尻餅でもつこうものなら、アウトだからだ。でもね、動くことに臆病になったら、足腰なんてすぐに衰えるから。

先日もブログで書いたが、バリアフリーという過保護より、バリアアリーという、「ほったらかし」の方が回復が早い。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2009/11/post-6cce.html

頚椎は首に金属を入れている。首の骨を削って、左足のひ骨を切り出して補強した。ひ骨の状態は毎日歩いているから異変はない。首は多少動きは悪くはなった。MTBで後ろを振り向くときに、首の回りが悪いからバックミラーを取り付けた。これで毎日30km前後走り回っている。

もう一つ、MTBのよさは、腹の中の「腸腰筋」を育てる。イスに座って足を持ち上げるときに、腰と脊椎につながっている筋肉が動きます。それが「腸腰筋」である。私は腰のじん帯をとっているから、その変わりを作らないといけない。じん帯とは、曲がった腰を戻すときのゴムに役目をしている。だからその変わりを鍛えておく必要があるからだ。だから一日30kmMTBで走り回っている。

レントゲン、CT,MRIどれを見ても異常は確認されなかった。快調な仕上がりである。久しぶりに宮本先生の顔を拝めたし、いままで手術を依頼した3人の回復も順調で、そのお礼やら、日常茶飯の話で、あまり頚椎脊椎の話をしてこなった。

私の書いている頚椎・脊椎の入院体験記には相変わらずアクセスが多く、一カ月一万件の総アクセス中、頚椎脊椎には13%ぐらいアクセスがある。神戸のUさんからコメントが入り、思い切って手術を敢行、今痛みからは解放され、動けるのがうれしいという。横浜からもメールが来た。「痛みの無い世界は素晴らしい」だが、「いい医者を探しなさい」といっている。

回復してうれしそうな話を聞くと、ワシも世の中の役に立っているんだとうれしくなる。

これから脊椎・頚椎をこのブログで検索され、宮本医師に掛かる場合は、「独りしゃべりというブログをみた」というと、座薬サービスいたしますという話だ。(ウソ)

でも検索されて行かれる方があると聞いた。いきなり宮本先生を指名してくるから、先生も面食らうだろう。

レントゲン・CT・MRIの料金を、清算機で9490円払ったら、機械が「お大事に」といったぞ。隣の銀行の窓口では一言も言わない。機械の方が礼儀正しいのに笑った。

帰りに、病院で新型インフルエンザにでも移されていたら大変だから、ニンニクの効いたラーメンを食べて、腹の中から殺菌してやった。

快調快調!これでまた一年後に定期健診となった。

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2009年12月10日 (木)

トイレ色々

私はトイレの本が好きでね、だから我が家のトイレの本棚には、トイレ関係の本が鎮座している。

  • 『トイレと文化考』スチュアート・ヘンリ著
  • 『トイレは小説より奇なり』酒井順子著
  • 『トイレで笑える雑学』プランニング・オム編
  • 『トイレおもしろ百貨』アダム・ハート=デービス著
  • 『河童が覗いたトイレまんだら』妹尾河童著
  • 『空と飛ぶ寄生虫』藤田紘一郎著
  • 『笑うカイチュウ』藤田紘一郎著
  • 『体にいい寄生虫』藤田紘一郎著
  • あとは落語の本が数冊ある

こんな中から、こんな記述を見付けた。

昔の便所

上方の共同便所 便所の開口部は全体を板で囲い、他は瓦葺の土壁であった。人の姿は外からでは見え

ない。

江戸は屋根が板葺きで壁は羽目板、下半分だけが板囲いで使用中が外から見える。Photo

ところが中国では、仕切りも無いという。なんとなく不安な用便をしなければならない。「おお、いいウンコしてますねェ」というのが、中国式の挨拶という。(ウソ)

日本では、糞尿は農家にとっては「金肥(きんぴ)」というほど貴重な肥料であった。この肥やし代は

大家の収入。けちな大家の腹を立てた店子がタンカを切って「べらぼうめ、これから長屋の便所でクソ

してやらねェからな」

日本と西洋の便所の違い

  • 日本 便所があった。
  • 西洋 便器があった。ポンペイの大昔はあった。中世に入って便所が消えていく。禁欲的な宗教観が広まったからだ。

花の都パリでは、その昔トイレは全て「お丸」で、二階から道路に投げ捨てたという。道路の真ん中に

溝がありそこの捨てると、セーヌ川に流れ落ちるという。

「神が人間の体をつくるとき、食べる入り口と出口を、もっとも離したの見ればわかるように、住居の

中に排便場所を堂々と存在するなど、許されるべきでない」という建前論が唱えられたからだ。

日本は仕切りがあるが、西部開拓時代や中国の大陸、砂漠などは身を隠すところがない。身を隠すのは

外敵からである。だから仕切りがなくても当たり前なンである。

マラソン大会のトイレは、欧米に行くと、雨どいが斜めの架けてあるだけで、一斉に放尿するんだと聞

いた。日本はレンタルトイレがずらっと並ぶが。

日本人、はやり仕切りが必要な部族なんだ。それで無いと落ち着かない。

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