2009年11月 9日 (月)

クセになる黒い耳かき綿棒

どうも耳かき綿棒には、いささか抵抗がある。

以前綿棒を多用していたが、どうも綿棒で耳糞をドンドン奥へ押し込んでしまった。それでどうも最近耳の聞こえが悪いと思っていた。そこで竹の耳かきでそいつを探し当てて掘り出したら、なんと大きな耳糞が出てきた。

それ以来、綿棒を使わないようにしていた。ところが災難が訪れた。竹製の耳かきを多用し過ぎて、耳の中を傷をつけてしまった。これが具合悪いことに、耳糞と傷口から出る体液と合体をして、鼓膜に張り付いてしまった。突然難聴になってしまった。もともと聞こえはいいほうではない。

私が育った環境はミシン加工をしているまるで工場の中で育ったようなもの。だからやや難聴とまでいかないまでも、聞こえが良くない。テレビのボリュームは15~20レベルで聞いている。最近デジタルテレビに替えたら、音がやけにこもった感じがする(ソフトと言うんだろうか)。そこであれこれ調整を探してやっと何とかなった。

「天地人」の直江兼続の声がなかなか聞き辛い。大事な場面なのにいちいちボリュームを上げなくてはならない。そこで、やっとメニューの中から見つけた音声調整で、高音部位を高くして、低音部位を低くしてやった。なんとうまくいった(少し硬い感じの音声である)。ワシもなかなかやるでないか。

以前脊椎の手術入院中に、聴力を検査してもらった。人の声の範囲は、検査した資料からすると、周波数2000~6000ヘルツ、正常位の聴力レベル30~60デシベルだとある。私の場合は、ちょうどそこらあたりが一番聞き辛い部位と分かった。補聴器に必要はあるかというと、いやその必要はないという。しかも、

「普通の老人の耳です」

とこきゃがッた(いや失礼、言やがった)。

「あのねェ、ものには言い方がある。老人はないだろう。年相応ですとか何とか言ってみたら」

と言ってやった。それともう一つ聞きたかった、耳鳴りである。そうすると、「治りません」と即座に答えた。そこで私は言い返してやった。

「いやッ、方法はある。イビキは起きれば治るし、耳鳴りは寝れば治る」

「うひョ!いい言葉ですね。これこれから使わせてもらいます」

と言うではないか。今ごろ岐大の耳鼻科の患者に、そう説明しているだろう。009

さて鼓膜に張り付いた耳糞を、近所の耳鼻科で洗浄に5回通ったら、元に戻った。アレから竹製の耳かきが怖くなり、綿棒に戻っ た。最近こんな耳かき綿棒を見つけた。綿棒の部分が真っ黒なものである。しかも綿棒がタコ紐で縛ったボンレスハムのごとき凸凹していて、これに耳糞がよく付いてくる。しかも地が黒いから、収穫量が実によく分かる。その名も、

=「やみつき綿棒」汚れハッキリ見えてお耳すっきり!!スパイラルヘッド70本入=

なんとタイトルまでスッキリしている。これでコリコリやっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月30日 (金)

手術に恐怖心がない、能天気な男

Photo_2 漢字がこんなにあるとは、能天気な。

  • 能天気
  • 能転気
  • 脳天気

意味は、「のんきで何事も深く考えないさま」

私の書いた「頚椎症性脊椎症、脊椎管狭窄症」入院体験記を読んだ人から、ーー手術前に、同室の患者さんらに、「じゃ、行ってくるぜ」と手術室へ向うようなあなたは、手術をするというのに恐怖心が欠けている。脳天気な。ーーと、こんな評価を頂いた。うれしい限りである。

痛みがなくなりまたマラソンができるというほうが、よほど期待が大きかったし、あのマラソンの快感がどれほどわが人生に大きな影響を与えたか。

168cm78kgの超メタボが、血圧の高さを指摘され、運動を勧められたのが、今から26年前である。走ることに喜びを覚え、10年後には100km、15年後は160km走られるようになった。現在168cm、65kgである。血圧は相変わらず高いが。

フルマラソン以上をウルトラマラソンというが、その練習といっては、この濃尾平野から見える、山々を一人走っ ていた。御在所岳、藤原岳、養老山地縦走、霊仙山、伊吹山、池田山、鍋倉山、金糞山、夜叉ケ池、妙法ガ岳、舟伏山、蕪山、高賀山、大日が岳、車山、駒ヶ根、金華山、鳩吹山、尾張富士、黒平山、猿投山、宮路山、石巻山などなど。ほとんどここから屏風に見える山々が、私の来るのを待っている。まだ67歳だ。時間はある。『名古屋からの100山』という本の中の山の地図には、キチンと赤ペンでシルシと日にちの書き込みがある。でも足は速くはならなかったがねッ。

何十回も走った山がいくつもある。伊吹山や一宮~金華山往復、養老山地、夜叉ケ池などは、今でも景色が目に浮かぶ。

この山をもう一度走りたい。あの自然の中をもう一度走りたいという気持ちが強いからだ。

あの森の中の芳香は、なんともいえない心の安らぎを覚える。森の芳香の中に、フィトンチッドという物質がある。

ーーーフィトンチッド (phytoncide) とは、微生物の活動を抑制する作用をもつ、樹木などが発散する化学物質。植物が傷つけられた際に放出し、殺菌力を持つ揮発性物質のことを指す。

森林浴はこれに接して健康を維持する方法だが、健康だけでなく癒しや安らぎを与える効果もある。フィトンチッドはその殺菌性や森林の香りの成分であるということから良いイメージがあり、森林浴の効能を紹介する際に良く用いられている。ーーー

息を切らせて走っていても、心が浮き立つのは、この物質が体中にまとわり付くからだろうか。この匂いが嗅ぎたくて、つい森に入り込む。時々飛び出す山鳥にコッチが飛び上がったり、マムシの登場に、急ブレーキが効かず、ヘビを飛び越す。股間が涼しくなり、何かが縮んだような気がする。こうして走っているうちに、ヘビへの恐怖心も薄らいでいく。

大きなウンコに出会ったその先の看板に、熊注意とでたときには、思わず足が速くなる。いいトレーニングになる。

こういう経験があるからこそ、手術への恐怖心なんてまるっきりなかった。走る魅力のほうがより強かったからだ。能転気ではない。痛みのない世界への魅力の違いなのだ。もう一度走るために、手術後2年になるが、ゆっくり調整している。毎日マウンテンバイクで30~40km走った後、ウォーキング時々ジョギング7km前後を繰り返している。

さて今日はどこまで行こうかな。暖かくなりそうなので、遠くまで行ってもいいなァ。

これから手術に向かう諸君!痛みのない世界へようこそ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月27日 (日)

ブルーベリーやヒアルロンサン

ブルーベリーの広告を見よく見て下さい。テレビの字幕の左上の端っこに、小さく「個人の感想であり、効能、効果ではありません」と出てくる。

以前から気にはなっていた効能効果だったが、このブルーベリーなるものが本当に目にいいんだろうかということだ。それとヒアルロンサンは、飲んで効くのではなく、患部に直接注射して初めて効果があるしろもの。私がよく整形で注射してもらっていた。

ウルトラマラソン(50km以上のマラソン)をしていると、関節がギシギシするように痛むことがある。要するの油切れを起こしたような感じ。こんなときは、ヒザに直接ヒアルロンサンを注射してもらうと、油切れを起こしていた関節が、ウソのように痛みが取れる。

さてこのヒアルロンサンとかコラーゲンとはどういうものなのか。グーグルの質問コーナーで、分かりやすい回答があるので紹介します。

ーーーコラーゲンというのはタンパク質の一種ですから、タンパク質の摂取とほぼ同等です。ただ、コラーゲンはそれを作るアミノ酸に偏りがあり、また消化しやすいとは言いにくいので良質な栄養源ではありません
摂取したアミノ酸は体内では全く分け隔て無く公平に扱われ、自分の体に必要なタンパク質の合成などに用いられます。
ですので、コラーゲンで無ければならない理由はほとんど見あたりませんし、コラーゲンだけをわざわざ摂取する必要などありません。
そんなものを買うのは財布に害があるだけです。

同様の意味でヒアルロン酸も害があるだけです。ーーー

いかかですか。これを大々的の宣伝をして利益を上げている企業があるし、マスコミがドンドンとお年寄りに宣伝している。「私はこのお陰で、こんなに動けるようになりました」と。薬物でなく、サプリメント(栄養補助食品)だから、規制はなんらされていない。飲んでしまえばただのたんぱく質だから、薬害なんて起きようがない。万一あれば規制の対象になるだろうが。

マスコミも宣伝料が稼げるので、ドンドン放送するし、放映する。最近では大挙して有名人を利用している。「がばいばーちゃんの息子!お前もか、金になれば何でもするのか」と腹が立つ。Photo

そして影では、「こういうものは健康な人が使うもので、本当に足腰が痛くなったら効果はない」と言い切っている番組もある。これを消費者は理解することだ。放送局は害がないなら、宣伝料が稼げるからやっているだけだということを。テレビショッピングの商品でもろくなのがないから。

ブルーベリーでも、コラーゲンやヒアルロンサンでもそうだが、効果効能をストレートにうたっている宣伝が少ない。それは個人の感想で、効いたようだとか、軽くなったという遠まわしな言い方をしていることをよく理解せんとイカン。

四十肩でも、肩にヒアルロンサンを注射すれば、一発で治る。それを整形、整体の病院が、もっともらしく温湿布をして、電気をかけ、マッサージをする。これで治療を引き伸ばしているだけだ。もちろん四十肩で死んだ人はいない。60、70歳になっても四十肩の人はいない。ある時期が来れば自然に治る。

これは頚椎や脊椎のヘルニアで悩んでいる人が、整形や整体で治療を引き伸ばされて、どうにもならなくなり、大病院で手術という人が大勢いる。私もそうだった。痛み止めや湿布を約10年ぐらいもらっていて、2年前に手術したら、一発で治った。

まずマスコミの宣伝は、ほどほどに見ていたほうがいいし、小さな整形、整体にかかる前に、一度大きな病院で透き通るほど診てもらってから判断したほうがいい。

最近ヒアルロンサンやコラーゲンの、やりすぎる宣伝にいささか怒りを感じるし、知っていて堂々と宣伝に登場する芸能人節操のなさにあきれるばかりだ。angry

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月26日 (水)

新型インフルエンザの予防に、腰抜けな対策が露見

厚生労働相が、インフルエンザ予防薬のワクチンが不足する場合は、輸入するという。なんということを。本来日本が率先して後進国の援助しなければならない立場だ。生産力だって、十分その能力を持っているはずだ。それを後進国の援助物資を横取りするような発言に、怒りを感じるね。しかもこんなニュースが流れるようになると、もう国民も右往左往してマスク探し。実にバカげている。

野球選手から関取までかかっている。これはもう体力なんかではない。菌をもらったら最後だということだ。ワシなんかいつでも来いと、昨年11月にもう備蓄。水の確保、防災用の緊急食料を確保しているぞ。厚生労働省よりよっぽどしっかりしている。しかも日ごろから人ごみにはあまり入らず、田んぼの真ん中ばかりを移動している。さてそのニュースだが、

ーー 【ケネディ宇宙センター(米フロリダ州)=勝田敏彦】オバマ米大統領の科学技術諮問委員会(PCAST)は24日、秋から冬にかけ、最悪の場合、米国民の半数が新型の豚インフルエンザに感染し、約9万人が死亡するなどの予測を盛り込んだ報告書を発表した。1918~19年に大流行したスペイン風邪ほどではないものの、今回のウイルスは国に対する「保健衛生上の深刻な脅威」になるとして、政府に備えを求めた。

 報告書によると、米総人口の30~50%が感染、最悪の場合、180万人が入院する。また30万人が集中治療室(ICU)で治療を受ける可能性があり、3万~9万人が死亡すると予測している。

 米国では季節性インフルエンザで毎年約3万6千人が死亡しており、最悪の場合、その2倍強の予測だ。

 早ければ米国の学校の新学年に当たる9月に第2波の流行が始まり、ピークを迎える10月中旬には新型対応ワクチンの接種が始まるものの、免疫ができるまで数週間かかるためにワクチンの有用性が大きく損なわれる可能性があるとした。

 報告書は、新型に免疫を持つ人が少ないため、医療機関に大きな負担がかかると警告。米政府に対し、ワクチンの準備を急ぐことや、抗ウイルス薬の使用指針の明確化などを求めた。

 PCASTは、米国で指導的役割を果たしている科学者で構成され、ホルドレン科学技術担当大統領補佐官らが共同で委員長を務めている。ーー

これ見て仰天しても、もうマスクすら手に入らない。Photo

もう一つ、緊急用にはだか祭りで使ったフンドシがある。これは難追い神事で使い、すでにお祓い済み。しかも犬帯として喜ばれる代物で、ご利益がある。これを工夫すれば、マスクができる。赤フンドシもあるから、色々楽しめる。

サァ~来い!豚インフルめッ。pig

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年8月18日 (火)

夏バテ状態

少し暑い日中、動き過ぎたのか、夏バテ状態。

ちょっとお休み頂戴!

今日はポカリばかり飲んで過ごしている。そこに少し焼酎を入れて。アハッ!これでは治らんわなァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月27日 (月)

目の運動

どうも目ヤニが付いているわけではないが、目がかすんでいる感じがする。

ではカーテンのシワをながめて、目の運動でもするか。この運動をするようになったのは、友人が目の運動だけで近眼を治したと言ったことに始まった。毛沢東が推奨した目を八の字に回す運動が視力の快復にいいという話だ。

車屋時代に、毎日車に乗り続けていると、相当に目が疲れる。だから目の運動を始めたら、意外や視力がよくなったとは言わないが、視力がはっきりしているのが分かる。ぼやけた視力ではない。眼球の奥底からズドンと景色が飛び込んでくる感じだ。車の中でできる方法は、どんな運動をするかというと、

  • 遠くの景色を見て焦点を合わせ、瞬間に自分の鼻をに焦点を合わせる。これを繰り返す。
  • 目を∞の字に回す。

これだけだ。

朝カーテンを見ながらできるのは、

  • カーテンのシワが縦に走っている。これを追いかけて、上から下へ、隣のシワを上から下へ。これを繰り返す。右から左へ順次進む。
  • カーテンの右上の角から、左下の角へ。左上の角から右下の角へ、これを繰り返す。

先日速読を習得する方法をやっていた。実に簡単で、A4ぐらいの画用紙に右の表をまず作ります。Photo これをカーテンと同じ方法で、上から下へ縦に順番に追いかける。右からでもいいし左からでもいい。そしてもうひとつ、右上の角から、左下の角、左上の角から右下の角へ。要するに∞の形で動かす。これを一日3時間するという。そうすると本を読むときの目の動きが大変早くなり、速読ができるようになる。事実挑戦した俳優が、ものすごく速く読めるようになったという。

さて年金生活者が、1000円はたいて買った本を、わずか30分で読めたら、えらく高い買い物になる。一ヶ月掛けてゆっくり読めば値打ちがある。夕べどこまで読んだか分からず、また戻って読み直す。これがあるから値打ちがあるのだ。速読はほどほどのほうがいい。

イヤ待てよ!立ち読みならドンドン読んでくれば買わなくてもいい。そうか、ではこれで毎日運動するか。頚椎とPhoto_2 脊椎の手術後のリハビリの運動に、マウンテンバイク30km、午後からジョギングかウォーキング7km。終わってから目の運動が入る。

これを書いているだけでもう疲れてきた。飲む時間が無くなるがやァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月26日 (日)

手術後のうれしい便り

2008年9月、私の脊柱管狭窄症の入院体験記を読まれ、手術への恐怖など告白された。私自身は、まったく恐怖心が無く、勇んで入院し、楽しんで入院体験記を書かせてもらった。だからこれを読まれた人は、拍子抜けするんではないかと心配するぐらいだ。

でも一言、「痛みの無い世界はすばらしい」とだけは、伝えている。それが事実だからです。もうひとつ、一番が大事なのは、いい医者を探すことです。これはこの近くならば、岐大の宮本先生をご紹介しますが、関西や関東では私では知らないからです。

先日コメントを頂いた上原さんから、手術後6カ月の快復状態を知らせていただいた。このブログのコメントの中の上原さんのコメントを読んでみて下さい。痛みの無い世界を満喫してみえる姿が見えるようです。

100m歩けなかったのに、いまは10km歩いてみえる。そのうれしさが目に見えるようです。Photo

先日岐大の宮本先生からメールがあり、診察にみえる患者さんで、どうも私のブログを読んで来られた方がチョクチョクあるよといってこられた。

こうしてみると、私もずいぶん世の中のためになっているようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月20日 (月)

アルコール自主規制

どうも最近飲み過ぎなのか、胃に生気がない。量を減らしているのにである。

そろそろ夏になる。夏バテする前に自主規制しておかないと、ひどいことになる。とにかく寝ることだ。昼寝ゴロゴロ、夜は早寝に限る。ということで、夕べは早く床に就いた。それも9時半にである。ところは早寝すると途中で眼が覚めると大変である。いままでは酒の勢いで寝ていたが、それができないのだ。

夕べも11時半ごろ眼が覚めた。ならば本でも読むか。読みかけの椎名誠著の『ニューヨークからきた猫たち』を、枕もとの、寝ながら読める本立てに固定した。これは実に優れものである。手がくたびれないからよく読める。いつの間にか寝ているときもある。

この本はあと五分の一を残すだけだ。少し長めの章節だから、途中で止めるわけにはいかない。そう思いながらも一気に読み終わったが、まだ寝も気が来ない。困った。こんどは脇の本箱から、一章節ずつが短い、東海林さだお著の『パンの耳の丸かじり』を持ち出した。

ウフフと読みながら眠気がきたのは1時ごろであろうか。よし何も考えずに頭を空っぽにして、ただひたすら寝付Photoくのを待つ。こうなると眠気が飛んでいくような気がする。いつの間にか寝付いたのだっろうか、眼が覚めたのは2時半ごろ、トイレに起きて、出した分補給してお茶を飲んだ。どうもこれが災いしてか、眠気が飛んでしまった。

今度もただひたすら眼をつぶり、気が付いたら3時半ごろ。なんと一時間おきに眼が覚めているではないか。でもこれまでの睡眠不足があったのか、今度は熟睡をしたらしい。いつも起床する5時少し前に眼が覚めた。

朝食をとったら猛烈に眠気が襲ってきた。クッソ~ッ!

寝る前に少しだけ飲んでやろうかシャン。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

頚椎と脊椎の手術への不安が、アクセスを増やしている

この4カ月のアクセス総数が、33535件。この内4102件が頚椎と脊椎の入院体験記である。これはほとんどが、「頚椎」とか「脊椎」とかの単語を検索してきた件数である。

  • 手術の内容を知りたい 40.6% 「頚椎・脊椎 入院 手術」という検索
  • 費用を知りたい      33.9% 「頚椎・脊椎 手術 費用」という検索
  • どんな病気なのか     11.5% 「頚椎ヘルニア 脊柱管狭窄症」という検索
  • 病院を探している     8.5%  「頚椎 脊椎 病院」という検索
  • 後遺症とか術後は?   5.3%    「術後 経過 快復 運動 後遺症」という検索

これから判断するに、手術への恐怖心が相当に強いことが分かる。それがどんな手術で、どんな体験をされたかが、一番気になる。私の体験記には、恐怖をまったく書いていないので拍子抜けされるんではないか。同じ病室の人らに、「では行ってくるぜ!」と手術台に向かったからだ。手術後3日もたてば、院内をうろつきまわって、看護婦にイエローカードを突きつけられたほどだ。十分すぎるほど楽しんできた入院体験記である。

それと、手術に掛かる費用が、我が家の経済にどう響くかが心配になる。これは私も心配した。なんにせよ、私は年金生活者だったからである。高額医療控除についてあまり知らなかったからだ。昔は立て替えてから後に返還されると、思い込んでいたからだ。今は前もって市役所で手続きすれば、個人負担分だけ支払えば済むようになった。これは大変ありがたい。

入院体験記を読んで、いきなりコメントが入り、相談されることがある。これは最近のことです。

---9月初めに手術を予定している63歳(男)です。痛み止め(ボルタレン)を使い、やっとこ数十メートル歩行。手術でよくなった、治ったという方のお話を探しています。お話だと、私と同様の状態からの手術。どの程度、回復されたのでしょうか? テニスなどスポーツができるようになりますか? 人によっては再手術、それでも改善しないという話も聞かないではありません。現在のご様子、もし聞けるならお教え下さい。名前、メルアド隠しているのではありませんが、バッドな回答を恐れてペンネームのみ書き込みました。どうか、よろしく。---

どう返事をしてあげていいのか、迷う時がある。皆さん匿名できますので、直接メールで返事するのではなく、返事を自分のブログにコメントとして入れておく。そうすると、他の人にも伝わるかもしれないという、淡い気持ちを持って返事を書いている。メールが来ないと落胆しないで下さいね。

どなたも、神経を触るような手術に、不安を持っておられるし、他人から色々失敗例を聞かされるからだ。私の場合も、わざわざ家にまで来て、「私の友人で下半身が不随になって、いま車イスに乗っている」という。話を聞くと、手術が15年以上前のことという。要するに失敗したという話は、患者さんが怒り心頭に走り、病院の悪口などをドンドン言うから、ドンドン伝わっていく。成功したという話は、患者も家族も、みんなホッとして、それ以上話が伝わらないのではないかと思う。

15年も前には、頚椎を手術すると、3カ月ぐらい土のうを首の周りに置き、首を固定して、骨がつくのを待っていた時代があった。今は金属で固定して、3日後には院内を歩ける。退院後3カ月ぐらいはコルセットをするが、それ以降は本人の意思しだいで、快復状態がドンドン変わってくる。

私が相談されると、いつも言ってあげるのは、

  • いい医師を見つけなさい。とにかく探すことです。尾張地区や岐阜の方なら、岐大の宮本敬先生を勧めます。私の担当医で、すでに何人か紹介させてもらった。おかげで全員快復されている。以前友人の友人が病院を紹介して欲しいというから、先生を紹介したら、なんということか、私らに黙って、病院に行かなかったらしい。後日それを知ったので、叱りつけてやった。失礼にもほどがある。人の好意を無にするなんて、実に腹が立つヤツだ。
  • 小さな整体や、整形等の病院では、この病気では、死ぬような病気でないので、診療を引き伸ばす傾向が強い。温シップをして、電気をかけ、マッサージ、鍼灸をするというのがどこにでもある治療だ。これは、単に治療を引き伸ばしているだけだ。できるだけ早く、大きな病院で、体を透き通るぐらい診てもらうことだ。その上で電気でもいけるか、鍼灸でもいけると判断することです。
  • 手術を怖がることはない。私なんか旅行にでも行くように、本を20冊だの、スケッチブックだの、カメラ、PCなどをカバンに詰め込んで入院した。今の医療機器は体の中が丸見えになる。レントゲン、CT,MRI全てが、格段に技術革新している。
  • 手術でも、時には内視鏡を見ながらで、失敗例はほとんどない。いい病院と医者次第ですよ。
  • 痛みのない世界は、それは素晴らしいですよ。
  • 手術後は怖がらずに、無理しないように無理して下さい。二度目の手術が怖くって、動くことをしないと、筋肉がドンドンなえてしまうからです。せっかく痛みが消えたのですから、今までできなかったことをやりたいですね。運動、旅行、散歩、園芸などなど。
  • 手術後の運動は、プールの中を歩く。これは腰への負担が軽く、運動量が多い。自転車でもママチャリは、いきなり腰へ重心が掛かるから、感心しない。マウンテンバイクがいい。前屈みで、腕に重心がかかる分、腰へ重心が掛からない。ただし転倒は絶対しないように。特に脊椎を手術したら、腸腰筋を鍛えてくれます。その他のトレーニングはhttp://training-navi.com/dir/weight/000041.html、これに詳しく書いてあります。自分にあった方法を見つけて下さい。
  • 頚椎や脊椎を手術したら、手術部分をひねる運動は、避けています。まだ少し恐怖心がある。こんな私でも。でもねェ、手術は千差万別、僕の担当医は「48手ありますケン」と言ったぞ。だから自分に合った運動を見つけることです

今の回復状況は、3年間ほとんど走れなくなった。私はウルトラマラソン(フルマラソン以Photo 上マラソン)をやっていて、160kmぐらいで、いつも腰痛が出てリタイヤしていた。好きなマラソンができなくなり、動ける方法を探し、マウンテンバイクに出合った。入院するまでの一年間で1万km走り込んだ。おかげで筋肉は衰えることなく、腰のじん帯を切除したにもかかわらず、腸腰筋がその代わりをしてくれている。何の不自由もない。

6月に頚椎と脊椎の手術2年が経ち、その快復を見る意味で、一宮から金華山山頂までの往復40kmウォーキングを敢行。腰や頚椎への違和感はなく、完全な快復を実感した。そこでまたマラソンを目指して、ジョギングを始めた。

だが、頭の中では40km先を走っているが、3年間のブランクで、走る筋肉と心肺機能の低下は、いかんともしがたい。初めからやり直しである。いま毎日、近所迷惑にも炎天下を5kmほど走っている。もし腰に違和感を感じたら、すぐにウォーキングに切り替えながら走っている。

あの人は100mも歩けなかったのに、あんなに快復して、と、友人や親戚で腰が悪い人があると病院の紹介を求められる。友人の友人の会社の同僚の母親が、腰が痛いので手術するという。そうすると、息子が「神経を触るような手術はするな」というので、相談に乗ってやって欲しいと相談を受けた。

そのときに、「痛みのない世界が、どれだけ素晴らしいか」と話してあげた。母親が手術して、今ピンシャンと生活して見えると喜んでいると、友人の友人から伝わってきた。これが一番うれしい便りだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年7月 8日 (水)

イカン、これから、コーヒーを飲まにャ

ーーコーヒーの口臭を消す効果を確認―イスラエル

2009年6月29日(月)17時30分配信 

28日、中国国営新華社通信は、イスラエルの科学者が発見した最新の研究結果として、コーヒーには口臭を消す効果があると報じた。
2009年6月28日、中国国営新華社通信は、イスラエルの科学者が、コーヒーには口臭を消す効果があるとの研究報告を発表したと報じた。

イスラエル・テルアビブ大学の研究チームが発見した。同チームはイスラエル産のコーヒーと「ネスカフェ」のインスタントコーヒーを試験管で唾液と混ぜたところ、臭いの90%を抑えることが分かった。コーヒーに含まれる「ある成分」(同チーム)がニンニクや玉ねぎなど臭いの強い食べ物を食べた時でも、身体の中から臭い成分を消してくれるのだという。

同チームは今後、この「不思議なある成分」を応用して、洗口液や口臭予防ガムの開発に取り組みたいとしている。ーーー
私はニンニクが好きで、ラーメンが好きで、ベトコンラーメンをよく食べる。家内がスーパーに勤めているので、人ごみからよく風邪の菌を持ってくる。だから風邪を引かないように、ニンニク、ニラ、ショウガを使った料理を採るようにしている。どうも臭い系がお好きなようだ。風邪にはビタミンCよりよく効く。
先日書いたが、コーヒーには認知症にもいいらしい。再度書いてみる。

ーーー コーヒーなどに含まれるカフェインがアルツハイマー病の認知症状を改善するとともに、患者の脳に沈着する異常なたんぱく質が作られにくくすることを埼玉医大の森隆准教授ら日米のチームがマウスの実験で確認した。米医学誌「ジャーナル・オブ・アルツハイマーズ・ディジーズ」(電子版)で発表した。

 研究チームは、アルツハイマー病を発症した生後約18カ月の高齢モデルマウスに、人間で換算すると1日当たりコーヒー5杯に相当するカフェインを水に混ぜて1カ月飲ませ、認知や運動機能テストなど8項目について調べた。

 目的地まで迷子にならないかを調べる実験では、カフェインを飲ませたマウスはミスが減って毎回場所が変わる目的地までの到達時間も早くなり、健康なマウスと同程度の成績だった。水だけを飲んだマウスでは症状は改善しなかった。

 カフェインを飲ませたマウスは、記憶をつかさどる脳の海馬や大脳皮質で異常なたんぱくの沈着が減少。カフェインの投与で異常なたんぱく質を作り出す酵素の働きが抑えられることも分かった。

 森准教授は「人間の疫学調査などで予想されていた症状改善の仕組みが解明できた。マウスではあるが、症状の進行を抑える方法を考えるうえで有効なデータだと思う」と話している。(竹石涼子)ーーー

だがしかし、コーヒーを飲む習慣がない。お茶ではいかんのかねェ。これから加齢臭やアルツハイマーの危機がドンドン近づいてくる、オイラは7月15日で67歳だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月 7日 (火)

メタボ高血圧や、アキレス腱を切っても走りかけたぞ!病弱より気弱になるな

3月に結婚した友人のFさんが、走りかけたという。まだ走っているところを見かけたことPhotoはない。最近血圧も高くなったと言っていたが、メタボとは知らなんだ。結婚したから、少 しは痩せると思ったが、毎日の食事が安定したのか、メタボになったらしい。ヘッ?もう70kgっもある?それじゃァ、夜叉が池伝説マラニックの参加も無理か。

Photo_2 キレス腱を今年の3月に、テニスをやっていて切ってしまったM君が、もうテニスを初め、ジョギングを始め、11月のいびがわマラソンのハーフに出たいという。カーちゃんが「やめやァ」と引き止めているらしいが。ジョギングはアキレス腱にそんなには負担が来ない。だがテニスはカーチャン孝行ぐらいにしておけよ。

こんなんだわァ、絶対にくじけないのが、同じマラソンクラブの仲間たちだ。まだいる、胃がんで、胃を3分の2切ったMさんが、東北の山を連続7日間7つの山を登ってきたと、意気揚々としている。

一昨年ガンで余命1年の宣告を受けたIさん。一宮市内の、山下病院、大雄会病院、市民病院が全て断るほどの難しい手術を、名大病院で大手術を敢行して、先日元気な姿を見せてくれた。いまゴルフに時々行っているという。

私も頚椎と脊椎の手術後2年目で、毎日マウンテンバイクで30km。先月手術の快復度Photo_3 合いを見る意味で、一宮金華山山頂往復40kmウォーキングをやり、腰になんら異常がないのを確認して、最近はジョギングを再開して、毎日炎天下を5km前後走っている。

昔の勤め先の仲間で、小冊子を作っている。その中の先輩が、脊椎の手術後、快復を見るために、毎日自宅の階段を20kgの荷を背負って50往復し、とうとう富士を極め快復を実感したという。この人にとっては、ヨーロッパのアルプスなど登山暦57年からすれば、富士山なんて小さな小山なんだろう。

この友人たちに共通しているのは、今まで強烈に動き回ってきた人たちである。何でこれくらいできないのか、という気持ちが強く、手術後も何のためらいもなく挑戦していく。通人には考えられないかもしれないが、彼らの頭には、40km100km先を見て動き回っているし、キリマンジャロの頂点を見ている自分が、リハビリ中の自分の中にあるからだ。距離や標高なんて、その時々の楽しみの一瞬でしかない。

私のブログのリンクの中に、マラソンの友人が書いている「街の弁護士日記」がある。彼が私のことを「生き方上手」とほめるが、なにかこそばゆい。今日は今日と、区別して毎日を生きているのではなく、「待っていろよ、きっと頚椎・脊椎の手術を超えて走ってやる」という、気持ちが強く動き回っているだけだ。

この気持ちと、今まで動き回ってきた習性が、私を毎日活発にしているだけなのだ。

今日も炎天下、5km走ってきた。いい汗をかいたと、アルコールに頼って、今これを書いているのだ。一日がどんどん消化されて行く。どんどん晩成に向かって突き進んでいくが、動けないからといって、じっとしていたくないだけだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月11日 (木)

手術後2年、とうとうやった「一宮~金華山頂上往復40km」

7日に歩き時々走りをやっていて、8日にとうとう実行した。

2007年5月頚椎ヘルニア・同年8月に脊柱管狭窄症の手術からちょうど2年になる。100m歩けなかったのがついに挑戦する。何かワクワクする。

以前から、自分の手術後の快復を、このウォーキングができて初めて全快としたいと思っていた。それがなかなか自信なく、決心がつかないままズルズルと今日まできた。7日の気分のいい風を受けながら、日中でも熱さを感じないサラッとした空気が後押しをした。よし明日は実行するぞと決意を固めた。

8日の天気は晴朗ならず、うす雲が全天を覆い、われを祝福しているように思う。「新高山登れ」である。昨日は串かつ屋でニンニク入りの心臓の生肉を食べて、元気でいいが、家中が臭いと家内がなげく。

朝のラジオ体操を終え、筋肉をほぐし、近くの牛丼屋で朝食セットを食べた。7時丁度、いよいよスPhoto_2 タートする。朝の通勤ラッシュにはまだ早い時間だ。名岐バイパスへ出る。低木の街路樹キンシバイが黄色の花を咲かせている。畑ではキュウリやナスが花をつけ、ザクロが赤い花を咲かせている。この時期がいろんな花が咲き揃う。

8時ごろ、Y君が追い付いてきた。彼は「夜叉が池伝説マラニック130km」に挑戦するために、金華山往復ジョギングをやっている。これを往復するとフルマラソンぐらいに価値があると、彼に教えたので、せっせと走っている。ここ1ヵ月でもう3回目だという。彼はフルマラソンを走ったことがないのに、いきなり130kmへ挑戦してきた。二人で記念写真を撮って別れた。私が足を引っ張っては気の毒だから。

木曽川を渡る、久しぶりだ。最近はマウンテンバイクばかりなので、スピードがあり、周りの景色が目に入らなくなっている。人は歩くスピードが一番景色が美しく見える。花も虫も目に入るからだ。川を覗けば魚がキラッと光る。

金華山南の岩戸公園まで15kmはある。一時間で5kmのペースでゆっくりでいい。往復しなければ意味がない。途中で挫折するともう一度やり直さなければならない。これほど悔いが残ることはないからだ。今日はコンビニでのビールは自重している。街中では立小便もできないからだ。

いよいよ金華山が近くなった。さて今日はどの道から入ろうか、来る間中迷っていたが、一番近道から入り、とにかく頂上を極めることが先決だ。それで余裕があるならば、コースを延ばせばいい。

Photo_310時に岩戸公園の先に、東坂ハイキングコースの指示の看板があるところに出た。予定通り5km一時間である。ドライブウエーを少し登ると、左へ入る唐釜ハイキングコースがある。この道はほとんど思えている。曲がり角の先がどうなっているか分かっているから、安心して登れる。結構登山者によく会う。

ドライブウエーを横切り、七曲コースへ入ると、すぐに右へ登る頂上への道に出る。後は一直線に登るだけだ。今日はリックを背負い、ノルデックポールを持ってPhoto_5きている。ずっと使いながら登っているので、足には負担が少ない。

最近心肺機能に負荷をあまりかけていないので、呼吸が荒くなるのが分かる。頂上へは40分ほどで着いた。なんとそこには老人ばかりが所狭しと座り込んでいた。恐ろしき熟年パワー。そういう私も同じだが。頂上がずいぶん変わった。売店がない。ここでビールをと思っていたのに。ロープウエー乗り場にも売店がない。その代わり自販機が座り込んでいる。ここに昔は登山記録の大学ノートがおいてあった。何千回と毎日登っている記録があった。それが見当たらない。

Photo_6 早々にここから北に下る「めいそうの小経」へ入る。この道が一番美しい。ここでいささか驚いたのは、足首の力がずいぶん弱っているのに気がついた。下りるたびに足首がグラグラする。これでは転倒するかもしれないので慎重に下りる。ジョギングシューズでは底が柔らかいから無理があった。ウォーキングシューズは、国民給付金で買ったばかりであるが、また新しいので、足に馴染まないからやめた。マメでも作ったら、今日のイベントがお釈迦になる。

Photo_7 途中でいろんな標識に出会った。この山も登山者が勝手にコースをPhoto_8 作るから、荒れてきたということだろう。

ロープウエーの下あたりで、織田信長の居館跡を探す発掘調査を進めている。ちょうど昼休みで係員が降りてきたので聞いてみると、秋には公開されるという話だった。

岐阜公園に出た。ここでやっとビールにありつく。売店前の赤い毛氈を敷いた床台に座り、頂上を見上げながら、何とかやり遂げた気分にひたる。

名和昆虫館の古いたたずまいは健在で、隣の歴史博物館では「魯山人の宇宙」をやっていたので見てきた。私には焼き物の世界はよく分からなかった。入場料の800円損した気分だ。もう一本ビールを飲んだほうがよかったかも。

山の裾野を縫うように歩く。Photo_9 鶯谷高校の脇に浄土寺があり、ロダンのモデルになった花子という女性の墓があることを知った。こういうことは歩かないと分からない。http://www.hatelecom.or.jp/rodan&hanako/index.html

トンネルをくぐって、岐阜市内を気ままに歩き、コンビニでビールを飲みながらボチボチ歩き、5時半に帰ってきた。

今日一日、腰の異変は感じなかった。これが一番うれしかった。

だが9日、朝起きたら腰が重い。手術跡辺りがドンとしている。それより足がアッチコッチ痛いし、ノルデックポールで体を前に押すから、腕が痛い。これは明日も明後日も痛みが残るだろうなァ。さっそくストレッチングを始める。今日はイタタイタタとストレッチングばかりしている。でもやり遂げた感触は、ウルトラマラソンを走った後の、あの筋肉痛と同じだ。久しぶりの痛みの感触を味わっている。

これで完全快復を意識して、ランニングへ向かって行こう。

10日、腰の重さはなく、328mの筋肉痛が残っている。アハッ、軟弱になったものだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 8日 (月)

頚椎ヘルニア、脊椎管狭窄症手術後2周年記念のウォーキング

このごろ午後3時というのに、気温は高いが湿度がなく、とても爽やかである。歩いていても気持ちがいい。7日の日曜日もそうだった。途中から少し走ってみたくなった。1kmごとに歩いたり走ったりして家に帰り、シャワーを浴びた。久しぶりにとてもいい気分になった。

最近走るという気が薄れてきていて、午前中マウンテンバイク30km前後走り、午後から昼寝後7km前後歩いている。だが走るという気がなかなか起きなかった。あまりにも空気が爽やかなので、つい走りかけた。走っていると、ドンドンと気分が高揚してくるのが分かる。

手術したのは頚椎ヘルニアが2007年5月、脊柱管狭窄症が2007年8月。ちょうど2年になる。そろそろ本格的に何か鈍足ランナーらしい独りイベントをしでかそうかなァ。

以前から思っていた、いつかきっと、「金華山往復歩け歩け40km」を敢行してやろう。そう思ったら、無性にワクワク感が体中に満ちてきた。5月30~31日に34km南知多を歩いてきた。このときから、自信が出てきたからだ。

一宮から、金華山の南の岩戸公園まで15km。往復30kmある。

金華山そのものは、標高328mで、頂上までの片道1,5km。これを平地を歩いたのと、標高328mを登ったときの時間から換算すると、片道5kmに値する。

だから、一宮から金華山往復で40kmになる。昔はウルトラマラソンの練習によく往復ジョギングを走ったものだ。今回は歩いて挑戦する。気候も丁度よく、ゆるゆる歩いてみるつもりだ。

金華山の地図を開いた。登りは岩戸公園から入る。帰りをどの道を通ろうか迷っている。なにかワクワクしている自分がそこにいる。昔はこの濃尾平野から見える山はほとんど走った。多度山から養老までの尾根は何度も走った。走る前に地図を開き、予定を立てる。この時からもうランニング登山が始まっている。いま当時の興奮を思い出した。

思い込んだら即、実行だ。明日ラジオ体操後そのまま金華山へスタートしよう。朝飯は、途中でなんとかなる。ワクワクしてきたぞォ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 4日 (木)

入退院と手術の日柄の無意味

頚椎ヘルニア

  • 入院 2007年5月7日 大安 病院の空きが出ました!という連絡に、すぐに入院した。痛くってねェ。我慢できなんだ。
  • 手術 2007年5月9日  先勝 入院すれば、順番で手術日程が決まる。
  • 退院 2007年5月22日 先負 人はここで何とかならんかと言い出す。私はとにかく退院したかった。うれしくってねェ。

脊椎管狭窄症

  • 入院 2007年8月15日 先負 このときも、どうにも痛くて、予定より早く入院できた。急に空きができたという。これで痛みとおさらばだ!
  • 手術 2007年8月17日 大安 入院2日後は当然手術。
  • 退院 2007年8月30日 赤口 痛みがなくなって、うれしくてねェ。病院内を徘徊していた。いつでも退院していいというから、待ち望んで飛び出した。

http://www.ajnet.ne.jp/dairy/ 過去の日柄は、ここで調べました。

入院は緊急を要する。だから誰も何もいわない。今日は仏滅、友引だから、救急隊は出ません。なんて言ったら、あなたどうします?社会問題だ。

もし途中で倒れたら、日柄なんて選べるだろうか?このことを誰も言わない。「私は大安以外は手術をしないように」と書いておいたら、きっとあなたは、アウトになる。

救急車で入院拒否されると、みんな憤慨しているよね。でも、何でこんな日柄で入院させるのだとは一人も文句を言わない。こんなもの、みんな常識として分かっているからだ。意味がないことを。ただ周りに文句を言われないために、日柄を選んでいませんか。

だが、手術はどうか。これも選択できない。入院と同じだ。

ところが困ったことに、退院だけはいろいろ講釈をいう。もう元気になったからね。退院ぐらいは、自分で選択したいと。親戚のおばさんがうるさくてねェ、と。

ワシなんか、もうどうですか?と言われると、ハイッと、二つ返事で喜んで退院した。ところで、今日初めて日柄を調べてみた。そうだったのか、そういう日柄だったのかと知った。

日柄で悩んでいる方、あなたが外国で、向こうの国の日柄に合わせますか?

干支で結婚を選ぶ、何の意味がありますか?相手が外人でも?

星座で本当にいい出会いがありますか?

あなたは自分がうまれた日柄を知っていますか?

自分が愛した人に出会った日柄を知っていますか?

最高の出会い、日柄、血液型で離婚していませんか?

血液型が性格となんら意味がないことを知っていますか?

字画で結婚というなら、アラブの一筆書きだったら、どうします?

宗教家や占い師、教祖、僧侶どんな宗教家でも、永遠の生命は、人類が地上に現れてから、存在しないのです。

死は必ず来る。それが生命なんです。今生きている自分と世界を大切にしてください。そうすることで、あなたの価値と幸福を得られる。お守りもいりません。さい銭もいりません。

私は夢がないといいませんが、非科学的な考えに批判しているだけです。

でもみんな仲良く、楽しく生きています。人の気持ちを尊重しながら。

言っとくけれど、ワシは宗教家ではないし、人の宗教をとやかく言わない。ワシはただのおじさんだでね。

なぜこんなことを書いたかというと、私の入院した頚椎ヘルニア、脊柱管狭窄症の入院体験記を検索する人らが、盛んに日柄を気にしているからです。こういうことに、大学病院でも対策に苦慮している。大安しかだめと言われると、緊急を要する患者さんが6日間ぐらい遅れが出てくるからだ。あなたのわがままで。

もう少し、落ち着いてちょ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月22日 (金)

マスクが市場から消えた

今マスクを捜しても、まったく手に入らない。

昨日、埼玉の姉に、この尾張地方では、マスクをどこを捜してもないからとメールを入れた。姉が慌てて捜したら案の定どこにもないという。東京の姪が捜してもなかったという返事。名古屋の姪が捜して一袋やっと見つけたという。

幸いわが家は、昨年鳥インフルエンザが将来新型になる可能性を指摘して、各企業が一斉に自己防衛を始めた。従業員にマスクを一カ月分、水と食料を確保するようにというマニュアルまで出た。そこで息子が、わが家に購入をするようにという至急報が入った。

そこでインターネットで捜して、夫婦二人分一カ月持ちこたえられるように、70枚注文をした。その時にすでにマスクが相当数備蓄用に買い占められている節があった。品切れが出ていたからだ。

今回は完全に市場から消えた。これは相当大掛かりな買占めとか、備蓄、行政の緊急用に買い占められていると思われる。これは世界規模で流通が混乱して、生産過程ですでに買い占められていると思われる。オイルショックの時のトイレットペーパーどころの騒ぎでない。

こうなったら、自分で作る以外方法がない。一度使用した、国府宮のはだか祭りのさらしのフンドシが10mが二本ある。これにゴムを付ければ、ヒョットして売れるかもしれない。これから裁断を始めるからね。計算上の話だが、10mのフンドシ一本で約60枚のマスクができる。これが二本あるから、120枚できる。フンドシと分かれば、多少息を詰めてするから、効果絶大である。

一本は還暦ようの赤フンドシだから、赤いマスクになる。だか緊急用にするなら、なんでもいい。風邪で死ぬより我慢が大事。市場からマスクが切れた状態なら、少し高めに一枚500円で売れる。ウッフ!6万円Photo になる。

でもこのマスク、どこで売ろうかなァ。厄落としのマスクとして、付加価値を付けるか。これならいいぞ。

オ~イ!「お祭り隊てんつく」の仲間よ、フンドシを大事にしておけよ。そのうちにご利益があるから。(ウッフ)

中国にいる私のマラソン仲間が、衛生材料の工場に派遣されている。彼にメールを入れた。買占めの件や工場の稼働状況を聞いたら、「今回のインフルエンザ不織布マスクは、増産増産で機械も増設して新人もいれて、大変大変。24時間体制でやってます」

という返事が来た。そうか、増産増産なのか。コイツが中国に行った途端に、サースが始まった。どうもこのあたりに、何かありそうだ。

ウン?こんなニュースが流れた。
の感染者に若い人が多いのは、1957年より前に生まれた人の一部には免疫があるらしい。そんな見方を、米疾病対策センター(CDC)インフルエンザ対策部門の部長が20日、会見で明らかにした。

ならば、フンドシマスクを、高校に売りに行くことにするか。メキシコが青いマスクなら、日本は赤いマスクでいこうではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 7日 (木)

水から血液の浄化までなんでもこいだって

こんなニュースが、アサヒ.COMに流れた。

---従来の千倍の速さで水をこせる濾過(ろか)膜を、物質・材料研究機構の一ノ瀬泉・ナノ有機センター長たちのグループが開発した。低コストで効率よく水を処理でき、途上国での飲料水製造や水の浄化に役立つほか、人工透析などの医療用にも使えそうだ。先月、英科学誌ネイチャー・ナノテクノロジー(電子版)に掲載された。

 この膜はフェリチンという球状のたんぱく質を数珠つなぎにして詰め込んだ構造で、サケの「筋子(すじこ)」のような形をしている。球と球の間の2.2ナノメートル(ナノは10億分の1)ほどのすきまを水が通る間に、不純物がこし取られる。

 膜の厚さが数十ナノメートルでも十分にこし取る力があり、膜が薄くてすむため、速く濾過できる。塩分は除去できないが、農薬やウイルス、着色物質などの物質を取り除ける。ナイロンなどと同程度の丈夫さで扱いやすく、安価でもある。 ーーー

人工透析で何時間も縛りつけられている人たちがたくさんいる。これが短時間にできる可能性が出てきた。これは吉報である。

これってうまくいけば、マスクにも使えるか?最近の新型インフルエンザの防御にもいいんではないか。メキシコのマスクの使用方法は、鼻がまるで隠れていない。これでは何の役のも立たないのではないか。鼻に栓をするタイプの物がないかね。これなら花粉症にもいい。

今日あたりから、連休を外国で楽しんだ観光客がドッと帰ってくる。ここから新型インフルエンザに感染しなければいいのだが。

そうだ、肝臓の手前に、アルコールをこすこの膜を入れておくというのはいかんかねえ。へっ?最初からアルコールをこして飲めばいいって、そんなァ。

それにしても、人類というのはどこから知識を得るのか知らんが、ドンドンと新しい物質を開発する。納豆菌からの水の浄化物質、万能細胞のIP細胞やES細胞(人体を形づくるあらゆる細胞にへと変ぼうすることのできるおおもとの細胞であるとともに、変ぼうする前の状態のまま自らをいくらでも分裂させて増やすことができる特性を持っています)。

ある工業大学の先生が、本来の研究から意外のものが派生して生まれる。これをキチンと見落とさないことだ。これが多くの発見につながっていると言われた。

環境破壊や戦争ばかりしている人間だが、まだまだ可能性のある捨てた物でない人間も、ぎょうさんいるではないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 8日 (水)

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPの智さん、がんばれ!

入退院を繰り返している智さんが、一宮の桃花祭を見に家から歩いてきたという。ここまでの距離は4km以上ある。それをまた歩いて帰るという。

それを聞いてますます嬉しくなり、思わず抱きついた。「そうだ病気になんて負けるな」と言うと、「いや、アンタがヘルニア手術に立ち向かっている姿が見本だ」という。

こんなところで人様に勇気与えていたんだと思うと、まんざらでもない、嬉しさがある。そういえば、私が動き回る姿を見て、腰が痛いとかひざが痛いとか相談を受ける。私は岐阜大学の整形科の動く看板になっている。

病気に負けない気持ちが、必ずいい方向に向かうと信ずることだ。人間には、再生能力があると最近思うようになってきた。脳でも半分ない人が、正常に動いているテレビを観た。脳の中でバイパスを作ってくるのが最近分かったという。

靱帯と取った私はその替わりを、マウンテンバイクに乗って、腸腰筋を鍛えている。それが幸いしてか、腰のぐら付きは今のところでていない。

人は思い込むと、身体がそういう方向に仕上がって行くことを、私自身つくずく思っているこのごろだ。

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPの智さんがんばれ!敢然と立ち向かう友人に、ただただ、負けるなとしか言えなんだ。別れてしばらく、涙が止まらなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 4日 (水)

「砂糖」は肥満と糖尿の敵か

砂糖をとったからといって、すぐに肥満に結びつくことはない。砂糖にとくに太らせる効果があるわけではない。

食べ過ぎると砂糖に限らず肥満の原因になる。

摂取カロリー消費カロリープラスだと肥満になる

糖尿は、インスリン濃度の減少が原因しで、血糖値が下がらなくなると考えられてきた。これは現在否定されている。

「インスリンを放出できなくなるのでなく、インスリンの信号を受けてもブトウ糖が血中から細胞にとりこまれなくなることが原因だとわかってきた。これがなぜ起きるかまだ分かっていない。

黒砂糖は健康にいいのか

黒砂糖から不純物を除いたものが白砂糖であって、甘みの成分はどちらも同じだ。白砂糖は漂白していることもない。

黒砂糖の不純物、これは繊維質やミネラルだが、もしそれを取りたいのであれば、他の食品を取ったほうがより効率よく摂取できる。

浜松医科大学教授 高田明和

ニュートン 2005年12月号 

私は1984年に身長169cmで、体重が78kgもあった。しかも血圧が高かったので、毎日運動することを医者に勧めら走りかけた。食事制限することはなく、運動だけで10ヵ月後に65kgまで落とした。「摂取カロリー-消費カロリー=プラスだと肥満になる」の計算式通りになった。この時から、甘い物と間食はとらないと決めた。それ以来25年今もってその習慣が残ってしまった。

先日の健康診断で、血糖値は正常であった。これは全て運動で押さえ込んでいると思っている。マラソン様様である。

1日マウンテンバイクで30km前後走り、すぐにジョギングで7km前後走っている。これが今の日課になっている。朝から3時ごろまで動きっぱなしである。それからは、本を読んだり、ブログを書いたり、エッセイを書いたりしている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 3日 (火)

寝られない 不眠症か?

最近夜中にトイレに起きると、目が覚めてしまう。

どうも変だ。よくよく考えたら、尿酸値が高いのではないかと思い、水分補給に、お茶を冷やしたものをよく飲むようにしていた。要するにお茶を飲めば、当然トイレも近くなる。そこで尿酸を出してしまえばいいという単純な発想で、尿酸値を下げようと思った。事実下がった。

親指の付け根が腫れ上がった1月の中でした。2月には、足の指に来るチリチリとする針で突付くような感覚はでていない。やはり成功したんだと思う。

どうもお茶のカフェインが興奮状態を作っていたのではないか。そこで水にしたらよく寝られるようになった。

医者が、「あんたは自分の力で体を治していくから、驚いた」という。γーGTPでも禁酒をして基準値に落としてしまう。今度は尿酸値を落としてしまう。薬の頼らずに。

うれしいなァ、こんな言葉が一番いい薬だ。先日もテレビで、右脳が半分ない人の体の左が、普通は不自由になるのに、動いている。これは脳のなくなった所を今あるほうでバイパスを作ることが分かった。人間にも再生能力があることを知った。

さて、カフェインを含有しているものを調べてみると、 

 コーヒー・インスタント 30~100mg

      レギュラー  50~150mg

      缶入り    30~100mg

茶:緑茶、紅茶など    30~75mg

コーラ飲料        30~50mg

ココア          75~150mg※

チョコレート(50g)  130~550mg

強壮ドリンク剤      50mg

※カフェインと同様の作用をしめすテオブロミンの含有量

なるほど、お茶といえども結構入っている。これには覚醒作用、

利尿作用、強心作用、骨格筋作用がある。この骨格筋作用は運動

能力が増すというから、チョコレート食べ食べマラソンがいいよ

うだ。

コーヒー2杯でドーピングにかかるというから、公認の大会には

遠慮したほうがいいようだ。

まァ、寝られるようになったからいいが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

クシャミに付いて考えた

辞典では、くしゃみくさめの転としている。

クシャミをすると早死にするという俗信から、クシャミをした時に唱えたまじないの言葉。「休息万命=くそくまんみょう」を早口に言ったものという。本来は「糞食はめ」が縮まったものという。くそくまんみょう=くそくはめ=くそくらへ=くしゃみ、とは恐れ入った。

ここで「糞食はめ」にどんな意味があるんだろう。『嬉遊笑覧』喜多村筠庭著より。

『枕草子』に「にくきもの、はなひて誦文(づもん)するひと・・・」「台盤所のかたに、はなをたかくひたれば、あな心う、そらごとするなりけり・・・」「願ふことおもうことある時、人のはなひるだに、そのことかなわず・・・」。呪文を唱えたり、嘘つかれるから用心する、願い事かなわずと言われる。

今でも言うだろう。一ほめられ、二そしられ、三笑われ、四風邪引くとね。あのたぐいだった。

『徒然草』に、乳母がたのならわしに、その稚児のはなひる時、かたわらの人はなを合わせざれば、そのくさめたる児に害あり・・・」「守り刀になどに、鼻の糸とて青き糸をつけて、児がはなひる時、かのはなを合わす代わりに、その糸をむすぶ也」

鼻を合わせるって、風邪が移ってしまうがやァ。それではイカンと、糸にしたのかは知らないが、ナカナカ合理的だ。

伊勢守貞陸(さだみち)が『産所記』に「御はなむすび糸、長さ一尺三寸ばかり也。かずをとるもの也」今小児の衣の背に、守り縫いとて付ける・・」

『拾芥抄(しゅうがいしょう)』に「嚏時(はなひるときの)頌、休息万命急々如律令」とあり仏家に呪願言長寿といへるより出しなるべし。

休息とは、『古今黈(ここんとう)』に、忌々(いまいま)しきことばならずや。今は児女など、くさめすれば徳万歳(とくまんざい)といへ、下賎はくそくらえといへり。休息万命のひびきに似たるおかし。ここでは「糞食らえ」を上品に「休息万命」に置き換えただけじゃないか。「徳万歳」というまじない言葉も出てきた。

休息万命(くそくまんみょう)⇔糞食めえ=くさめ=くそっくらえ=徳万歳

仏教用語辞典にこんな話が書いてあった。…「クサンメ」は、インド語で「長寿」という意味です。インドでは、くしゃみをすると命が縮まるといって、「クサンメ」と唱える風習があったといいますから、これは長寿を祈る呪文だったのかも知れませんね。

昔は風邪でも引かせると、もう取り返しが付かないから、いろんな呪文を編み出したんだろうな。またこういう時に必ず、医者とは言えない呪禁師(じゅごんのし)がいたという記述もあった。

今なら花粉症で、そこら中で、「ハクショ~ン!くそくらえ」と叫べばいい。ワシら下賎じゃからなッ。(と、すねる)

 このクサンメは「休息万命」「休息万病」と音写されています。これを早口で何度も言ってごらんなさい。クサメになりませんか。くしゃみはクサメから転訛したものだそうです。・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月25日 (水)

トウガラシの成分カプサイシンで毛が生える?

どういうこった。

トウガラシ+豆腐+薬品=発毛効果☆頭髪に悩む男性に朗報-。名古屋市立大大学院医学研究科のグループが、新しい発毛法の実験をした結果、脱毛症の9割の男性に効果があった。トウガラシなどに含まれる「カプサイシン」と豆腐などに含有される「イソフラボン」とともに、男性ホルモンの作用を抑える薬品を服用させた。

 グループは、岡嶋研二教授、原田直明准教授ら。遺伝や男性ホルモンの影響による男性型脱毛症の22人に6カ月間、カプサイシン6ミリグラムとイソフラボン75ミリグラムと同時に、男性型脱毛症の治療で使われるプロペシア1ミリグラムを服用してもらった。20人で薄毛部分に発毛が見られた。このうち12人は薄毛部分の7-8割に一目で毛が増え始めたことが分かった。

 グループは、これまでの研究で、カプサイシンとイソフラボンを5カ月間取り続けると、体内で「IGF-Ⅰ」と呼ばれるタンパク質が増え、髪のもととなる毛母細胞を刺激。薄毛男性の75%に発毛効果があることを実証していた。

 一方、プロペシアによる治療は、人によって効果が分かれ、これまでの研究では、1年間投与しても効果があるのは58%だった。

 岡嶋教授らは既にカプサイシンとイソフラボンのサプリメントを開発。飲用していた男性が、たまたまプロペシアを飲み始めたところ著しい効果が見られたため実験を始めた。

 2003年、カナダの研究者により「プロペシアは毛根に毛母細胞を活性化させるIGF-Ⅰが増えていないと効果がない」とする研究があり、岡嶋教授らがIGF-Ⅰの研究と組み合わせることで、発毛効果を実証した。

 岡嶋教授は「食品成分と薬の併用で男性型脱毛症がほぼ完治する時代になる」と話している。

もう一つ。カラスの撃退にもいいらしい。ゴミに集まるカラスを寄せ付けないゴミ袋と網がホームセンターで発売を始めたらしい。この辛さが嫌らしい。

おまけに、聴覚障害者用の火災報知器に、ワサビのツーンとする辛み成分「イソチアン酸アリル」で臭いの警報を出すと、100%の方が目を覚ますという。

いいぞいいぞ、両方ともワシは大好きだ。でも頭髪はドンドン薄くなっているが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月23日 (月)

節酒と禁酒 あなたはどちら派? これで肝臓や痛風に勝てる!

私はもうずいぶん前から、肝臓のγーG TP の数値が悪い。ひどい時は,2007年3月には、1768(正常値は70以下)であった。この時は、頚椎手術の入院を翌日するという時になって、病院から退去命令が出た。

要するに、GOTとGPTが高いと、手術後の使う抗生物質などが、肝臓でうまく処理できずに、かえって負担になるからだという。だから退院させられた。なんとも恥ずかしい思いをした。仲間にこれから手術して元気な姿を見せてやるからと、胸張って入院したのに。

退院して翌日、下を向いて歩いていた、というのはウソ。でも自分のバカさ加減に仲間と大笑いした。この日から禁酒を1カ月、大幅自主規制1カ月、小幅自主規制半月して再検査したら、133に落ち着き、5月に手術した。同じ年の8月に頚椎の手術と節酒と禁酒の連続であった。

退院後一番社会復帰の早かったのは、飲酒である。アレヨアレヨというまに、新品になった肝臓を痛めていった。

健康診断もしばらくやっていなかったので、2008年9月に受検した。なんとγーGTPが1263と見事に社会復帰していた。

ソロソロそんな時期かと思っていた。案の定である。この日から3週間禁酒したのである。簡単に止められる私は、アルコール依存症ではないし、ましてやアルコール中毒でもないと胸を張る。(一時は心配したが)

ここで、そんなに禁酒できるなら、一週間に1~2回、酒を抜けばいいのに、と思われるでしょうが、それが抜けない。そんなまどろっこしいことできない性分である。やるならば徹底して抜くほうを選んできた。

10月に再受検したら、γーGTPは326である。だから1日抜けば、数値が40ぐらい下がって行く勘定になる。まだ少し高いから翌年1月に再検査するという。ところがここから年末に入る。忘年会が目白押しで待ち受けている。年始にも新年会が待っている。

そこで今年1月中ごろ、大方の宴会が終わったのを見計らって、二、三回禁酒してから、今回は大幅な節酒を始めた。節酒というのは初めての経験だ。この節酒作戦でどれだけ下がるだろう。今後の呑み方の指針になる。

2月18日の検査結果は251とまた下がった。オホッ、宴会も含んで、節酒しただけで75ポイント下がったことになる。こんな飲み方もあることを知っただけでもいい経験だった。節酒の度合いは、今までの三分の一にしただけ。特に水分をたくさん取る方式にした。だから計算上は単純に1日2ポイントずつ数値が改善されたことになる。

医者が言うと怒るような勝手な判断だが、本人が、今日節酒すれば2ポイント、禁酒すれば40ポイント下がるという目標ができたのはめっけものである。

もう一つの気になっていた尿酸値である。一度痛風の症状が出た。朝起きたら親指がはれ上がった。それから、足の指がチリチリと痛みでもない痛みを感じた。そこでパソコンで調べ上げたら、毎日大量の水を摂取して、排尿するといいということが分かった。そのせいか、今回基準を少し超えただけであった。この検査表は額に入れてもいい出来栄えである。

頚椎や脊椎の手術から真剣にリハビリして、整形医が驚く、回復をしている。今度はγーGTPに打ほぼ勝ち、尿酸値にも勝った。薬でなく自分で治してしまう患者に、内科の医者が驚いていた。

自分の体は自分で治すという、信念の勝利である。自分に負けないことである。人間の体には、再生能力があることを知った。

いま肝臓の具合を、どれぐらいの数値か自己判断できる。

  • 腰が重たい
  • 目の色が濁ってくる。心ではないよ。
  • 足がケイレンする。寝ていて伸びをすると、スネの外側がヒクヒクとケイレンする。
  • 字が下手糞になる。
  • 胃がモヤモヤする。
  • 舌が苔が生えたようにザラつく。

これで大方判断できるのだ。

尿酸値の判断は、

  • 寝る時に足の指に神経を集中すると、チリチリと、しびれるというより、針で柔らかくチクチクするような刺激がないかを自己判断する。
  • チクチクがひどい時は、深夜トイレに行ったついでに、コップ一杯の水を飲む。日中でもドンドン飲む。後は指先のチクチクを自己判断。これの繰り返しです。

これであなたは、肝臓と痛風に勝てるのだ。ワ~イワイ!勝った勝った!明日の昼は友人宅の招待を受けている。夜は町内の総会で飲める。飲むぞ~ッ、打ち上げだ~いっ!

最後にいい話を。『訊く』中島らも著 講談社 対談より 

 吉野祥一「大阪市立総合医療センター精神神経科院長」 精神科の達人

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

精神病のエネルギーの発散の方法

40年も生きていれば、胃に穴の一つや二つ空いている。健康な人、心の使い方がうまい人は、この穴ぼこを自分の力で治すことができる。つねに、満たされている思いをひろげて、快活な状態をつくる。禅のようですが、足りることを知る。これを知っている人は、人生の達人である。

何でも気にせえへん人は病気しません。人前で平気で屁をこくような人は絶対に病気しません。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

禅の話が出たので、ご注意申しあげる。

精神で疲れた人に、禅はいけません。精神修養と称して禅修業は余計に茶ノ木畑に入りこみ、出口が分からなくなるからです。精神で疲れたら体を使う。スポーツがいい、マラソンがいい。体で疲れたら、精神修養もいい。これを間違えないことです。

ハイ、私「独りしゃべり」は病気を自分でコントロールしています。その病気も今のところ見当たらないのだ~ァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月17日 (火)

家を出たら、クシャミが出たぞ

ギョ!ヒョットして、花粉症かやァ。

そういえば、今日自転車で走っているとき、いやに目がシバシバしてきたぞ。

ギャッ!やっぱり花粉症かや?

66歳にもなって花粉症か~っ?あといくらも生き延びれないのに。

ヨ~シッ、明日から、目の周りと鼻の中に、コッテリとワセリンを塗りたくって外出するぞ。このワセリンに花粉を収集してやるから。誰が見たって、ギラギラした老人の見えるぞ。脂ぎったキケンな老人に。

今までそんな~っ!アレルギーなんて我輩の辞書には、不向きだと思っていたのに~っ。

午後からウォーキングを始めた。ワセリンを鼻の中に刷り込むというより、詰め込んで、目の周りにも塗って家を出た。クシャミが出たら、目がシバシバしたら、ワセリンでは効果がないことになる。今日はどういう訳か一向に花粉症らしい症状が出ない。

そう言えば、昨日は初夏を思うような暑さだった。ところが途中から小雪が降って来た。ナヌ?一日で10度も温度が違う。そうか花粉症は今日は出ないのか。な~んだ、面白くない。

イカン、こんなこと言うと叱られそう。小さい字で、明日が楽しみだ。ワセリンとの相性をテストしたいのに。

えっ?17日は気温が今日より寒いって。しばらくテストはお休みだとよ。つPhotoまらん。

話は変わるけど、最近マスクをしている人が多いよね。そして帽子を被っていると、もうだれだか分からんよねェ。こんな人が挨拶するんだよ。向こうは眼で私の全身を確認してるが、ワシは相手の目しか見えない。いくら洞察力があっても、眼だけではだれだか判断できんよね。だから挨拶にも心がこもらない。「いよっ」で済ます。だってだれだか分からんのだから。

こんなんだと、ドンドンと人間関係が壊れて行くよね。

そこでだ、透明なマスクを開発して欲しいんだよね。これで一儲けしてちょ。明るい社会を作るためにも、透明なマスクを作りませんか。ビニールで済ましせて、窒息なんてことないようにね。

不透明なマスクを禁止してさァ。そうすればコンビニ強盗もなくなるがねェ。でもね安くするために、お隣で作るのだけ早めようよね。日本独自なものは、日本国内で作るようにしようねッ。今回の不景気で懲りたでしょ。

なんか話が変な方にいっちゃった。花粉もしばらくどこかにいちゃった。私も寝ちゃった。ZZZZ~ZZZZ~ZZZZ・・・。_ノフ○ グッタリ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 4日 (水)

体験記を読んで手術に向かう 言葉は心の使い

ブログで人助けができた。私の書いた「頚椎ヘルニア入院体験記」「脊柱管狭窄症入院体験記」を読んだ方が、私の生き様に勇気をもらって、手術を決意された。

私はあまり物事を深刻に考えないタチで、「なんとかなる」と先に進む癖がある。そんな生き様が、10年以上も前の手術の話を聞いている人や、手術をするかどうか迷っている方には、「神経を触るような手術を、なんて無謀な」と思う方もあるだろう。危険極まりない行為をしていると思われる。

痛くて痛くて仕方がない方にとっては、痛みを取り除きたいという願望につながり、手術後動き回っている私を羨望の眼差しで見る。手術後の私の経過を、体験記から読み取り、次第に自分の姿に置き直していく。そして自分も手術してみる気になっていくのだろう。

私の入院体験記は、面白おかしく書いてある。あまりその内容に深刻さはない。入院を拒否されたことや、医者との珍問答から、看護婦さんとのやり取りなど、読む方に恐怖心を与えないのかもしれない。

退院後の体験も徐々に痛みから解放されいき、動き回る行動範囲が広がって行く様も、克明に記録されているから、痛みを知っている人にとっては、実によく分かると思う。

「言霊というのは、言葉に宿る神秘的な力として、言葉が持つ力、そしてその動きと流れを指します」と、定義された方がいます。確かに悩んでいる人の共感を持たせるのは、それを体験した人でないと、言葉で表現できないからです。

医師とて、痛みは体験してはいない。それは多くの患者さんの痛みを聞き、それを医師の知識として、患者さんに伝えている。痛みを体験して医師になったわけではないからです。

だから私の書いた「手術入院体験記」は、私の執刀医に専門用語や写真を校正してもらい、ブログで掲示している。これは患者の生の声だから、医師にも貴重な資料と扱われている。宮本敬担当医のブログに私がリンクもされた。だから記載は事項は、専門医の校閲推こう済であるから、私も安心している。

この4カ月の体験記へのアクセスは4375件で、いかにこの病気で悩んでいる方が多いかよく分かる。こんな方々に、私のドタバタ入院体験記が役に立てば幸いです。

手術する前に、10年以上前の手術内容を聞いた人が患者に不安を与える。だが今では、レントゲン、CT,MRIなどすべてにおいて、雲泥の差で、体の中が丸見えである。それと、いい医者を見つけてください。いくらいい治療機器を持っていても、それを扱いきれない医療機関ではお勧めできないからだ。それに、痛みのない世界は素晴らしいですよと伝える。

私の体験記を読んで、昨年12月24日に神戸のUさんが、神戸で手術をされた。1月24日に退院したとメールが入った。今ウォーキングでリハビリ中という。最後にこんな言葉が書かれてあった。

ーー「独りしゃべり」を読んで手術を受ける決心がついたからです。再入院が心配ですが手術を受けて良かったと喜んでいます。ーー

近所のIさんに、昨年11月に私の担当医を紹介した。1月13日に早い対応の手術がされた。先日見舞いに行くと、もうじき退院できると、うれしそうに、手術前の曲がった腰をスクッと立てて見せた。

たとへブログといえども、おろそかな事は書けない。心が通じる言葉を選んで伝えたいと思う。

付け加えるが、痛みのない世界は、素晴らしい。退院後は慎重にしながらも、勇気を持って動き回って筋肉を付けてください。今まで痛みで縮んでいた世界は、ウンと広がりますよ。

恐れないことです。でも転倒はいけませんよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月25日 (日)

ヒアルロン酸とコラーゲンは、飲んでも何の意味もない

これらは、飲めば単なるたんぱく質という。これを分かり易く書いたホームページがありますので納得いくまで読んで頂戴。

http://higashiooi-machio.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-de7c.html

関節痛で困った人に、直接関節にヒアルロン酸を注射すれば、効果絶大である。打った瞬間に痛みが治る。私が走り過ぎて、関節がギーコギーコを音がするぐらい、関節同士が擦れ合うほど痛みがくる時がある。その場合は知り合いの整形でヒアルロン酸を、関節の袋に直接注射してもらう。車屋がグリスアップするのと同じさァ。

あれほど痛かった関節が、ウソのように痛みが消える。仲間を紹介してやると、みんな驚いている。これは麻酔でないか。じきにダメになると違うか?と疑問を持つが、注射を打って初めて分かる。

整形もなかなかこの注射を打ちたがらない。儲けがすっ飛んでしまうからだ。

こういう関節とか、腰痛などに、整形外科というところは、治療を引き伸ば傾向がある。まず死ぬような病気でないので、ギリギリまで引っ張って、どうにもならん時は、大病院や大学病院などへ紹介を出す。

四十肩でもそうだ。1年ほど経つと、ほとんどが治るものを、治療と称して、温シップ、電気治療、マッサージで引き伸ばしをする。

こんな手口を繰り返す。こういうリハビリで、初期の場合は治る場合があるが、大方治療の引き延ばしが多い。

僕の場合も整形で長く掛かっていた。どうにもならない私を見て、友人がハリ治療がいいと言うからそこへも行った。でも一向に改善されずに、友人が手術後1年半で100km走ったと聞いたので、掛かっていた岐大の門をたたいた。

結局頚椎と脊椎の手術をして、全快した。もっと早くここに掛かっていれば、年齢からすれば、もう少し長い距離を楽しめたのにと思う。

手術後、私が元気に動き回っているので、知人や、知人の友人や、そのまた知人の母親からの問い合わせが来る。そこで今は、「いい医者を見つけなさい。痛みのない世界は本当に素晴らしいですよ」と言ってあげる。

痛みを知らない家族は、神経を触るような手術に、大半が反対する。一生車イスになるから止めろ止めろと。でも今の医学の進歩は相当に進んでいる。CT、MRI、レントゲン。どれをとっても10年前とは雲泥の差である。体の中が丸見えである。そして内視鏡を入れて手術するから、よほどひどい医者に掛からなければ、心配は要らない。手術事例の多い医者を探すことだ。

痛みから逃れたいという患者の気持ちを、これら薬屋は、もったいぶった宣伝で、あおっているのである。

ハゲでもそうだ。毛根が無くなったら、毛は生えないのである。そして産毛でも生えていれば、少しは濃くなるだろうが、治療をやめれば、またハゲる。

今の生き様に自信を持てば、ハゲていたって、どうってことないのに、とハゲていないワシは言う。でも薄くはなった66歳である。若い君には失礼だったかな。

薬屋の陰謀には引っ掛からないように。薬害があっても、議員バカ先生方も動かないからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月15日 (木)

痛風ランナー? いちのみやタワーパークマラソンで奮闘する

オイッ!お前は「鈍足ランナー」の異名を持っていたんではないか?いつから痛風ランナーになったんだ、ウン?

そうなのよ、正月明けて7日、朝起きたら左足の甲が腫れあがっていて、しかも痛いんである。腫れたところがブヨッとした感じで、赤くなっていた。

いろいろインターネットで検索をしていたが、どうにも「痛風」の二文字が目に付いて離れない。そこで自己診断をして、まずは正月中の飲み過ぎを反省することと、水を飲むことを始めたら、3日目には治まってきた。

今日は完全に普通の足に戻っている。助かった。

実は11日の今日、12日開催される「いちのみやタワーパークマラソン」の準備がある。今年は参加人数も昨年と同じ6000人を越えた。河川敷でありながら、良くぞたくさん応募していただいた。

ランニング専門雑誌の『ランナーズ』が、河川敷に入った大会は、ほとんどジリ貧になる。3100人まで落ち込んだ大会が、なぜ参加者が増えて続けているのか。それが知りたくて、2005年1月の大会の取材にみえたほどだ。

つぶさに見て回り、『ランナーズ』は2005年4月号で、

ーー行政と陸協と市民ラーナーが意見を出し合い、コラボレートする大会、と結論付けた。そして、参加者が減少する中、生き残っていくのは、こんな大会かもしれないーー

と、言っている。この年(2005年)の参加申込者は4369人であったが、2008~9年の参加者は6000人を越えている。依然と伸び続けているのである。

この世間の期待と、この参加者のためにも、ぜひ楽しい大会にしたい。実行委員会は燃えているのである。

こんな中、痛風で足を引きずって痛い目をしながら楽しい顔はできないからだ。そんな器用さはワシにはない。

私の担当は、仮装の審判の責任者である。でも審査員は議員さんや校長さん体協など来賓を含めて、8人もいる。だからワシは、仮装の選手を盛り上げる方に回ることにした。この方が面白そうだからと、勝手に責任者の地位を悪用して人事異動した。採点する審査員は少ないほうが計算しやすいからという、勝手な理由をつけて。

こういう意外な行動は、先生は嫌うだろうなァと、フト快感を覚える。

ゴールでウエディングドレスを着て、大いに私も楽しもうというわけだ。なんでもイベントは、楽しくなければ成功はしない。だから自分から楽しもうと思っている。こんなとき、足が痛い痛いでは困るンである。

明日の朝また痛くなるといけないので、早目に水を飲んで寝ることにしよっと。

翌日、足の甲の腫れは引いていた。ヤレヤレである。どうもこの年ともなると、なにやかや体に異変を感じるころだ。現在満66歳である。

走りたくて頚椎の手術と脊椎に手術をしたのに、痛風で走られないなんて、どこに伏兵が隠れているやら分りァしない。

大方の原因が、アルコールからきているのは確かだ。近所の内科のバーチャン先生から、「アンタさんねェ、細く長く飲みゃァよ」と忠告された。飲むなとは言わないところが、この先生の面白いところだ。飲むなと言われると余計に飲みたくなるものだ。よく心理を見抜いている。

食事の片寄りを無くすのに、こう指導する。「丼物より、定食をとりなさい」という。「オバーチャンの知恵袋」という、実に味がある。

今回の痛風は、自分で治した。自分の体を、自分の意志でコントロールできている内はまだいい。医者に掛からなければならないようにだけしたい。それでなくても、高血圧の薬服用、肝臓の数値といまケンカの真っ最中である。これ以上は自分で管理できなくなるからだ。

国府宮のはだか祭りへ、ランナーだけの「はだか祭り早駆け」を再開したいが、風呂屋が営業をやめてしまった。そして私の腰痛の手術が重なった。最近、風呂屋がどうも再開するという嬉しいうわさを聞いた。今年は間に合わないが、来年、ヒョトしてこのイベントができるかもしれないと思うと、痛風なんかに掛かっておられない。

大会は大した問題もなく、無事終了した。ヤレヤレと胸を撫で下ろす。来年への不安は、この不景気で、大会の縮小や中止なんてないことを願うのみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 8日 (木)

ギェ~ッ!痛風か???

朝起きたら右足の親指が痛い。5時の時報とともに起きて、布団の上でストレッチングするのが日課である。

痛い!なんだこれは。昨日ジョギングした時に、足をねじるとか、くじくとかはしていない。よく親指を見ると、赤く腫れているではないか。

さっそくインターネットで検索すると、どうにも痛風の気があるように思えてならない。

元来痛風は贅沢病というのが痛切?通説である。私の症状をまとめて見ると、

×反省至極・▲やや反省・△何となく安心できる。希望がここにある・〇痛風にはならない自信がここにある。

自己診断~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~です。

×アルコールの飲み過ぎ。まず正月中は実によくアルコールを飲んだからなァ。ソロソロ一時期禁酒にせねばいかんなァ。私は週に一日二日という中途半端な禁酒ができないので、いきなり1カ月ぐらい禁酒する。

△ビールはいけないが、焼酎ならいい。そうかそれならばと思うが、でも飲み過ぎはいけないという。元来焼酎以外は、ほとんど飲まないからだ。

▲魚でも肉でも内臓は良くない。いかんトンチャンなんか大好きだ。サンマなんかはハラワタから食べるのに。

▲野菜を摂りなさと言うが、どうも野菜系が少ない。近所の内科のオバーチャン先生が、丼の偏った食事より、定食をとりなさい。その方が色々バラエティーのとれるという指導をもらった。味のある言葉だ。

×ラーメンの汁は飲むな。ゲェ~ッ!ラーメン好きな私には酷な話だ。

×納豆は厳禁!!毎日の朝食のメニューに必ず出てくるのが、納豆と生卵。これさえあればいいのである。後はご飯と味噌汁。この納豆が非常にプリン体が多いので、要注意となっている。

〇有酸素運動をしなさい。これは毎日マウンテンバイク30~40km、ジョギングが最近は5~7kmぐらい走られるようになった。

対策・たくさん水を飲みなさい。いかん?アルコールでは。水を飲んで老廃物を小便で出すといい。これに尿酸も排出されるという。

しかたがないので、インドメタシンのシップをはった。それとバッファリンを飲んだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~どうなることやら。

歩くと痛いので今日は走るのはやめて、マウンテンバイクで遠くまで行ってくるか。

念のために参考になるホームページです。http://tsuhu.org/

これを教科書にして、しばらく様子を見るか。でも走りたくて頚椎と脊椎を手術したのに、これでは何もならない。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月31日 (水)

頚椎症性脊椎症と腰部脊椎管狭窄症の手術後どうなったか

2007年5月に頚椎前方固定術の手術をして、わずか3カ月後の2007年8月に、今度は脊椎の片側椎弓切除術の手術をした。

こういう手術は1年を目安にするらしいが、私の症状が悪く、この岐大では異例の3カ月後という早さで手術していただいた。今まで一番早かった5カ月後という記録を破った。もちろん体力などを見て、合併症がないことを確認してのことらしい。

現在は、頚椎の圧迫から来る手の微細な運動障害は、わずかにシビレを残すのみで、他は完全に無くなった。脊椎から来る下肢のシビレ、歩行障害は完全に無くなった。

2006年の5月ごろから、歩くのが不自由になったので、痛みの出ない運動を捜していた。これには腰を屈めていると痛みが出ないので、前屈みになるクッション性の高いマウンテンバイクに乗ることにした。手術するまでの1年間で1万キロ乗って入院した。これが効を奏したのか、筋力の落ちは最低限であった。もう一度マラソンをしてやるという気持ちが強く、とにかくあきらめないようにしていた。

両方の手術後、またマウンテンバイクにまたがった。脊椎の手術でなくなった、靱帯をカバーするには、腸腰筋を鍛えることだった。これに一番いいのがマウンテンバイクでもあった。

腸腰筋とは、体の奥にある深部筋郡の大腰筋と腸骨筋のことです。大腰筋は背骨と両足の付け根を結ぶ筋肉、腸骨筋は骨盤と足の付け根を結ぶ筋肉です。

2008年1月1日に、初めて1km走られた。感激したなァ。12月30日現在自分の足で走った年間距離は、444,2kmになった。特に11月と12月は100kmを越えている。

来年はどれだけの距離が走られるだろうか。今年の走行距離はマウンテンバイク・ウォーキングをカロリー消費から換算して、ジョギングの距離にしてみた。

  • マンテンバイク8836km×30%=ジョギング2650,8km相当
  • ウォーキング859km×50%=ジョギング429,5km相当
  • ジョギング444,2km

以上の計算方法でジョギング走行距離としたら、3500kmを越えたことになる。それほど動き回った。おかげで歩く走るの筋肉が完全とまで言い難いが、戻ってきた感触がある。ただ走るスピードはジョギング程度。まだ怖くてスピードを上げられない。

とにかくこの一年は、徹底して歩いて足の落ちた筋肉を作った。腰部の筋肉は相変わらず日課のように毎日30km以上走り込んだ。

手術後大事にし過ぎると筋肉が落ちる。大事にしながら鍛えてきた。あきらめたくはなかった。

先日定期健診に出かけて、レントゲンとMRIを撮った。特に腰の神経(馬尾)が、手術前は圧迫されているところで、小川の流れが石に水がぶつかり、渦を巻いているようであっのが、いまは馬のシッポのように、きれいに流れている。どこのも渦を巻いているような圧迫されたところが無かった。完璧だ。

来年はもう、歩くより走るほうが多くなるだろう。

皆さんいいお年をお迎え下さい。来年もブログを書き続けます。ごひいきに。

私のブログに来るアクセスの多い記事は、今年一年10万件の内の30%ぐらいが頚椎や脊椎関係です。悩んでおられる方にいいます。痛くない方法でジッとしているより、運動をあきらめないでください。いい医者を見つけることです。たった一言痛みをこらえているあなたに送ります。痛みのない世界は、本当に素晴らしいですョ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月10日 (水)

公共医療機関から、民間大病院へ引き抜きが過激になった

この尾張で、今まで循環器では有名だった県立O病院が一気に評判が落ちた。それは民間の大病院の引き抜きがあったと聞く。

理由は報酬なんだろうか。公務員では報酬は少ないからなァ、そうなれば民間からの誘いに大挙して移動してしまう。

今までは自由に移動ができなかったようだ。聞いた話では、教授と医局長の采配で人事が決まるという。要するに人事の流れは、派閥が生きていて、〇〇大学系列という歴然とした組織が出来上がっていた。

ある病院と教授がもめるとする。そうすると教授から一斉にその病院から医師を引揚させる。教授とは絶対的な天皇なんである。ある医師が勝手に辞めて他へ転勤したとすると、教授の心証を害したならば、転勤先の病院には、その大学からは人材の派遣がなくなるという。(この辺話は、医師を子に持つ親からの聞きかじりである)

あそこは市民病院はM大系、この病院はG大系という系列だ。個人病院が患者を大病院へ紹介する時は、同じ大学系列へ紹介されていた。

いままでの評判で駆けつけたら、実はもう、その先生は転勤した後だった、なんてことが起きるから怖い。患者は、どこで病院の良し悪しを調べればいいのかね。ウワサを信じればいいのかな。

最近この尾張では、D病院が勢力を伸ばしているが、K病院が追着き追い越せという猛烈な勢いで追いかけていると聞いた。いま新たに病院を建築中である、このK病院の募集を見ると、800万~2000万の報酬を、ストレートに宣伝している。医師も実力があればどこえでも行けるが、一人でなくてまとまって一気に抜ける。

要するに手術は一人でやるのでなくて、連係プレーが必要で、補助する人も当然必要になるから、3人4人と抜けると、病院の存続に影響するから怖い。

患者を忘れないようにしてちょうだいよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月 4日 (木)

N95鳥インフルエンザの防御が終了した、わが家

水は真清田神社の吐水龍からいただいてきた。これは長良川の伏流水というから、年中新鮮な水が噴出している。これを60ℓ保存した。

マスクはN95鳥インフルエンザ・SARS・結核対策3Mー1870である。20個入り2箱=4600円。もう一種類、3M8000を30個入り1箱=2610円、全部で70個用意された。家内と二人で一カ月は持つ。

これを楽天で「N95対応マスク」検索してごらん、品切れが出てきている。早目の用意を勧めるね。息子が勤めている会社では、企業防衛に5万人の従業員へ防衛策をマニュアルにして、徹底しているという。その余波が我が家を襲ったという訳だ。

N95鳥インフルエンザとは違うが、いい具合に早めに風邪を引いたので、予防にはちょうどいいらしい。

番茶でウガイと手洗いを常習化させる。Photo

あとは食料だけだが、米があるし、缶詰の買い置きを少し足せば、防御完了する。

景気対策や風邪対策と、対策に忙しい日々。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年11月 3日 (月)

「ちびる」と「もれる」はどう違うのか

「ちびる」とは、西日本では、小便を少し漏らしてしまう、この「少し」漏らすことをいう。

多くは「すりへる」と同じ意味で「チビッタ鉛筆」というように使われる。

「ちびる」と「もらす」の言語で悩んでいるが、最近「ちびる」でも悩んでいる。血圧の薬のかなに、「プレミネント錠」が入っている。これが原因してか、やたらと小便が近くなる。この薬の副作用には、「利尿効果は急激にあらわれることがありますので、脱水に注意してください」とある。脱水はいいとしても、急激がイカン。前もってという余裕が感じない。

チョット待てよ、処方箋には「ちびる」とは書いていなかった。ここでいう「ちびる」は本人が意識しているのもかかわらず、出てしまうことをいう。

「太郎また夕べ寝小便しただろう。ほんとにこの子は」という場合は、意識してないのに出てしまう。これを「もらす」という。

この意識をしているかしていないはの違いが、「ちびる」「もらす」の違いになると思っている。これは言語学にまったく知識のない私が言うのであるから、あてにせず聞いてちョ。

体験上言語学という分野はないが、最近ワシが立ち上げたからね。

マウンテンバイクの場合は、スピードが速い分、郊外を走るコースが多いから、どこでもトイレになるし、トイレにも早く着ける。ところがウォーキングではそうはいかない。7km以上歩かないと郊外に出られない。民家のたて込んだ市内地を歩く。するところがない。だから歩くコースをできるだけ公園とか、コンビニがたくさんあるコースの選定をしないと、ひどい目に遭う。

もう少しもう少しでたどり着けると思い我慢をしているが、トイレが近くなるのしたがって、ドンドン近くなる。距離も近くなるが、出る制限時間がドンドン差し迫って来る。ドンドンである。もう出る出る状態になる。アワワ~ッ状態である。

間一髪かアワヤかチビルかである。便器の前で足踏みしている老人がいる。

友人が水を使っているとすぐにトイレに行きたくなるという。その話を聞いたら、うつってしまった。こんなの伝染するか?

厄介だなァ。今度医者に血圧の薬の交換を依頼しよっと。「チビラーズ」とか、「コラ・エラレール」「ゴールデンモレーヌ」などがいい。

もう一つ困ったことがある。血圧が下がり過ぎている。今まで寝る時に測ると、薬を変えるまでは、高い方が140あったのが、今は105~120と低い。これも薬の副作用に、「アルコール類は低血圧になるから避けてください」とある。イカンがや、酒を切るわけにはいかない。

困った薬だ。早朝オバーチャン先生が、病院の前を掃除して見える。そこを捕まえて挨拶をする。ここだと無料で相談できる。その時、「先生もうすぐ血圧が無くなってしまう」というと。「血圧は100切っても無くならないから心配せんでいい」という。オバーチャン先生はもう75過ぎている、いつ血圧が無くなってもソロソロとう感じがする。ワシはまだ66だ、まだ先がある。

私はもう25年以上も、この血圧と付き合っている。そんなに極端に変更していいものだろうか。それが心配だが、なにせ立話無料相談だから、文句はいえない。

酒と血圧に薬でまた悩みそうだ。ワシにはどこまでも酒が付いて回る。困った困った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

医者にまつわることわざ

  • 医者と南瓜はひねた方が良い
  • 医者と唐ガラシは年寄りが良い
  • 医者と坊主は年寄りが良い
  • 医者と味噌は古いほど良い
  • 医者の不養生 一日一個のリンゴで医者いらず
  • リンゴ一個で医者いらず。同じ意味で、「ウメはその日の難のがれ=一粒に込められたパワー」「朝の果物は金=食べるのは早いほうがいい」「ナスと男は黒い方がいい=ナスも男も黒い方が丈夫」がある。
  • 藪医者ほど自分の手柄話や自慢話をするもんだ=そのまんま
  • トマトが赤くなると医者が青くなる
  • 医者の薬もさじ加減=ほどほど
  • 腹八分目は医者入らず
  • 医者を殺すにゃ刃物は要らぬ、朝昼晩に梅(干し)を食え=朝昼晩の食事に梅干を食べれば医者にかかることもなく健康を維持できる。
  • 医者倒し=センブリの異称。医者を必要としないほど特効がある。
  • 医者玄関構え=医者が玄関を立派にし、患者の信頼感を与えて、はやらせようとすること。
  • 医者が取らなきゃ坊主が取る=生死の境にある重病人をたとえていう。
  • 医者寒からず儒者寒し=医者は貧乏しないが儒者(学者)はつきものだ。
  • 医者の只今=当てにならないたとえ。医者が往診の依頼にすぐ行くと答えながらなかなか来ないこと。同じ意味で、「紺屋の明後日」「鍛冶屋のあした」「坊さんのおっつけ」がある。
  • 医者の不養生。同じ意味で、「易者身の上知らず」「医者の若死に」「学者の不身持ち」「紺屋の白袴」「出家の地獄」「大工の掘っ立て」「坊主に不信心」

どうも医者と坊主には、恨みがあるのかのようにことわざが多いのは、なぜか。

私が最近かかっている、内科のオバーちゃん先生の格言

  • 貧血には黄緑野菜をとりなさいという指導より、「丼より定食を取りなさい」
  • 酒は細く長く取りなさい

味があるなァ。

老先生の不勉強。コレストロールの食品がトンドン評価が変わってきている(例:タマゴ)。ワシが今までかかっていた医者は、ワシといくらも変わらない年なのに、これなんだわァ。ずっと以前のコレストロール表をコピーして渡してくれる。もう古いのって、分っていない。

乾燥肌でも値の高い薬を勧めるので、ワシがワセリン500g1000円を勧めてやった。これを鼻の中に塗ると、花粉症対策にも使えることも教えた。こんなんだから、内科を変更した。

こんな格言を遠慮容赦なく羅列すると、いかんなァ、若先生にしかられそうであるが、だがしかし、最近の若先生もバカにしちゃいけません。

あなたに聞きます。最近の機械に、付いていけなくなった?デジタルって何だ?パソコンができる?デジカメは?デジタル時計でスタートを切ったが、ゴールしても時計が動いているってなことない?

年食うとこれが億劫になって、すぐに逃げたくなる。医者でも同じだぞ。最新の機械が操れない。医療情報に遅れが出てきたという先生って、多くないかね。

特に死ぬような病気でなければ、医者はトコトン引き伸ばす治療をし始める。整形なんか最たるもんだ。どうにもならなくなって初めて、大学病院を勧めるか、大学の系列病院へ紹介する。そこで紹介料を取るんだろうか。

現に市民病院なんかは、給料が安くって人が少なくて、それで時間外労働が多すぎる。だから自分で開業して、キケンな患者が来たら、市民病院や大学病院などの系列へ搬送する。その方が仕事や体が楽である。これが今置かれている、病院の人不足の原因である。

個人の大病院が、高額な報酬を目の前にちらつかせて、市民病院から引抜きを始めた。尾張地方の循環器系では有名な公共病院から、優秀な医者が3人、一度に個人病院に引き抜きされた。

どこかで行政の中長期の政策にヒズミができていると思う。

私が昨年、頚椎と脊椎の手術をしていただいたのは、若い勉強熱心な岐阜大学の宮本先生だ。この先生、専門用語なしで手術前の説明をしてくださった。あなたの職業で、専門用語なしで、説明できますか?

優秀な彼は、いつ寝ているか分らないほど仕事熱心だ。私らの救世主である。フト魔がささなければいいのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月24日 (金)

メタボでなにが悪い?文句あっか!

先日健康診断をしてきた。大きく問題が出たのは、γーGTPであった。基準は70以下であるが、なんと1263もあった。また禁酒せねばならない。これは自信がある。1カ月で下げてやる。

もう一つ、腹囲である。これは今問題視されている。これで医療費をドット稼ごうという、医療機関と国家の詐欺行為という「医療ジャーナル」の記事があるからだ。

そこで下記の記事がまた気になる。国家的詐欺を実証したような話だ。   

ーーー長生きのためには、高齢の男性に限っては「少し太め」がお勧めなことが、茨城県の約9万人を対象にした調査でわかった。高齢女性ではほぼ標準的な体形だと亡くなる人の率が低かったが、それでも日本肥満学会が理想とする体形よりは「太め」だった。

 高齢になると、若いころより太めの方が望ましい、と海外の研究で指摘されていたが、日本人の大規模調査で確認されたのは初めて。

 調査したのは県や筑波大、独協医科大などのグループ。93年度に健診を受けた40~79歳の男性3万2千人、女性6万2千人を03年まで追った。

 この間に男性3930人、女性3164人が死亡。喫煙や飲酒の影響を除いたうえで、どの体形の人が病気などで亡くなる確率が最も低いかを、年代別に算出した。体形は、体重(キロ)の値を身長(メートル)で2回割った体格指数(BMI)でみた。

 その結果、男性は40~50代ではBMI23.4、60~70代では25.3の人が、死亡率が一番低かった。

 BMIは18.5以上25未満が普通体重。25以上で肥満となる。高齢男性では少し太めな方が、栄養状態が良いといった利点があり、死亡率が低くなっている可能性がある。若い世代では、肥満によって上がる心臓病リスクなどが利点を上回るらしい。

 女性で死亡率が一番低かったBMIは、40~50代で21.6、60~70代で23.4。高齢で高めになるのは男性と同じだが、全体に男性より細めだった。

 肥満学会はBMI22を理想とする。男女約4600人の調査で、この体形のとき病気の確率が最低だった。ただ、調べたのは30~50代で、高齢世代はみていなかった。

 調査の中心だった独協医科大の西連地利己(さいれんち・としみ)助教(公衆衛生学)は「望ましい体形は年代ごとに分けて考えた方がいい。ただ同じ体形でも、脂肪が多くて筋肉が少なければリスクは高まるので注意して」というーーー

私の場合は、年齢66歳・身長168cm・体重65~66kgである。BMI方式で計算すると、66kg÷1.68m÷1.68m=23,38.もう一つ、65kg÷1,68÷1.68=23,03である。

死亡率が一番少ない60~70代の25,53の少しほど遠いが、相当トレーニングしているから、肉体年齢は低い。そうすると40~50代の23,4には近くなる。と勝手に決め付けている。

ヤイ!メタボでなにが悪い。責任者出て来~いthunderannoypoutオレ怒っているのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月20日 (月)

丼物より定食を食べなさいという、バーちゃん先生の指導

定期健診の結果を聞きに行って来た。

案の定というかソラミロというか、思った通りγーGTPが1年前の手術前の数値に社会復帰していた。これはただ今、禁酒中で、採血をして後日判定してもらうことにした。

コレストロールは悪玉が少なく善玉が異常に多い。これは◎で、先生にほめられた。だた赤血球が少ないので、黄色野菜をとるようにというのが普通だが、このオバーチャン先生は「丼を取らずに、定食にしなさい」という指導である。

これはいい話だ。定食には色々な食材を使っているから、栄養に偏りがない。これを丼と定食に例えるなんざァ、経験が物を言う。

これからは外食する場合は「ランチ」を攻めることにした。

その内「ランチ特集」を書くからね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月11日 (土)

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPでとうとう店を閉めた

先日、町内のご老人の通夜があった。その席で時々寄る居酒屋のオヤジが、とうとう店を閉めると聞いた。

夕方友人が呼び出されて、お別れに飲みに行って来たという。大変な病気を抱えていることは知っていた。難病で、「四肢の感覚まひ、運動まひがおこります。眼球の運動まひや呼吸まひがおこることもあります。進行したり、再発をくり返したりすることで、筋萎縮、感覚の脱失もあらわれてきます」という、慢性炎症性脱髄性多発根神経炎という病だ。

先回は検査入院だったが、今回からは本格的な闘病生活が始まる。包丁を持つ手の握力は、私の手を握ったとき、まるで赤ちゃんの握力である。

通夜の帰りで、黒のズボンとネクタイであったが、構わず入っていった。本当は昨日で店を止めるはずなのに、地元の消防団の飲ん兵衛が集まってお別れ会をするという。顔を見るたびに話し込んでいたので、近々店を閉めるのではないかとは思っていたが、明日からとは知らなかった。

「智さん、いいかい、ワシも神経を、頚椎から脊椎まで、全部触る手術を乗り越えた。絶対にあきらめるな、待っているからな。いよいよの時は穴を掘ってやるから。帰ってこいよ」と、互いのゲンコツを突き合わせた。

翌日、店の前には「閉店のお知らせ」という寂しい張り紙がしてあった。

私たちランニングクラブは、忘年会、友人の傘寿の会、結婚祝いなど、事ある度に理由をつけてここで飲んでいた。ある時、市から「10年の長きに渡り、社会福祉に貢献した廉(かど)で、表彰するよってに、出頭するべし」という、お達しがあり、お役所に出掛けた。そこで表彰状と記念の柱時計をもらった。

社会福祉というのは、寄付金である。わがクラブは、会費というのはない。そのかわり飲み代を少しずつ余分にいただき、それで会の運営に当てていた。これがいつの間にか結構な資金となり、その中から特に地震災害の義援金を送り続けている。これは現在も続いている。

この記念の時計を19人で分けるというわけには行かないので、この居酒屋に掲げた。今までこの店の中で時を刻んでいた。それがもう見られないのは寂しい。

この時計も、また「コッチ」へ帰ってくるようにと、「コッチ、コッチ」と、どこかで時を刻んでくれるだろう。智さ~ん、あきらめるな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

アルコール抑制訓練 自主トレだがねェ

γーGTP1100に抵抗する。

9月19日から禁酒である。25日に検診に行く予定だったが、わざわざ外した。一週間やそこらで止めるなんて、もったいない。9月19日に始めて、10月7日現在まで18日中の飲酒は3日である。

先回1768から、20日目まで禁酒して478、ここから50日目まで大幅自主規制して183、そこから2週間小幅自主規制して117と落ち着いた。ここまで来るのに2カ月かかった。

今回は「折角ここまで禁酒したんだから」、もう少し長く禁酒してやろう。飲みたいなァ、だがしかし「折角ここまで我慢したんだから」、いま止めるなんて、もったいない。

今度止める時、素直に止められるんだろうか。「イヤ」である。おそらく意志薄弱になり、ズルズルと飲酒癖が続くだろう。

9月26日一宮駅構内で、小冊子の編集者と会うことになっている。当然飲むことになる。彼はそんなに強くはないから、ビール一本で済んだ。さてこれで我慢しないと、意味がない。飲んでもすぐに止められる訓練だ。いままで昼間飲むと、その勢いに抵抗できずに、ズルズルと飲んで一日が過ぎていくという、弱腰な飲酒癖が、今回の結果になっている。

10月に入ると、同窓会が4日にあった。これはビ-ル3本で済んだ。11日には、まだ親類の法事がある。またこれを乗り越えなければならない。これも訓練だと思う。これをいつもできるようにしなければ、またγーGTPがまた暴れだす。我慢の訓練だ。

検査はそれからだ。待ってろよ。オミャー(お前)も、もう年だからと、誰かが叫ンだ様な気がする。

そんな時に、近くのFさんから電話がかかってきた。先日白内障の手術をした。その時、飲酒で肝臓がダメなら、麻酔が効かんらしいと、えらく心配していた。血液検査の結果、γーGTP(75IU/I以下が正常)が、あれほど飲んでいたのに、基準内の31という正常値を示している。ワシとほとんど同じぐらい飲んでいるのに。神は人を差別している。(信仰心がないのに、どの神が差別するか?という疑問は持たないように)

同じようなヤツがもう一人いた。中学の同級生のM君である。話をすると、ワシよりぎょうさん飲んでいる。それでいて、20そこそこで、基準から出たことがないという。医者も驚くほどだという。(くやしいなァ、そんな肝臓が欲しい)

ところが、ここでは神は彼に試練を与えた。彼の心臓の弁は、ゾロゾロに近いという。いつパクンと止まってもおかしくないという。近々手術をすることになるという。

さきほどのFさんは、肝臓にいい方法がある。どうしたらいいかいつPhotoか伝授してやるからと、電話の向こうで胸を張っている。(見えないけれど)

たぶんFさんの肝臓は、機能停止しているんだろう。あれほど白内障の手術をいやがって、逃げること一年以上。あれほど肝臓を心配していたのに、今まで尻尾を巻いていたのが、飼い主が来た途端にほえる、スピッツに似ている。

見ておれよォ、頚椎脊椎と同じじゃ、オレの意志の強さを見せてやる。

ただ禁酒してからの体の変化を、克明に記録している。頚椎でも脊椎でも手術前後を克明に記録している。この記録魔が、意外に効果を見せる。いま流行のダイエット法で、バナナを朝食で食べるだけでやせる。もう一つ、なにを食べたか記録(レコーディング)ダイエットもある。

記録することによって、日常、自分の生活態度の不合理を見つけられれば、改善できるからだ。禁酒前と禁酒後の体調の変化を書いてみた。これがどこまで禁酒による変化なんだろう。肝臓の本を開いて検証する必要があるが、何となく怖い。

折角こんなに調子が良くなったので、しばらくこの感覚を楽しんでみたい。あれほど酒を楽しんでいたのに、変なの。

こうしてブログで不特定多数の人に告知することで、自らを改善できPhoto_2  ると思う。こんな日々が日常的になれば、言うことなのにねェ。

以下が変化である。

  •    指のケイレンが収まった。(マインテンバイクのせいかもしれないが)
  • 手のシビレ。これも頚椎からとマウンテンバイクの両方の説がある。酒は入っているんだろうか。
  • 手の第3関節の、ビリビリとした痛みが薄らいだ。
  • 字がきれいになった。今まで思いもよらない字になってしまっていた。
  • 軟便がなくなり、いいウンコが出る。
  • 小便が近い。血圧の薬のせいもあるが。
  • 歯磨きのとき、胃の戻すような感じがなくなった。
  • 右の腰裏の痛みが薄らいだような気がする。
  • 夢が変わった。追い詰められるような夢でなく、なんとなく冒険をしているような夢が多くなり、さわやかな夢に変わってきた。
  • 血走った目がきれいになった。(つぶらになった、ウフ~ンheart02
  • 歯茎からの出血がなくなった。
  • 舌の苔がむしたような感じがなくなった。
  • 食欲が出た。
  • 体調がいい。何となく体が軽い感じがする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

ウォーキングでとうとう18km

最近天気予報から、雨の降らない時間帯をつかめるようになった。

気象庁のホームページで、http://www.jma.go.jp/jp/radnowc/というものがる。

ここで雨雲の動きを予想すると、意外や雨に降られない。取りあえず傘を持ってでかける。

最近ワシの心境に変化がでてきた。何事にも、折角こんなチャンスンがあるんだから、これを生かさにゃイカン、と思うようになった。頚椎を、脊椎を手術するんだから、すぐに歩けるようになりたい。ならばそうするために、できることを探す。歩けないなら、それに変わる筋肉を育てる方法を探す。そこでマウンテンバイクにまたがった。意外やそれがうまくいって、大腰筋と腸腰筋を鍛えた。

手術後の回復は順調で、驚くほどである。

9月30日、台風が沖縄に近づいて来ているので、いつ雨が降ってもおかしくはない。先ほどの気象庁の雨雲から、午前中は降らないか、小雨と判断した。5kmほど歩いてから、今日はできるだけ距離を伸ばそう。ちょうど曇りで涼しいから、携帯ラジオを聴きながら歩く。

バイパスを車の騒音に押されながら歩く。11時半ごろスーパーの食堂街に入る。オムレツを割引券を使って480円。このごろそんなに食べたいという気が無くなってきた。ここは丼とうどんセットメニューが人気ですが、私は単品で十分だ。

体重もそのせいか、幾分減ってきた。168cmで64.5kg。BMI標準体重を計算すると、62,09kgだから、意外にいい線に来ている。もちろん手術後、痛みがなくなり楽しくて仕方がない。だから動き回る時間が長くなってせいもある。

標準体重(kg)=身長(m)×身長(m)×22=64.09kg

表を見ると少し暗くなってきた。急いだ方がいい。そろそろ制限時間だ。雨雲は1時半~2時には到着する。またバイパスに出る。ひたすらに進む。普段はここから帰る道を通りすぎた。もう少し、折角ここまで来たんだから。最近この気持ちが、私を後押ししている。「折角ここまで」「もう少し」進んでみよう。体の調子を見ながら、「折角ここまで」きたんだからと、前進する。

禁酒でも、「折角ここまで」止めたんだから、もう少し頑張ってみよう。

これをあきらめると、アッという間に崩れる。そんな弱さを持っている気持ちを、「折角ここまで」という「ささやき」が支えている。

そしてとうとう18km踏破した。もう雨が落ちてきた。時間通りであった。約4時間半、時速4kmであるが、歩くことができる喜びを感じた。

いつかきっと走ってやるから。親の目を盗んでおやつを盗む子供のように、時々走る。先日は7km走られたが、無理はしない。まだ時間はタップリあるから。

折角ここまで、生きてきたんだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月30日 (火)

抗菌って、便器なめてもいいのかや?

絶対菌に強いから、無菌状態なんです。小便しながら、便器の「抗菌」の文字を眺めていた。ここは公衆トイレ。この便器って菌がないんだろうか。無菌です、無菌ですよ~ッって、言われているようで、なめるなよ!といわれてもなめられない。

最近やたらと「抗菌」の文字が目に付く。この抗菌ってどういう意味があるんだろう。

このシャワートイレを使いすぎると、元来抗菌性の強い肛門の細胞に抵抗力がなくなり、自分の細菌でただれてしまうという。いま日本の無菌国家になって危ないといっているには、カイチュー博士の藤田紘一郎さんである。それを書いたショートエッセイを読んで見てください。

「144.doc」をダウンロード

最近こうした抗菌商品の中で育った子供に、抵抗力がなくなり、かえってアレルギーを引き起こしている。東南アジアの子供には、アレルギーはないという。生活をすべて川に依存している。下の処理から上の食事まで同じ川である。

そこで泳いでいる子供らの肌がツヤツヤしている。ワシラーの子供のころ、こんなアレルギーなんと言葉聞いたことがない。汚いところで平気で遊んでいた。知らず知らず菌に抵抗できる体になる。

最近こんな話を聞いた。3歳までは、地面をはわせておけという。土や木や枯葉をなめている内に、雑菌に対する抵抗が出来上がってくるという。

そういえば、わが息子も、庭の中をはいずり回っていた。今のところアレルギーはない。庭にはネコも来るし、キジバトやスズメ、メジロ、ヒヨドリ、ミミズなどもいて、糞をする。そこをはっていた。口に泥をつけていたものだ。

わが家もシャワートイレになった。わが尻は大丈夫だろうか。もしかして悩んでいたりして。そんなこと尻ませ~んって?

アハッ、失礼しました

  • 滅菌:全ての微生物を死滅、除去する。 胞子や芽胞など休眠状態のものも死滅させる。 オートクレープ(高圧水蒸気滅菌)、乾熱滅菌、火災滅菌など
  • 消毒:特定の微生物、通常人に対して有害な微生物を殺すこと。 (対象微生物により、効果が異なる) 例:消毒薬などで
  • 除菌:物理的に微生物を取り除く 例:フィルターなどで
  • 静菌:微生物の活動を抑え、それ以上に繁殖をさせないようにする。 例:冷蔵、冷凍
  • 抗菌:静菌と滅菌の中間くらいの効果。 (学術的にははっきり決まっていない)

細菌を殺す(繁殖させない)方法はいろいろあり、その方法によっていろいろな用語がある。勉強になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月26日 (金)

頚椎と脊椎の手術前後、普通の人と、動きを止めない人の違い

先日の台風前後は雨が続き、ナカナカで歩けない日が続いた。家にいてジッとテーブルに向かって、本を読んだりパソコンでショートエッセイを書き続けていたら、腰が重くなってしまった。さっそくコルセットをした。

雨の合間に久しぶりに、ノルデックポールを持ち出した。少し腰に不安を感じたからだ。今の状態は、絶対に無理はしないが、無理をするという非常にきわどいトレーニングしている。マウンテンバイク30~50km、ジョギングできれば5~7km。それに不安を感じたら、ウォーキングで7km。これが日課である。

先日、小冊子のグループの製本作業に、むかし勤めていた愛知トヨタに投稿者7人が集合した。ここに2006年10月に、4~5番の脊柱管切除手術をして、今年に入り富士山を踏破している、登山家のSさんに会った。この方はモンブランなどアルプスを登り続けていた人で、ジッとしていられなくて、いつも山にいるか、岩をよじ登っている。

私と同じだ。私は頚椎を3~6番を固定し、脊椎は2~5間を切除した。私も痛くなければ、一人遠くまで走っていって行くし、山の中を一人走っていた。走れなければ、20kmほど歩いていた。二人ともジッとできない性分だ。手術前の痛みがある時でさえ、動ける所を動かしていた。そして手術が終わればすぐに動き回る。

手術後の2人は、最大限の動かせる筋肉を総動員しても、動き回る。それは健常者より動きの範囲は大きい。雨が降れば、登山家は自宅の階段を、30kgの荷を背負って訓練している。私は傘を差して市内を徘徊している。陽が出ているより、雨の方が涼しいと、ほざきながら。

普通の人は痛くなれば、ジッとしているだろう。痛くなければいいのだから。その間ドンドン筋肉が落ちて行くが、痛くなければそれでいい。手術をすると、今度は二度と手術なんかしたくないから、大事に大事に動きを緩やかにする。その間も筋肉はドンドン落ちて行く。だがそれでいいのだと、動きを緩やかにする。

今日久しぶりにノルデックポールを使ったら、意外や腰がシャンとする。ポールのおかげで、腰が浮き上がった感じで、腰への負担が少ない。ポールがないと、前かがみになり腰へ意外に負担がくることを知った。歩くスピードもノルデックポールのほうが早い。いい汗をかける。

ポールがないと足元を気にして前かがみになる。すると腰へ負担が来る。益々前かがみになる、という悪循環。これに改めて気が付いた。悪かったなぁ、ノルデックポール君、これからは使ってやるからな。今日、ポールの着地部分のゴムを買ってきたぞ。待っていろよ。

もうすぐ秋だ。いろいろな花が咲く。いい風が吹く。それを体中で受け止めて、歩ける喜びに浸りたい。早く走りたい気持ちを抑えながら、少しだけ走ってみる。人目を忍んでいたずらをしているような、そんなうれしさがある。

もう少しだ。もうすこし向こうに、ゴールが見えるから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月22日 (月)

イカンギャ!メタボ検査で肝臓が引っ掛かった

朝、昨日メタボ検診をした内科から電話がかかってきた。

「ヒョットしてγーGTPが跳ね上がっていますか?」と聞いたら、案の定である。なんと1100あるという。頚椎と脊椎の手術後、腰痛から開放された。その一方でドンドン社会復帰していたのは飲酒だったた。

一番早い復帰をした。動き回れるうれしさから、いい汗をかき、美味しい焼酎を飲み、いい心地で飲んでいた。それがイカンギャ、昨年3月5日に1768まで跳ね上がっていたので、3月26日まで禁酒して468、また4月23日まで大幅な自主規制して183、そこから5月21日まで小幅に規制をやったら、117まで落ちた。

今回は血圧の薬をもらいに行ったら、メタボ検査をすることになっPhoto た。65歳以上はただ。身長、体重、心電図、採血、腹囲である。いま問題になっている「国家的詐欺行為」と、医療ジャーナルに出ていた。これをすることによって、病院、医療機器、薬などの関連に7兆5000億円という巨大なマーケットになります、といっている。

昨年岐阜大学で頚椎の検査、手術入院したときからの記録を、ずっと取っていた。その記録である。一日65のペースで落ちて行くから、今回は半月程度禁酒すれば、目安は付く。

そろそろ体の快復が遅くなる年だ。もうぎょうさん飲んだから、そろそろ自制心という心構えを持たなくてはいなんなァ。取り返しが付かなくなるから。coldsweats01(分かっちゃいるけど止められない。困ったもんだ)

わしは転んだら首や腰に衝撃が来る。そうなればいつ手術ということになるかもしれない。そのときに手術ができなくなる。これを忘れていた。チョット真剣に、19日から断酒を始めた。

メタボ検査をバカにしてはいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月15日 (月)

6kmジョギングできた日

頚椎と脊椎の手術退院後一年で、本格的にジョギングを開始した。

9月1日から、2km~3kmをゆっくり走る。そして13日にやっと6km走られた。歩くと変わりない走りだが、確実に走る筋肉を使っていることを、そっとモモを触ってみて感じる。いい感触だ。

私がジョギングを始めたのは、昭和58年(1983)11月からだ。走り始めたころは700m~2kmだった。やっと6~7km走られるようになったのは、翌年の9月だった。6km走るまでに11カ月かかっている。この時は、肥満と血圧の高さから仕方がなしに走り始めた。だから6km走るまでに時間が掛かった。

今回は、走り初めて2週間でもう6km走られた。ここまで来る一年間は、走りしたい一心で、マウンテンバイクに30~50km乗り、ウォーキング7km前後をしてきた。その成果が出てきた。

さすが鈍足ながらランナーの足に戻ってきた。感激である。そっと肌をなめてみる。塩ッ気のある汗である。これがジョギングの快感だ。だが、調子に乗って走り過ぎないように、自制をしている。頭の中では昔走っていた養老山系や、100km先を見ているからだ。

最近内科で血圧の薬をもらいに行って来た。今まで高い方が140台を切るようなことはなかった。朝一番に計ると、高いときは198-108なんてときもあった。14日は142-82、夕方なんか驚いた、117-72である。もう少しで血圧がなくなるのではないかと心配だ。15日が136-76と低くなった。これは薬のせいなのか、ジョギングのせいなのか不明である。

低すぎて心配している。血圧を克明に記録している。これを持ってもう一度内科へ相談してくる。薬が強すぎるのか、ジョギングの効果なのか。判定は難しいと思うが。

ここでもう一つの心配がある。内科医が健康診断を勧めている。これをやると今度は、肝臓の数値で追いかけられそうだ。こういうときの逃げ足は早いと思うが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月13日 (土)

酒と麻酔の関係

友人が白内障の手術を決意した。だが、自分は食事をとらないことがあっても酒を切らしたことはない。だから酒飲みは麻酔が効かないかも、と心配している。

私が経験したのは、4月に「頚椎症性脊髄症」、8月に「脊柱管狭窄症」の手術のときに全身麻酔をした。よく世間で飲みすぎると麻酔が効かないからだという話しをよく聞いたし、またそれは本当だと思っていた。このとき医師に確認したら、事実担当医からそのように麻酔が肝臓で処理する云々と聞いたからだ。

念のためいろいろインターネットで調べると、確かにアルコールは麻酔と相性は良くないと出てくるが、いまは呼吸器からガスで行うから、まず効くというのも出てくる。

こんなブログを見付けた。麻酔薬は、注射された後、肝臓で解毒され排泄されるわけですが、酒を分解する酵素と麻酔薬を分解する酵素は、よく似ているため、酒をよく飲む人は、麻酔薬を分解する力も強いということはあると思います。

http://www.geocities.jp/moriokadental/qa2.htm

詳しい説明が下記である。

酒と麻酔

麻酔科医が「大酒飲みは麻酔がかかりにくいし、不安定だから困る」と大酒を飲みながら時々言う、これには訳がある。アルコ-ルは肝臓にあるアルコ-ル脱水素酵素だけでなく,チトクロ-ム Pー450によっても代謝される。このチトクロ-ム Pー450 はアルコ-ルだけでなく、多くの薬物を代謝する酵素である。 慢性飲酒者は日頃からチトクロ-ム Pー450を鍛えてあるため、アルコ-ルだけでなく麻酔薬をも普通の人よりどんどん早く分解処理してしまうのである。

局所麻酔は、酒とは関係ないというブログもある。

http://narkome.exblog.jp/4724263

オイ、白内障の君!局所麻酔は関係ないんだって。これで安心したかい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月11日 (木)

脊椎・頚椎の院外相談員は困っているのだ

こんな相談が舞い込んだ。困った~ッ!

実は私の手術執刀医(岐大・宮本敬医師)が、自分のブログに、私の「頚椎と脊椎の入院体験記」を掲載されたことに始まった。掲載が始まったのは、9月8日、それがこの3日間で60件、この先生のブログ経由でアクセスが入ってきた。おかげでこんな相談をされることになってしまった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

神戸の腰痛持ちの方から。

「独りしゃべり」を慎重に読ませていただきました。
神戸市在、68歳。今年3月末に退職。2月に整形外科にて「腰部脊椎管狭窄症」と診断されました。3000歩、休まずに歩けるほどに回復していましたが。7月下旬自転車で転倒し20日間歩くことが出来ず、完治すると今度は体を二つ折りにしなければ歩けなくなっていました。今では杖をついています。

保存療法で改善が見られなければ手術しか有りませんが生来の臆病者でブロック注射でさえ怖くて未経験です。貴台の経験談を参考にする積もりですがやはり恐怖感が先に立ちます。

手術できっちり直してからあの世へいけばよいのか、先にあの世へ行けばよいのか迷っています。大変参考になりました、有難うございました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私が神戸の方に、こんな返事をした。

私はもともとウルトラマラソンをやっていた。ウルトラマラソンというのは50kmを越すマラソンで、名古屋から金沢270kmという距離を走っていた。(実は160kmが私の限界でした。いつも腰痛を起してリタイヤしていた)

こういうのが私の日常で、一日中ゴソゴソ動き回っている性格なんです。

腰が痛くなったら、絶対に復活してやる。いつか山を走ってやる、いつか100kmを走ってやるという信念が強く、手術に何のためらいもなかった。

ただ、病院を真剣に探した。いい病院といい医者を探していたら、私の友人が、脊椎の手術後1年で、100km走られたという情報をもらったので、すぐに岐阜大学(宮本敬医師)に飛び込んだ。

手術の技術的なことは私には分りません。だが、痛みのない世界を想像して御覧なさい。あなた(68)と私(66)は大して年も変わりない。

残された人生、なんともう半分以上使ってしまった。ならば、あと10~20年を動き回ってみたいと思いませんか?

今はCTとかMRIなどで体の中が丸見えですし、内視鏡を入れての手術ですので、なにも怖がることはない。寝ているうちに終わってしまう。

痛い痛いと言いながら、家で寝ているほうがよほどつらい。ゴロゴロしていると、筋肉がドンドンなえてしまう。2週間で退院です。退院した時に、こんならぐらいならもっと早くやればよかったと思うでしょう。

とにかくいい病院を探してください。

退院後も気を使いながら、動き回っています。健常者よりよほど私のほうが健康だ。世間の人がそれを見て、病院と先生の紹介を頼みに来る。前向きに生きましょう。

一応、私の手術執刀医に、こういう場合私はどう対応していいのか、相談をかけている。その返事が着しだいまたメールします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私から宮本医師へ

宮本医師に、アンタのせいでこんな相談を持ちかけられてまったがやァ、どうしてくれるという返事のメールが、これだわさァ。

いろいろとお疲れ様です
岐阜大学は全国から患者様が来られるので神戸は決して遠いわけではありません
ただし、ご返答についてはあなたにおまかせします。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

医師より

たったこれだけだ。先生に逃げられた。いかが何でも神戸からでは遠すぎるがやァ。そうしたら追伸で、受診→通院→入院→退院→通院というプロセスを考えると神戸からの通院というのは非常にたいへんなので、医者サイドからあまり強くおすすめする、という訳にはいかないと思うのです

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

院外勧誘員「独りしゃべり」の報復

この一週間2645件のアクセスがあり、その内「頚椎と脊椎」に459件きた。医師経由のアクセスが3日間で60件だぞ。しばらくこの先生のブログで振り回されそうだがやァ。

そうだッ!ひらめいたぞsign03

院外紹介者として、手術代の5%の紹介料を取るというのはどうか。この記事を手術執刀医も読んみえるから、「た・の・し・み」(ウフフッ)。一人頭5~10万円ぐらい取れそうだぞ。(ギャハハ~ッ。ワシ最近、飛騨牛もマグロも食べておらん。この謎が通じるかなァ)happy01

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

神戸の方より

・・・昨日、「脊椎管狭窄症」に関するネットサーフィン中、貴台のブログに行き着き、大変勇気づけられ、再び『テニス、ゴルフをプレイする』と言う目標を掲げ、手術を視野に医師と相談しようと考えるに至っております。

ネット情報で「神戸医療センターに宮本先生」なる権威がいると知りました、行き付けの整形外科医に紹介してもらう積もりです。(オヤッ?ここでも宮本さんかい)

以上取り急ぎ、ご返信御礼を申し述べる次第です、有難うございました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私より神戸の方へ

いい決断です。
がんばってください。
私も18年4月頃から、100m歩くのが大変でした。途中腰をかがめると痛みが取れる。その繰り返しで歩いていました。そこでマウンテンバイクで走り、足の筋力を維持してきた。スピードを上げるのでなく、ゆっくりでいいから、今も30~50km走り込んでいる。脊椎の靱帯を取ったので、転倒は禁物ですから。今も変わることなくマウンテンバイクで、「腸腰筋と大腰筋」を鍛えている。
手術後1年、徹底して歩きました。このごろやっと走る筋力が少しできた。もう一度走りたいからです。無理しないように無理しています。そうしないと、筋力はすぐに落ちてしまう。
長嶋監督が、一日トレーニングをしないと、2日遅れるという。これが気になってね。
早い快復を祈ります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
院外相談員「独りしゃべり」よりの報告 ×月〇日

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 3日 (水)

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPって? にアクセス急増。なぜ?

「慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPって?」に急増したアクセスに、なんじゃこりゃ、と思った。

調べると、24時間テレビの中でドラマがあるという。この病気で苦しんでいる実話を、ドラマ化したものだ。だが、だれしも、この「慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDP」という病名が分からない。そこで検索していたら、私に突き当たったというわけだ。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2008/08/post_6465_1.html

24時間テレビが始まる前から、今日まで347件のアクセスが来た。ワシなんべん憶えようとしても、この慢性炎症性脱髄性多発根神経炎がスラスラ言えん。

28~29日の豪雨のときの直後、「車は水に弱い」を、過去の車屋時代の経験から書いた。そうしたら、故障した車の持ち主が、保険が下りるか気になって、「車 水 保険」と検索して、私にたどり着く。8月29日から31日までに278件のアクセスが来ている。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2008/08/post_9cde.html

ウォーキングの途中車のデーラーに寄って「浸水した時に、ウインドガラスが下がる、安全装置が付いているか」を調べているが、今だにその装置を確認していない。だが発明の論文は、確認した。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2008/09/post_9960.html

過去最高なのが、「乾パンの味」である。一時間に4910件もきた。これは故障したと思い、ニフティーに相談した。私も繰り返し調べて分かったことは、防災訓練で手に入れた乾パンを食べた感想を書いた。ところが2日後に、横浜で「乾パンによる食中毒」事件が起きた。それも賞味期限内の乾パンである。私のブログが先に流れ、後にとんでもないニュースが起きると、一斉に検索が始まる。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2006/08/post_db88.html

グットタイミングのブログが、アクセス量を増やしている。うれしいなァ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年8月26日 (火)

メタボ検診の腹囲がいま問題に

こんな記事が出た。日本では「腹囲測定」が入っている。そのことに付いて、この記事はこんなことを書いている。

ーーー日本のメタボ基準作りの中心となった日本肥満学会も、「日本の基準は正しく、変える必要はない」として、今後も「腹囲測定」を続ける予定だ。

「医学的に意味がないのに、おなかにメジャーを巻いて一喜一憂している」と欧米からヤユされていることをなぜ続けようとしているのか。

「巨額のカネが動いているからです。まず、健診と指導だけで2800億円超の医療市場が生まれ、ここで糖尿病や心臓疾患が発見された人の医療費、食事、医療機器などを含めると、7兆5000億円という巨大なマーケットになります。スタート前から、メタボ健診は厚生労働省、医者、病院、医療関連メーカーが、健康な人を病人に仕立てて儲ける国家的詐欺といわれていました。腹に巻き尺を当てるだけで病人を“つくれる”のですから、こんなおいしい商売はありません」(医療ジャーナリスト)ーーー

いままで掛かっていた内科が、検診を頼みもしないのに、検診を始めた。私は血圧の薬をもらいに行っただけなのに、いきなり採血をするという。

「なぜ頼みもしない採血をするのか」というと、返答ができない。アンタのためだといいたそうだが、それをいう前にもうこんなことするなら来ないからと、内科を出た。

この内科は最近はやっていない。これなんだわなァ。だからなんとかして付加価値を付けたくて、検査に持ち込もうとしている。整形でも流行らなくなった病院では、すぐにリハビリと称して、電気治療、マッサージを勧める。それを断った知人が、ものすごい勢いでしかられたという。

この腹囲にしてもそうだ、ニフティーニュースで、

ーーー日本と海外では腹囲だけをみても、米国コレステロール教育プログラム(NCEP)は「男性102センチ以上、女性88センチ以上」、国際糖尿病連合(IDF)の基準は日本と同じ。世界保健機関(WTO)には腹囲の基準はない。また、日本では診断基準から外されている「善玉コレステロール」が、NCEPやIDF、WHOでは基準として設けられている。ーーー

なぜこんなことが許されるんだろうか。

毎日ウォーキング5km前後、Photo マウンテンバイク30~50kmの運動を欠かさない。昨日なんか雨の中ウォーキング10km、雨が止んだので、マウンテンバイク22kmの運動をした。このワシの腹囲は89cmあるもんね。これでメタボと判定される。採血すれば何か出てくる。それで通院することになる。ワシの場合は、おそらく飲酒による肝臓系、高血圧、ことによっては糖尿の気があるという判断も出るだろう。

そうなれば自分の命だから、渋々でも通院することになる。通院させる方向へ持ち込む。これが「国家的詐欺」といわれる。

最近血圧の薬を余り飲まないようにしている。近くのオバーチャン内科先生と仲良くなった。ラジオ体操の帰りに、先生が掃除をしてみえるので声を掛ける。そこで相談すると、医療費はただだ。薬は飲まないほうがいい、運動できていればその方がいいといわれた。友人の薬剤師が、ワシは血圧200あるが毎日運動しているから、血管は柔軟性がある。だからワザワザ薬を飲む必要はないと、きっぱりと言いのけた。そしてマラソンをやっている。

医療関係の2人からのこの言葉が、説得力があって、実にさわやかだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年8月24日 (日)

脊椎の手術が成功したという、うれしい便りが届いた

先日、ブログで「脊椎と頚椎の手術後快復超優等生患者の認定」と題して書いた。http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/2008/08/post_b069.html

友だちの友だちの友だちHさんの母親が、脊椎の手術しようか迷っているという。その息子さんから、私が「神経を触る手術だから心配で」と相談を受けた。実はこのHさんの母親が掛かっていたのが、幸い私の手術してもらった岐阜大学の宮本敬執刀医であった。

メールで私の最近の回復状態を先生に報告がてら、Hさんのことを話をしておいた。今日その息子さんから「無事木曜に手術をしまして、成功しました。ワザワザ先生にメールまでしていただき、ありがとう御座いました」という連絡をもらった。「シビレもなくなり、いま院内をうれしそうに歩いている」という。

私は足が遅いから、いろんな大会で世話になりっぱなし。そんな鈍足ランナーが世話をして感謝されるなんてうれしいじゃないですか。素直に喜んだし、「おめでとう」と伝えて電話を切った。

近所の米屋の息子の嫁の母親が、やはり腰がダメだから、紹介を依頼されたので、宮本医師にメールをしたら、快く引き受けてくださった。今は薬で痛みが消えたと伝えてきた。

私は手術後、他人が心配するほど動き回っているのを見ていて、頼みに来る。手術前と手術後の私を知っている人が多いから、余計私の快復が驚異的なんだろう。

走れないから、少しでもマラソンのソバにいたい。だから大会の世話をしている。23日は陸上競技全般の「稲沢市民大会の準備で、半日でてきた。24日は大会本番である。

大会準備では、重いものは腰への負担を考えて敬遠しているが、口だけは動くから役に立てそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月23日 (土)

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎・CIDPって?

●慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)とは

慢性炎症性脱髄性多発根神経炎とは、髄鞘とよばれる神経を被う鞘(さや)がおかされる病気で、ゆっくりと進行したり、再発をくり返したりする多発性神経炎のことです。

●慢性炎症性脱髄性多発根神経炎(CIDP)の症状は

四肢の感覚まひ、運動まひがおこります。眼球の運動まひや呼吸まひがおこることもあります。進行したり、再発をくり返したりすることで、筋萎縮、感覚の脱失もあらわれてきます。

近所の飲み屋のオヤジが、これの疑いがあるという。そこで検査をするために、名古屋の病院へ毎日通院しなければならない。それならばと、検査入院を一週間したが、結果が分かるのに一カ月かかるという。

最近休みが続くので気になっていたので、この店の大家に確認したところ、検査入院していることが分かった。気にしていたら、昨日オヤジが店にいたので聞いたところ、細胞を取って検査して、疑いが晴れるのに一カ月ぐらい時間がかかるという。

こんな難しいい病気にはなりたくないものだ。でも気をつけていても、どうにもならんからなァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月18日 (月)

ランナーは若いことが実証された!

こんなうれしいニュースが、ニフティに流れた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ランニングの習慣に老化を遅らせる顕著な効果があることを米スタンフォード大の研究チームが突き止めた。

 20年以上にわたる追跡調査の結論という。

 調査期間は、1984年から2005年まで。チームは、ランニングクラブに所属し、週4回程度走る男女538人(84年当時の平均年齢58歳)に毎年質問票を送り、歩行や着替えといった日常の行動能力や健康状態などを調査。走る習慣がない健康な男女423人(同62歳)も同様の方法で調べ、比較した。

 その結果、走る習慣のないグループは、2003年までに34%が死亡したのに対し、習慣的に走るグループの死者は15%にとどまった。また、走るグループは、走る習慣のないグループに比べ、日常の行動能力が衰え始める時期が16年ほど遅かった。

 チームは「年齢を重ねても健康的に過ごすために何かひとつ選ぶとすれば、(ランニングのような)有酸素運動が最も適している」と結論づけている。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これなんですよ!ワシねェ、よく人に、若いですねェ、と言われる。

ウルトラマラソンになると、平均年齢が50歳を越える。まずウルトラマラソンという定義が難しいが、50kmを越えるマラソンという人もいれば、イヤイヤそんなフルマラソンに毛が生えたような距離ではいけません、100km以上を言います。と、まァ、さまざまですが、ワシは50km以上でハクがつくから、この方がいい。

さくら道270kmウルトラマラソン(2003年)の参加者302人の年齢を見ると、最高齢男76歳・女66歳、平均年齢男51歳・女46,6歳である。

みんな若いぞ!元気がいいし、迫力を感じる。これが実証された。うれしいね、ただみんなよく飲むからなァ、そっちの方が心配だ。(特にワシじゃが)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月13日 (水)

新型インフルエンザに対して、企業が対策を始めた

まず厚生労働省が出している対策を読んで見てください。

http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/02.html#2-1

息子が勤める会社が、8万人の従業員用にマニュアルを作り、その対策を練りかけた。

今流行しているインフルエンザが、近い将来にその姿を変えて、新型に変身すると予想されている。そうなると200万人が入院、64万人が死亡との予測も出ています。

息子からこんなメールが入り、普段から、飲料水、食料品を2週間分の備蓄、マスクなどの準備をしておくべきだという。

そうか、地震のこともあるから、真剣に考えなきゃいなんなァ。さっそく真清田神社にある吐水龍(手水舎)の地下水を汲んでくるか。ここのは木曽川の伏流水だから、とてもうまいし、長持ちがする。

後日談になるが、ブログ読者から、これは木曽川の伏流水ではなく、長良川という指摘を受けた。これは初耳だ。古代からここか木曽川の流れが、犬山から、この濃尾平野に4つに枝に分かれて流れ込んでいた。

そのうち3の枝が、この一宮に流れ込んでいた。(濃尾平野の歴史・原始古代・小池昭著より)

一度真清田神社さんへ確認に行ってこよう。ブログの読者さんを疑うわけではないが、気になると落ち着かないからだ。こんなホームページがでてきた。ここには、はっきりと長良川とでてきた。納得した。

http://21coe.kokugakuin.ac.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=103

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年8月 4日 (月)

脊椎と頚椎の手術後快復超優等生患者の認定

Photo 徳島のYさんから、知人が腰痛で困っているので、相談に乗ってやって欲しいと言われた。

友だちの友だちの友だちの母親だった。偶然私の掛かっている岐大の宮本手術執刀医と分り、話は早かった。技術的なことは私には言えなかったが、これだけは言える。

「手術後の多少の不自由さより、痛みのない素晴らしさ」を伝えた。不自由とは、金属を入れれば首や腰の曲がりは多少悪くはなる。私は首に金属を入れたから、振り向くのに以前より首の回り悪くなった。だがしかし、おかげで指先の症状が改善された。

腰のほうは、5本ある骨のうち4本を削り、靱帯を取った。だからいつ脊椎がずれるかもしれないという不安はある。でも足のしびれや100m歩けなかったのが、15km前後歩けるようになった素晴らしさを伝えたかった。

このHさんの母親は71歳という。まだまだ旅行もしてみたいだろうに。痛みが取れれば、それも可能になる。ただ神経を触る手術への抵抗は、本人の痛みを知らない他人がアレコレ言ってくる。私も相当言われたが、「もう一度マラソンをしたい。走りたい」という気持ちの方が強かった。なんのためらいもなく手術へ向かった。頚椎から脊椎を開いたから、まるでアジの開きである。

定期報告を兼ねて、手術執刀医の宮本敬医師にメールを入れて、Hさんのことと、私の現状を報告した。

翌日、医師からメールで、~~~~~~~~~~

メールをありがとうございます
術後の経過はすこぶる良好のようで、なによりです
術前の痛み・狭窄の度合いを考えると、痛みもなく、一日マウンテンバイクで30~50km、ウォーキングを7km前後できている、というのは驚異的です。

私、非常勤先の平野綜合病院という病院にて
骨関節再建セミナーという患者様・市民を対象とした
講演会を2ヶ月に1回やっております
http://www.hiranogh.com/sei_stady080802.html
もしよろしければ、講演の中であなた様の生き様・ブログなどを紹介させてください。
もし可能であれば、いつの機会にか,超優等生患者として登場してください。~~~~~~~~~~~

そうか、世間の患者さんは、いろいろ障害が出るのが怖くって、動きを止めてしまっているんだろう。私にはマラソンをやりたいという希望がある。元々ゴソゴソ動き回る性格で、手術後というのにチットモ治らない。

手術前、症状が悪化したら、普通の人は動きを止めてしまうだろう。ジッとしていれば痛くないからだ。そうすれば筋肉はドンドンなえてしまう。それを恐れて私は、マウンテンバイクで入院前一年間で1万km走り込んで入院した。だから快復が相当に違うのではなかったか。

医師にメールで、「先生のためならどんなことでも応援します。たとえ火の中水の中」と返事を入れた。私の残された人生なんてもう半分以上使ってしまったから、いろいろ楽しいこと経験するのも「有り」かな、というのが私の性格。

なんでも経験、なんでも思い出、楽しくなくちゃ人生じゃない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 2日 (土)

頚椎と脊椎の手術体験から、医療関係に珍提案

私が入院中にこんな提案をした。

ここの岐大看護部の理念「安全で思いやりのある看護を実践」に、患者が気付いていなかった。この病院の理念と基本方針にもうひとつ付け加えるならば、「患者の理念と基本方針」を打ち立てなければいかん。

1.      病院の基本理念を損なわないように、看護されることを誓います。

2.      的確な医療と看護に率直に従い、高度先進医療の研究・開発・提供するという医療行為に協力致します。

3.      早い社会復帰出来る様に、患者自身も努力いたします。

4.      私たちは医療行為に対して、迷惑や妨害するような行為は致しません。

5.      以上を実践いたしますので、患者を早い回復させるよう、医療行為に最善の努力をして下さい。

6.      唯一の楽しみの食事には、一日2000カロリーという計算に異議を申し立ていたしませんが、せめて古古米でなく、新米とは贅沢を言いませんが、古米か炊き方を工夫して下さい。

7.寝ながらの生活が多くなるので、せめてもの楽しみである、テレビが見やすくなる、本が読みやすくなる方法を講じて下さい。

8.患者からの、入院する側の創意工夫提案制度を設ける。これを工夫すれば居住空間(ベッド回りを含み)が改善されるのではないか。強いては医療関係に大きな貢献が期待できる。この賞を取れば、特賞に特別室の1週間無料券が支給され、副賞に好きなだけドックを進呈する。

9.看護しながら、患者同士の交流に、プライバシーの侵害にならない程度に援助の手を差し伸べてください。意外や患者同士の交流がストレスの開放、退院後の社会復帰に一助になることは事実です。

どうですか。私は従ったが。とくに交流は顕著であった。なんてったって718号室は「入院同室の会」を発足させたからだ。

頚椎の手術入院したとき、こんな経験を率直に提案を伝えた。頚椎の手術は約4時間腹ばいになって手術を受ける。この時のベッドは、ビニール張りで、とかく肌がくっ付きやすい。手術後ビニールに張り付いた乳首の皮膚が、ペリッとめくれたことが分かった。どうも乳首が痛い。なんでかと聞くと、このビニールに張り付いた乳首であったことが分かった。

そこで提案した。

  • 頚椎の手術前と脊椎手術後のコルセット使用には、乳首にバンドエードを張り付けておく。

頚椎の手術後、頭が持ち上がらないので、タPhoto_2オルで持ち上げる方を提案した。寝返りが首が痛くてできないのだ。そこでバスタオルと普通のタオルでマクラを作った。これがなかなか優れもので、真ん中が凹んでいるので、寝返った時に、肩の段差で痛みが出るのを防げた。看護婦が感心していた。

  • 痛みの判定方式。

最初戸惑ったのは、今日の痛みは5段階で申告することらしい。それをどこら当りになりますか、と聞いてくる。今日入ったばかりで、1段階と5段階の痛みが分らないからだ。

そこで私は勝手に、今日に痛みを5段階の5とする。次の日の痛みが、進行すれば6になり7になる。痛みが引けば、4になり3になる。そのほうが判定しやすいが、病院側としては、統一しておかないと、治療に困るらしい。

がウソの段階、もしくは不明なるがゆえの訳の分からない段階を申告すれば同じこと。わたしはこれを、毎日記録した。後から見ると実によく分かる判定方式だ。これも提案しておいた。 

もうすぐ提案の表彰があると思う。そうなれば、特別室が待っている。金華山丸見えの部屋から、またスケッチがやり放題だ。

脊椎を手術したら今度は、大き目なコルセットを締める。これで乳首がすれて痛いのである。ここでも、コルセット会社へ、患者が痛がる前に、バンドエードの使用をすすめるように提案した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月26日 (土)

耳鼻科通いが始まった

なにか耳の詰まったようで面白くない。ボ~ンとして、テレビやラジオの音響がドンドン大きくなる。

近所の内科兼耳鼻科がある。

ここのオバーチャン先生と毎日声を掛けている。私はラジオ体操の帰り、オバーチャン先生は掃除をして見える。毎日挨拶をしているが、ここに掛かったことはない。

今度はイカン。「先生、耳に何か詰まった感じがする」と言うと、「今日は予約日なので、名前聞かせて」と言うので、口頭で予約してもらっちゃった。

仲良くすることはいいことだ。

「昼近くのほうが空いているというので、11時以降においで」という。

耳の診察の時に、娘先生は「母のお友達ですか、待たせてごめんなさい」という。

検査の結果は、外耳炎になり、鼓膜に液体と耳垢がくっ付いているという。ウヘッ!これから、耳に液体を発射します。少し音が大きいのですが我慢してちょ」という。

ガガガガガ~と噴射する音がしてから、今度はそれを吸い取るという。綿棒ぐらいの吸い口を入れて吸い取ると、耳垢が液状化されて吸いあがる。

でもさァ、娘先生は、ワシの耳に掃除機を突っ込んでいるさなかに話しかけるので、なに喋っているか分かれせん。

自分が聞こえると他人も聞こえるという、娘先生に、これからボチボチ指導をしてやろう。どうも外耳炎が治るまで、毎日通うことになりそうだ。

テレビのボリームが少し下がった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月23日 (水)

ecologyジジー

年間車の走行キロ数は、3000km。一カ月に一度ガソリンを入れるだけ。だからドンドンガソリンが上がっても気にならないが、他に連動して物価が上がるのは困る。刺身が食べたいのに。

ワシのマウンテンバイクの走行キロ数は、平成18年5月に購入して、現在まで26カ月で15000kmを突破した。

あとはひたすら歩く人生を送っている。走りたいけど走れない。こんなECOなオジサンを表彰しないなんて、行政はどこを見ているのかい?

健康で保険を使わない。しかもこんな経済的なジジイを表彰しないというのも、変だぞ?

ドンドンこんなジジイを育成すれば、国保も楽になるのに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月16日 (水)

イカンいよいよ耳がおかしい

もともと耳鳴りはしている。「ジンジンジン」と心臓の鼓動に合わせるように鳴っている。

セミが耳の中に入っているようだ。今年はセミが鳴かないねェというと、もう鳴いていると言う。ということは耳鳴りの方がセミの声より大きいということかよ。

脊柱管狭窄症の手術の時に入院していた岐大で、耳鼻科に掛かった。大学病院は実に都合がいい。寝て待っていれば、向こうが暇になったら呼び出しが来る。

最近ラジオやテレビの音が大きいと、よく家族から言われるので、難聴度を診てもらおうと思った。2000~4000Hzあたりで左右とも、80デシベルと数値が高く、ここがちょうど人の話す辺りになるらしい。詳しくはこの下のホームページをご覧あれ。

http://www2.iwate-ed.jp/mor-r/kikoe-kotoba/kk-nantyou3.html

「まァ普通の老人の耳ですね」と、こきゃがった。「老人とはどういうこった?」と聞きなおした。そうしたら、「年相応です」と言い直した。今は特に補聴器の必要はありませんと言われた。

いまテレビやラジオの音が大きいと言われると、「年相応です」と反論している。だがしかしこのごろ右の聞き具合がよろしくない。ボ~ンとした感じで、耳クソで詰まった感じがする。耳カキをするのだが、出てこないし、耳の中を傷つけたのか、液体が出てきた。

いよいよ耳鼻科に行く時が来たようだ。人との会話で、から返事はよくない。何度も聞きなおすのも相手に失礼だからな。

今日から66歳になる。本物の老人にならないように、がんばろうっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月15日 (火)

どこのコンビニにも知れ渡るこの顔

最近どこのコンビにでも、顔が知れてしまっている。

先日、「お客さん、カードを出してください」という。「何でワシの財布に中まで知っているのか?」と言うと、「この暑い日に、その格好で、その色黒で、アゴヒゲ生やした人なんか、そうはいませんよ」というではないか。しかもかわいい子が言うからうれしくなる。

確かに目立つ。暑い日に歩くスタイルは、半ズボン、Tシャツ、ジョギングシューズ、004 帽子に後頭部を日に当てないようにのれんを下げている。しかもノルデックポールでガシガシ歩いているから目立つことこの上ない。

しかも買う物はいつもウイスキーの水割りの「白角水割」250ml・168円か、麦焼酎の158円以外買ったことがないという変わり者。だから顔が知れ渡っている。

「今日はどこまで歩くんですか?」などという会話が出てくる。しかも「お気を付けて」などと送り出される。ボクもバイバイして外へ出る。最近名前を覚えたから、店員さんの名前で会話をするから、親しみこの上なくいい。

名岐バイパスは音がうるさいが、コンビニがある。しかもトイレを借りるのにもいいし、水分補給にもいい。ガソリンスタンドもある。1本裏には公園もある。

午後の暑い時間は、南北の高速道路の日影が1kmと長く続くから、なかなか捨てがたい場所だ。こんな暑い日をなに好んで歩いているか?と人は思うだろが、夜叉ケ池伝説マラニックは、岐阜揖斐町出行われる。ここは日頃から気温が高い場所で、以前45度の記録がある。今年は7月26日、これから暑くなる11時にスタートする過酷な大会だ。これを思えば、これぐらいはたいしたことはない。あの暑さを知らないからだ。

お蔭で、今年はいまだにクーラーを使っていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月12日 (土)

8020って、どういう歯をいうんだろう

先日コウコウをかじったら、奥歯が欠けた。

欠けた歯が舌に触る、どうにも「たちつてと」が言えない。仕方がないので歯医者に行った。

歯のレントゲンを撮る。昨年から頚椎、脊椎のレントゲンやMRI、CTで骨格標本ができるほどである。

私が白骨で発見されたならば、岐大へいけば、すぐに知れる。大体頚椎に金属がはまっているのは、そんなにはいない自慢の首だ。頚椎にチタンの板をボルトで固定している。

それ宮本執刀医に、愚問を並べてメールを入れた。先ず質問である。

  1. チタンは将来取るのか。
  2. このチタンには通し番号が打ってあるのか。それに私の名前の刻印があるのか。通し番号が分かれば教えて欲しい。私のラッキー番号にするから。
  3. 頚椎にはめ込んだヒ骨の将来はどうなるのか。
  4. 切り取られたヒ骨には、今なにが入っているのか。それはどんな形か。

その回答である。

  1. チタンはそのままです。取り出すことは通常行いません。(ワシは白骨になっても直ぐに確認が取れると思うわァ。全身白骨の見本ができるほど、写真を残したから)
  2. 製品番号については,調べてみます。ただし、番号が刻印されていることはないと思います。(でも真剣に調べてみえたので、返って恐縮してしまった。バカな私に付き合ってくださって、ゴメン。でもさァ、番号の刻印があってもいいが。犯罪に巻きもかれた時の確認になる。それならレントゲンを撮ったら、名前が正面からは判別できたら愉快だながやァ)
  3. サイコロ状のものをいくつか並べて入れています。将来骨を誘Photo_427導して固まると期待してます。第4,5,6,7頚椎がひとかたまりになるのを期待します。(江戸時代にこのような手術ができていたら、私は黄門様に「頭が高い」と言われて打ち首になれせんか)
  4. 6月7日の診察の日に、ヒ骨跡地の埋め立て現場のフイルムを頂いてきた。(写真参照)

    このサイコロが優れもので、人体の骨と変わらないほどのセラミック (オスフェリオン)であった。

本題に戻すと、歯医者を捕まえて、8020運動というのがある。それは治療してある歯は入るのか否か、速やかに答えよ、と設問した。回答は、抜け落ちた歯だけが対象で、加工してある歯は、20に入るという。

いま勘定すると、28本だという。まだ間に合うかねェ?Photo

そうすると、うれしそうに、定期的に検診を受けなさいという。勘定をする時に「次回はいつがよろしいですか?」というので、次回はもうない。もう歯の治療は終わったというと先生に確認しに行った。

どうもこの患者はやりにくいと思っただろう。医者も次回をあきらめた見えて、無罪放免された。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月11日 (金)

相談料はアガリスク茸であった

「チョット、30分ぐらい相談に乗ってよ」と、立ち話をしている私に言ってきた。結構気に強い70歳を超えている奥さんだ。どういう訳か最近私が参加している小冊子が気に入って、急速に接近している。接触はないが。

雨ではマウンテンバイクには乗れない。ならば傘持って歩くことにした。町内のど真ん中の道を通り過ぎ、隣の町内に差し掛かると、酒屋のオヤジに出会った。オヤジというが私と同級生である。どう見てもフケ顔だ。

先月、郡上の平野醸造に久しぶりに寄った話をしたら、平野社長が昨日来て、あんたが寄ってくれたといいう話が出たという。

そうかヒソヒソ話でウワサされるより、こういうウワサなら許してやる。そこへ近所の奥さんが来て、「30分ぐらい時間作ってよ。少し相談がしたい」という。このままでは死に切れないと、物騒なことを言う。

「アンタは死んでもいいが、難しい問題を残されたワシはどうなる?」

それから3kmほど先の妙興寺を往復したきた。家に入るや否や、奥さんが来た。帰るのを待っていたようだ。張り込みされている。小雨で濡れた体を拭く時間もない。

相談は、今貸してある土地を返して欲しいが、どうしたらいいか。地代を上げるというと、「供託金にします」という。どうしたらいいかという相談だ。

いまの時代は、地主より借りているほうの権利が保護されているから、難しい相談だ。その奥さんに、「いいかい、ワシも土地を借りている立場だ。そんなワシに相談するほうが間違いだ」といい、「近所同士で争いは止めやァ」とさとした。

借りているほうも貸している方も、それぞれ権利を相続できる。両家はもう年を食っている。地主は土地をスッキリして、息子に相続したいのだろう。借りているほうもいまさら出て行くところもない。息子は一流企業に勤めて、もうここには帰ってこないだろう。そうすればいずれは返されることになるだろう。

こんな話をしたら、納得して帰っていった。別れ際に「そんな話はオヤジと相談したらいいがやァ」というと、オヤジはややこしい話を嫌って、すぐに逃げるという。そんなもんワシでも一緒やぞォ。

「スマンことを相談した」と、手土産をおいていった。それが相談料の「協和のアガリ011 スク茸・仙生露」である。値段を調べてビックリした。一箱8505円×2箱である。http://mikan108.sakura.ne.jp/order/agarikusu-premium.html

この効能を調べると、ガンに効くという説明もあるが、薬事法上は効能の説明は控えなければならんらしい。http://www.agaricusya.com/kouka.html

もっと優しくすればよかったかなァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月10日 (木)

知多半島一周168km走破したキャノンデール第二日目

朝からビールを飲んで、湯に入る。これが旅の醍醐味だ。

今日は若干曇るかもしれない。そのほうが助かる。風呂から見る海にガスが掛かっている。

今日は相方と別れて走ることにした。相手も走りたいのに走れないから満足できないだろうし、ワシもよそにそれるという、わがままな走りがしたいからだ。

9時に集合写真を撮ってスタート。すぐ下の師崎の港に来た。さっそく漁師を捕まえて、なに獲ってきたかと話し込む。すこし走ると東海テレビが天日干ししている干物を映していた。アナゴ、アジ、カワハギ、タチウオ、タコ、イカが干されている。いい匂いをさせている。321Photo_2それにしてもきれいな幾何学模様を見るようで、しばらく立ちすくんだ。

    Photo_3

豊浜のさかなセンターへ入ろうと思ったが、ありきたりでは面白くな いので、水産会社の加工工場へ入り込んで、干物の袋詰めを見させてもらった。そこで出来上がったばかりのアナゴの干物を買った。一宮までリックで背負って行くと言うと、保冷剤に入れてくださった。魚新さんありがとう。

Photo_5浜では鯛祭りの準備がもう出来上がっていた。

常滑でラーメン店に入る。餃子をオヤジさんが手作りしている。これならば中国産でないからと言うと、ワシが中国産だと言うので笑った。さっそくビールと餃子を頂く。

知多市で155号を走っていると、いつの間にか工場群の自動車専用道路に入り込み、ビビッた。スピード違反取締りの白バイがいるので、道を聞きたいが、ワシは飲酒自転車。聞くに聞けない苦しさよ。

155号が自動車専用道路と一般道と二つあったので、知らずに入り込んだと分かった。何とか抜け出して、一般道に入られた。

名古屋に入ると、サイクルリストにずいぶん抜かれながらも、交差点でまた出会う。こんなことを繰り返している内に、声を掛け合う。そして偶然に、春日井の鰐部さんに出会った。というより声を掛けられた。

私の「はだか祭り早駆け」、というイベントに参加してくださった人だ。このイベントは、ランナーだけで、「国府宮はだか祭り」に10kmフンドシ姿で走って参加する。この方も、さくら道ネイチャーラン250kmのエリートランナーだ。懐かしい話をしながら、名古屋城近くで別れた。

西区に入ると雷が鳴りだした。雲行きも怪しい。突然バタバタバタと雨がぶつかってきた。ヘルメットには空気抜きがあるので、雨がヘルメットを突き抜けてくPhoto_4る。あっという間にずぶ濡れである。

もう15kmで一宮だ。 「なるようにな~♪」と歌いつつ走る。

前輪から跳ね上げる泥と、後輪から攻めてくる泥で、左右に切り刻まれた。

昨日今日で168km走った。頚椎の手術後14カ月、脊椎手術後11カ月になる。快復のバロメーターのような走りだが、腰に負担が来るのを心配して、コルセットをして走ったから、暑さ人一倍であった。

8月に脊椎狭窄症手術一周年記念には、一人で遠くまで歩いてみようかと考えている。どこでくたばっても、すぐに帰られる線路沿いを歩いてみようか。ウン?イカン、線路沿いではビールが飲めないがやァ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 9日 (水)

知多半島一周168km走破したキャノンデール第一日目

ギャ~ッ、イタタイタタイタタ!マウテンバイクで一周してからもう3日目なのに。今ごろ痛みが出てきた。

5日土曜日の一宮駅前で、それぞれの参加方法が違う者が集合してきた。電車で行く者6人は現地を歩く。車で行く者はどこを観光するんだろうというのが6人。走って現地入りするもの2人。自転車が2人。ではビラ・マリーンへ、夕方5時集合!と、10時に一宮をスタートした。

なにもこんなに暑い時間帯に出なくてもいいものを、相方がブツブツ文句をいう。あんたは暑い時間が好きだから~っ。

確かに暑い。名古屋に入るとジリジリと脳天を日が差す。相方は氷を買い込んで、それをビニール袋に入れて帽子の下に隠した。じかに冷やそうという魂胆だ。

名古屋のどこを通り過ぎたら一番安全かを検討し、車の通が多い道を避けて、堀川沿いを走ることにした。意外や車が少なく1時間で通り過ぎた。でも暑さは一向に収まる気配はない。

後ろから来る相方は、重量挙げをしている山男で、滅法脚力がある。バックミラーで見ると、二つほどシフトアップして付いてくる。阿久比に入ると小さなアップダウンが連続するし、向かい風が出てきた。こうなると私の足は悲鳴を上げる。シフトダウンの連続技で逃げる。

何度もケイレンしかける足をなだめて、時々コンビニに飛び込んで、座り込む。冷たいお茶を買い込み、ダウンチューブ(フレーム)のペットポトルゲージーに差し込むが、アッという間にぬるくなる。

河和を過ぎると、やっと海が見えてきた。後わずかだと思うと、力が入る。今夜の宿泊先の愛知県南知多老人福祉館、ビラ・マリーン南知多へ着いた。さっそく湯に飛び込んだ。

師崎の小高い丘に立つこの施設、見晴らしは最高にいい。http://villa-marine.jp/

わがランニングクラブ(RC)の年に一度の、「合宿という名の飲み会」である。そういえば老人クラブもRCだがやァ。

今回は現地集合にしたので、マウンテンバイクが一宮から78km走ったのが2人、阿久比からが1人38kmをマラソンで、現地で10kmほど走ったもの2人、河和から5人が13kmウォーキング、後は車で6人現地入り。

60歳以上は8400円(多少料理によって料金は違う)で、ずいぶん派手に飲んだが、1万円で済んだ。

10年ほど前は、下呂110km、伊良湖岬130km、内海85km実際に走ったり歩いたりしながら現地入りしたものだ。少しずつ軟弱になりつつある。

明日は内海から、常滑を回って帰ろう。早く寝よっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 8日 (火)

血管の若返りにチャレンジ

血管若返り

実験対象 運動嫌い

  男 実年齢 51歳→測定年齢 62歳

  女  〃  52歳→ 〃   62歳

実験方法 歌える程度の早さでウォーキング1日30分 3週間

 結果

男 実年齢 51歳→測定年齢 62歳

女  〃  52歳→ 〃   57歳

実験を5週間続けたら 男 51歳→50代になった。

血圧も下がる

血管の老化を判断する材料は、最高血圧-最低血圧が65以上は老化している。

血管の筋トレができる

トレーニングによる血管の若さ比べ 

     ジョギング  血管年齢/実年齢    40/50

     水   泳        〃     40/50

     筋 ト レ        〃     70/50

オイ!筋トレは年齢を血管年齢を増やしている。

重いものをエイヤッと持ち上げる時の血圧は、400を越すというからな。

     何もしない         〃        50/50

では何もしない方がいいのか?

トレーニングによって

有酸素運動をすると、血液の早い流が、内機細胞を刺激すると、NO(一酸化窒素)が分泌される。そすると、それまで硬かった中膜の筋肉が緩み血液が流れやすくなる。

以上の表を見て、

  • 運動はマウンテンバイクを30km~40km、約2時間~3時間
  • ウォーキングは、5~10km、約1時間から2時間

これが私の一日の運動量である。ただ相変わらす血圧が不安定で、上が170~140、下が95~89である。

毎日、血圧にいいという納豆を朝食に頂いて、黒酢もいいというので、寝る前に飲んでいる。焼酎は血液をサラサラにするからと、おいしく頂いている。焼酎とサラサラはこのホームページをご覧下さい。驚きですよ。

http://www.nikaido.sake-ten.jp/bisyu_028.htm

こんなに体いいことギョウザンやっているんだから、もうそろそろ血圧も下がってもいいのではないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 7日 (月)

余命一年の宣告を受けて、かれこれ一年

余命一年の宣告を受けたが、あえて自宅を選択した。ところが便が出にくくなり、名大へ緊急入院して手術することになった。そのKさんが帰ってきている。

7月2日に家の前を通りがかったら、ちょうど医者で点滴を受けての帰りだった。

5月25日に帰宅した。最近食事ができないので、また名大へもどることになりそうという。食べると戻してしまうという。近くの医者がいいが、Y病院も市民病院もD病院も、自分ところでやった手術でないので、嫌がるという。

ガンの摘出は、二日掛りの手術で、輸血した量は8000ccという。そのせいで、黄だんになったという。

手術した腹に、右足の皮膚と神経を移植(こういう手術は名大しかできないという)、右足の移植あと10×20cmへ、今度は左足の皮膚を移植したと見せてくれた。

ところが右足は、皮膚と一緒に神経を腹へ移植したので、感覚が無いという。歩くのに不自由で、自転車なら片足で漕げるからと、近所の医者へ点滴に行っている。

今年の初めの私のブログに、細かいことを書きましたので参考まで。
https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=22549400&blog_id=116845

どうしてこんな苦労が、この人ばかりを襲うのか、悔しい気持ちがします。

いま体重が48kgしかなく、私の色黒を見て、うらやましいという。足の感覚をなくしてふらつくKさんに長話は禁物。早々帰ろうとするが掛ける言葉を失う。
とにかくあきらめないで、がんばってくださいとしか言えなかった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 6日 (日)

蛭ケ野の開拓者からの手紙

先日蛭ケ野を開拓した福手さん(93歳)にお会いした。7年間思い続けて、やっと会えたというのが本音である。

平成13年4月、この蛭ケ野で、「さくら道270kmウルトラマラソン」のエイドステーション「てぬきうどん」をやっていたときだ。ご近所に住んで見える福手さん当時85歳のご老人から、自叙伝『ひるがの』を頂いた。

昭和17年、私の生まれた年に蛭ケ野へ移り住んだ。この当時、郵便交換所に中屋さん一人住まっておられた。この荒涼とした原野を、今のリゾート地、スキー場、別荘地に開拓されたその苦労が書き込まれている。

感激した私は、自書のエッセイ集『鈍足ランナーの独りしゃべり』を贈93 った。以来この人に会いたいと思い続けていた。この6月に家族旅行の途中にやっと念願であった面会を果たした。記念写真と手紙をつけて送ったら、礼状が届いた。これが下記である。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

縦書きの旧人類の駄筆、お笑い召されぬよう。

さて過日は2100年代の超人類を予想させるようなお手紙をありがとうございました。それに、おにの百万まで怯えて。

(?この方の文字は旧の漢字を草書体で書かれてあるので、判別するのに3日掛かった。しかも  おにの百万まで怯えてという言葉があるのか?幸い草書体の文字は、古文を少し読んでいるためか、何とか一部をのぞいて解読できた)

普通、前年に手術したら半年や一年は特別保護が常道なのに、マウンテンバイクで一日30km、歩き7~15km。こんなお方にお訪ね頂き、光栄の極みでした。御光来と貴翰(=貴簡)に深く謝意を申し上げます。

さくらの佐藤良二氏のこと。公私の親交があり、裏話もいろいろございますが・・・・・。

さて、拙書『ひるがの』を御一覧下さって恐縮に存じております。ゼロ地帯からようやくらしい集落形態に移ったことは否めません。

この公にした拙書とは別に、日記は70余年つづけて居り、別に子孫のみに遺して伝える自分史も、7~8冊は認めております。

貴君の日常の一端を相承しましたので、私も日々の一部を申し上げます。

とにかく、貧と無の境地から終生抜け出ることができませんでした。でも開拓の道に飛び込んだのも、元々は無の世界に魅せられたからで、今更愚痴は申すことはできません。

生涯の信条は、

一にも健康、二にも、三にも・・・十にも健康

同時に

一にも感謝、ニにも、三にも・・・十にも感謝

ご覧頂いたように体は至って矮小、でも大戦には、召集四ヵ年の実戦を経て帰還、すぐに開拓という環境に飛び入りながら耐えてきました。

四十年間(年齢)から歩き始めました。そして自分ながら不思議と思うことは、年代を重ねる程、歩く日数が増えました。 一昨年(18年の暮れに家内がなくなった年)は一週間は体を休めましたがそれ以外は無欠。昨年も一年中で1~2日冬に多少風邪気味だったので用心して休みました。

御来訪頂いた時にお話したかもしれませんが、歩き始めましてから、地球二周歩きました。周囲が四万キロですから八万キロ歩きました。

さて、今後の計画は、来月7月29日で、漸く満93歳になるのですから、一日最低4キロとして年に1500キロ弱、この計算ですと、後20年以上生きなければ三周できません。その前に地球の寿命が尽きてしまうのではと、知呆にも似た計算をしておりますが、この体と平行して、前述の一にも二にも・・・・。感謝の念を併せ抱き続けたい。

以上が私の残世の方針です。今日も朝、2キロ半歩き、それからゲートボール、午後から3時間畑でゴルフ、夕方2キロ余り散歩しました。私の無駄話としてこうした駄筆による手紙はかえって失礼と存じますので、この辺でペンを擱(お)かせて頂きます。

重ねて御来訪と御音信に対して御厚礼申し上げます。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これなんですよ。93歳ですよ。驚いたのなんのって。

あんた見習えますか?

最後に表紙の裏にこんな言葉が書かれてある。

生きることは むずかしい

生きることは たのしい

生きることは 尊い

まるで、この人のそのままの人生感が書かれてある。

こんな素晴らしい人に、我が65年の人生のほんの一瞬のすれ違いであっても、出会えたことを感謝したい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 2日 (水)

日焼けサロン

ノルデックポールでしっかり歩いたから、相当に汗をかいた。一宮市内を歩き回り、駅前に来た。

雨が降りそうなので、一宮駅の南の高架下を歩いていた。途中の高架下を通る道路で、ハトがうずくまっている。ウン?こんなところにいると車にひかれるぞ。そこで近づくと、目は開いてクルクルしている。生きているということは、車と衝突したんではないか?それとも具合が悪いのかい?

ノルデックポールを小脇に抱え、ハトをそっと拾い上げる。ハトはジッとしている。鳥というのは実に暖かい。手の平に体温が伝わってくる。鳥の体温を測ってやろうと思い、家のセキセイインコの羽の下に体温計を突っ込んだら、食いつかれた。体温は41度ぐらいであった。激しいハバタキをする鳥は、いつでも動けるように体温が高い。

拾い上げたとき、ちょうどパトカーが来た。その前でハトを抱きかかえて、草むらに持って行く。それをパトカーの乗務員がジッと見ている。このハトを食べちゃうんでないかと監視しているのかしら?

雨が相当に激しくなったので、草むらのハトを高架下に移動してやろうかと戻ると、ハトが飛び立った。ホッ、元気が出てきた。やっぱり車に跳ねられて、一時的に気を失っていたんだろう。

また高架下を歩いていると、さっきのパトカーがまた現れた。俺を監視しているのかや?

ワシはねェ、模範市民だからな。それに警察だからといって遠慮するような人柄ではない。イチャモンは大好きだからね。でも人柄はそんなに悪くないと思うが、こういう官憲に抵抗したがる性格なのよ。

駅前のコンビニ入り、ビールを買う。勘定していると、「この近くに日焼けサロンはありませんか」と言う若者がいる。見るとそこそこ日焼けがしているが、健康そうな日焼けではない。ジーパンは擦り切れて、鎖につながったカギ類が、だらしなく腰でジャラジャラしている。

「表を歩け、オレぐらい日焼けするから」といってやった。このごろの私を見て、先日串焼き屋で「きょうび、海の漁師でもこんなに黒いのおらんよ」と笑われた。

なるほど、そして追い討ちをかけるように、「今こんなに黒いと、夏になったらどうなるのよ」と、店ぐるみで笑われた。

今頃の若いのは、日焼けはアウトドアーで焼くんでない。時間を掛けて焼くんではなくて、金を掛けてインドアーで焼くんだ。情けない。軟弱な奴等だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月24日 (火)

「こうこ」をかじって歯が折れた

「こうこ」にかじり付いたら、「ガキ!」といやな異物をかんだ。

石が入っているのか?吐き出してみると、自分の歯ではないか。そういえば、先日から奥歯がしみるようになった。それが欠けたのである。「こうこ」ごときに歯が負けた。

「こうこ」が気になる。要するにタクアンである。今日は他人のブログをそのまま下記に記す。本格派の木村言語研究所のホームページを読んだってちょう。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~ktakuya/kokoko1.htm

歯の欠け方が悪く、とがった箇所があるため、舌に当たる。どうも「たちつてと」が言えない。明日から家族旅行だ。この欠けた歯で、懐かしい人たちに会いにいく。「たちつてと」が言えない状態で、会話が成り立つかしら。「た行」を外して会話しなければならない。

何とか懐かしい人に会えたが、「少し会わないうちに、あの人は言語障害が起きているようだ」という印象を持たせてしまったのではないかと、気に掛けている。

歯医者に行く前に、歯の接着に付いて調べたら、「スーパーポンド」という歯専門の接着剤があることを知った。これを医者との会話に混ぜてやれば、横着な診療をしないだろう。何とか診療を引き伸ばして、診察料を取りたがるからなァ。

診察の結果、欠けたところは虫歯治療された歯で、すでに詰め物がPhoto_2 してあり、中が空洞で接着不可能という宣告である。ということで事前に調べておいた「スーパーポンド」は役に立たなかった。結局いままでの詰め物を取り除き、歯冠をかぶせる治療となった。

とがった部分を取り除き、応急処置で詰め物をしてもらったら、「たちつてと」が言えるようになった。「こうこ」ごときに、えらく高く付いた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月21日 (土)

床屋さんは私の耳鼻科

最近耳が聞こえにくい時がある。

以前ヘルニアで岐阜大学へ入院したときに、この際だからアッチコッチ検査したほうがいいと、耳の検査、肝臓の検査、血圧の検査、目の検査などをやってもらった。ベッドで寝ていると呼びにきてくれるから、実に便利だ。

この時、耳の検査したら、耳クソが大量に出てきた。その後検査したら、普通の老人の耳ですという検査結果であった。

「あのねェ、普通の老人とは何事か」と、文句を言った。耳鳴りがひどいと言うと、「耳鳴りは治らん」と一発回答を得た。そこで「イビキは起きれば治るし、耳鳴りは寝れば治る」と私が言うと、「これはいいことを聞いた、今度からその言葉を使います」と笑った。今頃、岐阜大学耳鼻科の会議で、患者との応酬話法でこれを使いなさいという指示が出ていると思う。

家内からラジオの音が大きいと文句が出ると、「これが普通なんですと、大学病院では」と言い返す。

一つ問題なのは、耳クソがたまりやすい構造なんだろうか。私のかかりつけの床屋では、いつも耳掃除を丹念にしてくれる。そこで気になっている耳の構造を聞くと、確かに右の奥の方が、曲がりが大きいという診断である。

耳カキをすると、決まって右側の方が大量に出てくるし、取りにくいので、たまりやすいのだろう。また最近聞こえが悪くなってきた。

会話で聞きなおすのがつらいからといって、いい加減な返事をしないように、聞きなおすときに、「耳が少し遠いのか、聞きにくくて。ごめんね」と断るようにしている。

床屋では、「また耳だけでもいいからおいでなさい」と声を掛けてくださった。うれしいね。でも一度耳鼻科に見てもらう必要がありそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月19日 (木)

近くの内科医を味方に付けたい

毎朝ラジオ体操に出かけている。その帰り道に掃除をしているT医院のオバーチャン先生がいる。

毎朝、掃除をしてみえる先生に挨拶はするが、話したことはない。今日、一度確認したいことがあったので声を掛けた。私がいままで通っていたH内科は、慣れ過ぎて横着をするようになった。頼みもしない診察をするようになった。はやらない病院は、知らぬ内に他の診察に回される。空いているから、待たなくてもいいという私の考えも甘かった。

別な病院でこんなことがある。「あなたの肺には、何万人に一人の欠陥があるおそれがあるので、検査します」という。それから検査検査で振り回された患者が、段々と具合が悪くなる。それを聞いた近所の人が、「そこの病院はやめて、市民病院に行きゃ」と勧めた。何と市民病院では、風邪をこじらせて肺炎になりかけているという診断だった。だから肺に影が出るのだ。そこで注射をうったら、すぐに治ったという。検査は金になるから、引っ張り回す。

同じ病院で、もう少し辛抱して検査を続けていると、今度は「いや、なんともなかったので、よかったですね」と言われると、「先生ありがとう御座いました」と感謝される。「もう先生に足を向けて寝ません」とまで言われる。

私の隣家のオバーチャンが、腹痛を起したので、慌ててこの病院に掛かった。医師が診断ミスをして、腎臓結石を盲腸炎と間違えて手術を始めた。ところが途中で間違いに気付き、再度手術をし直そうとするが、このオバーチャンは超メタボで、手術時間が掛かりすぎた。もう麻酔が切れる。そこで麻酔を再度打ち直したら、亡くなってしまった。こんな医療ミスをする病院である。

婦人科に掛かっていた人が、産後の肥立ちが悪いので、子宮を摘出されてしまった。まるでフジミ産婦人科のようなことをやった。ところが相手が悪かった。テキヤの娘で、しばらくしたら、このご家族は大きな屋敷の引っ越したという話だ。Photo

近くに住んでいるといろんな醜聞がささやかれ、それが聞こえてくるものだ。

今回はH内科で血圧の薬をもらいに行っただけだ。ところが健康診断を勝手に始めたから、しかってやった。もうこの内科とはオサラバだ。しかもね、この内科医は以前から分っていたが、勉強不足だ。

コレストロールでも、昔々の動脈硬化症の食餌療法1981年度のコピーを持ってくる。すすめられる食品と控えた方がよい食品を持ってくる。卵でもこれを毎日5個取っても、コレストロールに何の変化もないという研究ができている。以下がこれである。

『食事コレステロールを卵6個/日与えた。その結果、平均LDLコレステロール濃度は上昇したが、Lp(a)は変化しなかったことから、LDLコレステローと※Lp(a)の間に明確な関連を見出せなかった。』

※Lp(a)は、動脈硬化の危険因子として、悪玉コレステロールと呼ばれて有名なLDLと比べても、より危険性の高いリポ蛋白として注目されており、臨床的、疫学的にはその危険性を裏付けるような報告が数多くされています。

乾燥肌でも、私はこの内科医が勧めてくれた薬より、ワセリンで対応した方が、かゆくはならない。ワシがワセリンで治す方法をこの内科医に勧めたぐらいだ。価格も安い。

花粉症でも、ワセリンで対応している。こんな具合だから、最近信用度の欠ける。そこでウチの近所のT内科医院が随分はやっているので鞍替えを考えている。そこで、今までの薬を提示すれば、薬を出してくれるか聞きたかったからだ。

頚椎や脊椎の手術後リハビリで、毎日自転車を30~50km、ウォーキングを7km前後歩いていることを説明、今は薬に頼らず、高いPhoto ときだけ飲んで、後は運動で下げようと思っていると話すと、薬は飲まない方がいい。運動で下げるようにしなさい。今の方法で十分ですよと、院外診察を受けた。薬が必要ならば、今までの薬を処方しますという。しかも立ち話で。しかもただで済んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月18日 (水)

コルセットを外し、傘を持ってh/5kmで歩いた日

今日は雨が降るかもしれない。

午前中キャノンデールで走り始めたら、5kmほど走ったら、雨が降りかけた。慌てて家に帰ってきたら、雨が止んだ。そこでもう一度走り直しに出かけた。

いい汗をかいて、改めてウォーキングに出掛ける。ノルデックポールを持って出かけようか、傘を持って出掛けようか迷ったが、結局傘を持った。中心部を抜けて南下する。時々陽が差す程度で、歩くにはちょうどいい。

最近歩くようになったら、トイレがやけに気になる。キャノンデールならすぐに掛け込めるが、歩きはそんな具合にはいかない。せいぜい歩く距離が7~15kmでは、まるっきり町から抜け出せないので、立小便ができないからだ。歩きは時間が掛かる。キャノンデールは時速24km、歩きなら時速4km、この6倍の違いは、チビルか間に合うかの瀬戸際である。

むかし走り始めたころは、コース上のトイレを熟知していたものだが、そのころの危機感がもう無くなっていた。このごろになって改めて、人目につかない空き地、草むら、トイレの必要性が出てきた。それに最近特に近くなってきたからだ。前立腺が壊れてきたか心配だ。それもだよ、トイレが近くなればなるほど、近くなる。なにが近くなるかと言うと、小便がだ。もうだめか、チビルかと思うほど近くなる。オットトオットトと駆け込む。見ていられない。気の毒で。

だから最近は、早め早めにトイレに入ることにしている。まるで犬の臭い付けだ。目が忙しく、電柱やトイレを探している。このごろ大分歩けるようになったから、トイレの位置が分ってきたのは、幸いである。

今日は久しぶりに、ムキになって早足で歩いてきた。しかもコルセットを外してだ。腰が軽いので十分気をつけて歩いた。時速5kmで2時間半、13km歩いてきた。腰への負担は無いのが幸いだ。とにかく歩くことが今の私の、走る前の基礎だと思っている。ランナーが故障したら、まず歩けというからなァ。歩き終わった翌日、筋肉痛はもう出なくなった。

頚椎手術が昨年の5月、脊椎が8月、もうすぐ丸1年になる。手術後一周年記念に、どこか遠くまで歩いてみたいなァ。金華山頂上まで往復とか、フル百の「キンシャチマラソン」(名古屋城外周マラソン)まで自転車で行ってから適当に歩くという方法もある。色々自分ひとりのイベントを考えている。

走り始めた初心者の気持ちで、歩け歩けドンドン歩けと思っている。日中しかも炎天下の中を、スタコラ歩いている。何もこんな暑い所をと世間は思っているだろうが、夜叉ケ池伝説マラニックを思えばどうってことはない。備えさえあれば気にならない。

サンプロテクターで頭部と後頭部を保護、水分補給とトイレは十分できるコンビニのある大通りを歩いている。だから目立つことこの上ないが、仕方がない。

最近は少しずつコルセットを外す。外すと途端に腰周りが涼しいのと、動きが軽やかになった。これはいいわいと、最近コルセットを外す時間が長くなってきた。

体の歪みが出るかも知れないという不安があるが、怖がっていては走られないからなァ。オバーサンが追突してくるような、不意の事故が怖いので、十分すぎる注意をしながら、壁に沿って、横にすり足、影と伝って日除け歩き、四方眼という忍者もどきで歩く。

全方面一眼で見通す眼力(四方眼)、地面の少しの段差にも対応できるようなすり足歩きは、もう「独りしゃべりの鈍足ランナー」は忍者である。

これなら、引ったくりにも遭わないほどの、身辺バリヤーを張り巡らしている。もうすぐ、柳生の宗ちゃん、塚原のトちゃん、宮本の武蔵ちゃんほどの免許皆伝である。もう鈍足と呼ばせないからァ。

「では超鈍足かい?」

「なんとでも言え、オレがいるから皆早く感じるんだろうが。感謝せいェ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月16日 (月)

血圧と低気圧の関係

最近ねェ、血圧とケンカしているのよ。内科医が、私の承諾なしに採血をしようとしたので、怒ってやった。血圧が少し高いので薬をもらいに行った。診察に入ると、とりあえず血圧を測り、採血と言う。無理やり健康診断に持ち込もうという算段だ。

そこでこんなことをやるなら、もう来ないと宣言して帰ってきた。以来Jan2605 自分で自分の血圧を下げてやろうと思い、今まで頚椎と脊椎の手術後だが、おかなビックリで運動をしていたのを、少しジュクリと鍛えなおすことにした。自転車30→40~50kmとウォーキング5→7~15kmに距離を伸ばした。

そうしたら、薬を飲んでいても飲まなくても、あまり血圧に差がないことが分かった。

ところが時々だが、急に上がる時がある。それを今調べている。ヒョットして前の日の運動とのかかわりか、あるいは天候かと調べていた。そこで検索を繰り返していたら、こんなホームページにぶつかった。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kinosita/hd.htm

・・・天気の良い時には気分が良く、天気の良くない時は気分も良くないものです。したがって、天気と血圧も密接な関係があることが予想されます。北海道大学の定期健康診断で測定した2万人の学生について、天候と血圧の関係について調べてみました。血圧は低気圧が来る前に上がる。

これらのことから、低気圧がやってくる前の日に、すでに血圧が高くなっていることを示していると思われます。前の日、まだ、そんなに天気がくずれていないうちに、翌日の低気圧の影響をうけて血圧が上がっていると考えられます。

なお、気圧以外の天候の要素として、気温、湿度、雲量(または雨)との関係を調べましたが、これらと血圧との関係は、まったく見られませんでした。

多くの患者さんの血圧を測っていて、いつもの時より高めの傾向がある時は、次の日の天気が下り坂のことが多いようです。一方、いつもより低めの時は、次の日に天気が良くなることが多いようです。気象台の天気予報より、よく当たることが多いような気がします。・・・

さてこれから、過去のデーターから、急に高くなった血圧の日々と気圧の変化を調べてやる。これで気象予報士になれる。

気圧が下がる前日に血圧が上がる。過去の天気図は、これを見ればすぐに分かる。http://www.weathermap.co.jp/kishojin/diary/200805/index.php

驚いた、2007年の7月以降の血圧や、今月になってからの高い血圧を天気図を当てはめると、ピタッと一致するではないか。毎朝起きたはなに記録している。これでワシも気象予報士じゃ。

5月31日は防災訓練だが、血圧上昇中で、気の毒に低気圧が接近して、中止じゃと思っていたら、案の定中止じゃった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 9日 (月)

カイロプラクティックの誘い

市民会館の近くを歩いていて、トイレに行きたくなったので公園まで来た。そこへ女性が声をかけてきた。「わしゃトイレに行きたいがやァ。ちびってしまう」とはさすがに言えなんだ。

「いま市民会館でカイロプラクティックの先生が来て見えますので、ぜひ来て下さい」

と盛んに勧める。私は針灸というものや、手をかざして診察するというものに不信感を持っている。このカイロプラクティックもそうだ。

「カイロプラクティックとは、自然の法則に基づく、哲学・科学・芸術であり、不調(疾病)の原因となる脊柱上の分節を、素手によってのみアジャストをするシステムとされる」とある。

厚生省の考え方は「カイロプラクチック療法は、脊椎の調整を目的とする点において、あん摩、マッサージ又は指圧と区別され、したがって、あん摩、マッサージ又は指圧に含まれないものと解する」としている。あんま、マッサージ以下か?

どちらにしても、私は脊椎をいま人に触られたくない。頚椎と脊椎の手術後1年たったところで、今自分で必死になって、世間がビックリするぐらいリハビリしている最中だ。健常者ができないぐらい、動き回っている。それでも私にとっちゃ、手術前の半分以下だが。

少し大げさに、私の付いているのは杖ではない。ノルデックポールで、脊椎の周りの靱帯を取っているから、姿勢制御の訓練に使っている。これからまだ10km歩かねばならないので、時間が惜しい。そして「さくら道270kmウルトラマラソン」という超ロングなマラソンで故障をした。また現役に戻るための訓練中で、あなた方の「カイロプラクチック療法」では無理がある。

「自分の体は自分で治す、ではさらば」と、トイレに飛び込んだ。「セーフ」、もうちびりそうだった。ここまでは追いかけてこないだろう。

脊椎を悪くしている人が、整体でマッサージをしていたら、急に足がPhoto_2 シビレ、そこから病院へ担ぎ込まれた。要するに触っていけない神経をマッサージしたんだろう。これがあるから注意したい。

手術はしたくないという気持ちが、これらの治療を受ける。人それぞれだが、一度レントゲン、CT、MRIでのぞいてから触るなら納得できるが、手をかざしただけで何が分かる?私はゴメンこうむりたい。

勧誘員も腰の曲がった人、杖を突いている人を探していたのだろうが、性格の曲がったワシなんか捕まえたのが、間違いだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 4日 (水)

酢のききめ

友人から、今度一宮フォーラムで「酢」について、発表するので、パソコンで調べてくれないかという依頼を受けた。

さっそく調べると、酢の効能が出てきた。

まず防虫剤である。

http://homepage2.nifty.com/sou-archtect/bouchuuzai.htm

血液サラサラ

http://www.choumiryou.net/su.html

酢は素晴らしい健康食である

http://www.fujisco.co.jp/kouyo/sufre.htm

いずれを読んでも素晴らしい健康食品である。

  • 防腐・抗菌作用
  • 防虫
  • 血液サラサラ
  • ダイエット
  • 筋肉内の乳酸菌を分解
  • 悪玉コレストロールを分解
  • 便秘解消
  • 洗濯機内の掃除と除菌
  • カルシウムの吸収をよくする
  • 水虫・ニキビにも友好
  • 血圧上昇を抑制
  • 肥満、糖尿病、動脈硬化を予防
  • アルコールのよる肝機能低下を活発化させる

おい、気になっていた生薬で、血圧や肝機能に効能があるやつを探し続けていた。つい見つかった。黒酢がいいというが、そこに蜂蜜が入れば、なおいいに決まっている。できればニンニクも入れてもいい(65歳では、もう手遅れかも)。辛いもの好きの私は、唐ガラシを入れてもいい。

ワシね、最近内科医とケンカして以来、血圧なんて自分で下げると宣言してから、薬に頼らず運動時間を延長した。歩く距離をドンと増やした。汗をかくこと、心肺機能をつけるに専念している。意外や早めに効果が出てきた。着実に下がってきている。いままで薬で下げていたが、今は飲まないでその数値になった。

いままで頚椎と脊椎を痛めていたので、ここ2年ほど歩くことが難儀であった。この間に血圧が上がってしまったようだ。これが手術後順調に快復して、15kmウォーキングと8kmジョギングができるようにまでなっているから、もう一度マラソンを走りたいと願っている。臆病にならずに、しかも慎重に運動を続けている。

今度は肝臓だ。ヘルニア手術のときに、長年痛め付けた肝臓数値を、禁酒によって一旦は正常に戻したが、これだけは社会復帰は早い。

さっそく、日本蜂蜜(株)の「蜂蜜&米黒酢」500mlを880円で買っ Photo_2てきた。約5倍に薄めて毎日飲めばいい。500mlを5倍だから2500ml。毎日100cc飲んでも、25日もある。安いものだ。

ワシの体はきれいになるのだ~っ。血圧君や肝臓君、もう少し待っていてねッ。

友人で「ウンコダイエット」を提唱している者がいる。ウンコ二回すればその分体重が減るという理屈をこねている。一回を二回に分けるのではないが、そんなに都合よく二回出るものか?食べた分しか出ないので、バカこけ!と言いたい。

ならば「ズボンダイエット」を提唱したいがねェ。小さめのズボンをはくこと。これだけ。食べると「づつにャ」ウン?分からんてェ、「づつにャ」って、これ方言かなァ、苦しいことよ。ウンコの心配せんでいい。

ウンコダイエットを提唱したF氏が名古屋弁の研究者で、この「づつにァ」を、彼の出版物の中でこう解説している。「気がづつない」とか「胸がづつない」などの熟語的に言うように、「つらい」「痛い」とかの意味とある。名古屋弁の大家が、語源がたどれず、この「づつにャ」は正体不明の名古屋弁と位置付けている。

ギャル曽根が、一日6回行くという。どこにいてもウンコの心配しなければならんのも、づつにァはなしだでいかんわァ。まァ食べる量が尋常でないからなァ。一回のウンコで便器が詰まるというので、こまめに流しながらするという。それでいて48kgだと。イカン臭ってきたから、この話はもう止めるわァ。

酢がダイエットにもいいらしいから、酒飲みの彼にさっそく教えてやろうっと。体も柔らかくなるかも。そう言えば、腰の手術後あまり柔軟体操できないから、いいかもしれん。昔サーカスの人は酢を呑んでいると聞いたからなァ。

酢(素)敵!大酢き!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月19日 (月)

長寿の祝いの名称

友人から調べてといわれた。ほとんどの人はおそらく名前ぐらいは聞いて知っていると思う。

ある数え年になると祝いをします。これを「賀寿」「算賀」「賀の祝い」といいます。

  • 数え61歳「還暦」といいます。十干十二支の組み合わせが60年でひと回りして、61年目で生まれた干支の戻るため。「華甲」ともいいます。「華」の字を分解すると6つの十になるからです。これを「華寿」ともいいます。「華甲」の「甲」は甲子(きのえね)のことで、十二支の一番目という。

華甲とか華寿は、還暦より響きがいい。はだか祭りで赤フンドシでもするかという気持になる。還暦というと老け込むという感が強いからな。

  • 数え70歳をなぜ「古希」というか。唐の杜甫の詩の中に「酒債Photo_2 は尋常行く処にあり、人生七十古来希なリ」とある。酒代の借りは当たり前のことで、行く先々にある、がこんな人は古来七十まで生きる人はめったにいないといっている。

では、七十より先は借り放題ということか。私は酒債(借金)こそないがよく飲むからな。古希までコギつけるかしら。

  • 数え77歳は「喜寿」で、喜の字を崩すと七を三つ書きます。ここからきている。
  • 数え80歳は「傘寿」で、これは傘をばらすと骨だけにせずに、仐(八十)になる。

よくばらしたりくずしたりするねェ、年が年だから無理してはいかんよ。ところがこの手がまだ続く。

  • 数え81歳は「半寿」で、半の字を分解すると八十一となる。
  • 数え88歳は「米寿」で、米をばらした。
  • 数え90歳は「卒寿」で、これは卒を卆とくずした。
  • 数え99歳は「白寿」ときた。百引く一は、白(九十九)。漢字から無理やり一本消してしまった。

昔はこれまでだったであろうが、近年長寿となり、新しくできたんだあろうかは不明だが。『冠婚葬祭大百科辞典』より

  • 数え100歳以上の祝いは、「百賀」を用いる。
  • 数え101歳~107歳までは、「百一賀~百七賀」
  • 数え108歳は「茶寿」といい、「茶」の草冠で、十が二つ、その下の「八」と「木」で八十八。10+10+88=108となる。難しい計算でした。
  • 数え109歳~110歳は「百九賀~百十賀」
  • 数え112歳以上は、とても珍しいから、「珍寿」ともいわれる。

これから先を考えておかないと、手遅れになるかもよ。でもないか、珍寿で片付けているから。

  • 聖寿は、天主の寿命または年齢

というのもある。

これからも寿みから寿みまで寿寿っとよろしくお願いいたしま寿。(チョットなまっていません?)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 7日 (水)

ノルディックポールランニング

このごろ毎日の日記に、ジョギングの距離が書けるのがうれしい。

走り始めたころ、この区間は2キロ、ここからあの道まで3キロなんて計算しながら走っていて、その距離が5km~10kmと延びていくのが、うれしくてしかたがかった。今はそんな心境である。

ちょうど頚椎ヘルニア手術後1年、脊柱管狭窄症の手術9カ月。もう走れないかもしれないが、それでもできるところから筋肉を作ろうと、マウンテンバイクのまたがっていた。今のところ以前のような痛みは全くなくなり、脊柱管狭窄症で神経を圧迫していた骨と靱帯を削ったから、腰にぐら付きが出る危険性を秘めている。

だから腰のコルセットは、運動時は離せない。

ノルディックポールでウォーキングに出る。今月に入って、15kmほど歩けるようになったし、ジョギングが9km弱走られた。ところが、翌々日に、筋肉痛が起きる。だから今は距離を5kmぐらいに縮めて、毎日走られるようにしようと心掛けている。

このほうが筋肉を徐々に作られる。慌てては元も子もない。私のイカンことは、以前一応鈍足ではあるが、ウルトラマラソンをやっていたから、走り始めると、相当先を走っている自分がいる。金華山や伊吹山、養老山系を走っている自分がいる。

だが実際には、体がいうことが効かないのである。足腰の筋肉が、Photo ここ2年ほどで完全に落ちてしまっている。足が重たい、腰が重い。重いところダラケである。

ふと思い付いた。補助具として、ノルディックポールをうまくこなせば、いい走りができそうな気がした。実際にポールを使ったランニングを始めると、意外や体が軽く感じる。そんなにポールに重心が掛かっているとは思わないが。でも腕で体を前に前に押し出すから、速度が上がる。ということは、前進させる足の筋肉の補助を、ポールがやっていることになる。その分だけ軽く感じるのかもしれない。

まだ無理が利かない。時間を掛けてゆっくりと戻そう。

念のために、このノルディックポールのことは下記のホームページへ。http://www.nfw.jp/what/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

杖をついたランナー

面白いなァ。交差点に来ると、車がピタッと止まる。最初は不思議に思っていた。

キャノンデールというマウンテンバイクに乗っていると、車なんてものすごく横着で、ドンドン進路をふさいでくる。だから運転手の顔を見ていないと、いつ発進するか分かったものでない。

いまマウンテンバイクの走る走路が確定していないから、ウロウロしPhoto ている。こけて怪我するのは、自転車のほうだからなァ。

最近ノルデックポールをついて歩き回っている。交差点では、あまり普及していないノルデックポールに視線を感じる。これを杖と見るか、スポーツ用具としてみるか、判断しかねる。

ことろが、冒頭に書いたように、交差点に来ると、車が早くから私のPhoto_2 通るのを待っていてくれることに気が付いた。これはどうも世間では、このノルデックポールを、具合の悪いジッ様の、杖を見られているようだ。

マウンテンバイクと大違いの待遇に笑ってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 2日 (金)

とうとう8.5km走ったぞ~っ!

先日10kmほど歩いていたので、もう少し距離を伸ばそうと思っていた。午前中28kmほどマウンテンバイクで走った。午後もいい天気だから、すこし歩いてみるかとノルデックポールを持った。

ジョギングを初めたころ、このコースをよく走ったものだが、今はウォーキングである。わが家からは、放射線状に道が走っており、具合が悪ければ近道ができるように帰ってこられる。実に都合がいい。

バイパスまで出て、一宮インターから、西進して、旧国道を北上し帰ってきた。体の異変は感じないので、少し距離を伸ばそうと歩いてきたら、15kmにもなった。頚椎の手術後、ちょうど一年である。

翌日、午前中は雨。少し晴れ間が出てきたので、キャノンデールにまたがった。いつもは横目で走りぬけている「県営陸上競技場」の脇に来て、ここから家までちょうど5kmある。今まで連続でランニングできたのは、2.5kmが最長距離で、ここでも少し距離を伸ばしたい気になったいた。ゆっくりでいい、長い距離を走りたい。そこで自転車を降りて、走り始めた。久しぶりにいい汗をかけた。

翌日の体の異変は、足が少し重たい程度ですんだ。これに気を良くした私は、2日後に、行き先を決めずに走り始めた。ウォーキングと同じスピードだが、心ではジョギングをしている。2時間弱で、約8.5km気持ちにいい走りができた。

おかげで、体重もこのところ67kgを切るようになってきたし、血圧も着実に下がってきているのがうれしい。

頚椎ヘルニアの手術後1年、脊柱管手術後9カ月だから、運動する時は、まだ腰のコルセットが放せないでいるが。でも着実に鈍足ランナーに戻りつつある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月23日 (水)

掛かり付けの内科医とケンカ

最近繁盛している医者と、そうでない医者の、患者への対応が両極であり、みっともない医者が出てきている。

先日、掛かりつけH小児内科へ、血圧の薬をもらいに行った。ここは、今から24年も前に、私の血圧が高いから運動を勧めた医者だ。お蔭様で、マラソンという世界を知ったキッカケを作ってくださった。そういう意味からは感謝している。

いつもなら受付に、「あとで取りに来るからクスリ出しといて」と言って、2時間ぐらい運動してから、取りに行く。ところが、この日は雨で、待合所で待っていた。看護婦からの呼び出しがあり、診察室に案内された。ここで、今日は薬を取りに来ただけだと言うと、「診察を受けてください」という。仕方なしに診察を受けたら、今度は採血をするという。

「なんで?今日は薬を取りに来たのに、なんで採血の必要がある」と聞いたら、健康診断をそこで初めて勧める。ここで私はムッとした。本来は採血でも診察でも本人の同意がいるンではないか、ということだ。採血を断って、薬をもらって帰ってきた。もう二度とこの医者は行かないだろう。annoy

私の知人の奥さんが、膝が痛いから整形を紹介してと言うから、M整形を紹介してあげた。ここで私は半月板の手術をしたことがある。私の紹介でもう、6人ぐらい手術をしている。私も時々膝を酷使すると、関節がギーコギーコと音が出るくらい油切れ状態になる。そんな時にヒアルロンサンを直接関節に注射してもらうと、アッという間に治る。その女性にそのことを教えた。

ところが、先日、膝の痛み止めの注射を打ったあと、リハビリを勧められた。そこで断ったら、猛烈に叱られた。「なぜ私の言う事が聞けないのか」と、机をたたいて怒ったという。彼女は先生のあまりの興奮に、血圧が上がり、病院にベッドに寝込んでしまったという。

医者としてはボチボチ治療を長引かせて、治療費を稼ぎたかったのに、注射を教えられたので、簡単に帰ってしまう。これでは、思惑通りに儲けにつながらないと思ったんだろう。

整形でも、後から若い先生が新型の機種をそろえて、開業すると、いきなり窮地にたたされる。この整形もそうだ。整形というと、死ぬような病気でないから、引き回して治療を遅らせて、診療費稼ぎをする。私も痛み止めとか、リハビリと証して、温シップ、電気治療、あとマッサージは大方の整形の定番である。あとするなら、針灸がある。これらなんか一向に快復の実感がない治療だ。新らしい病院では、「診断は超音波、MRI、筋力測定装置、三次元運動解析装置、歩行分析装置等、科学的に評価することが重要と考えています」とうたい上げる。片や小さなレントゲン一つでは太刀打ちができない。

四十肩なんて、整形の儲け頭だ。これなんかは、関節にヒアルロンサンを注射すれば、アッという間に治る。それを引き伸ばす治療をしている。患者も1年ぐらいすると、ウソのように治る。この四十肩は、時期が来れば治る一過性のものを、治療を重ねて引き伸ばしている。

そして、私のように腰痛でギリギリまで追い詰められた患者からの希望で、手術先を紹介する。これが大方の整形のやり口だ。ごめんね、岐阜大学のDr・Keiさん。あなたのことを言っているのと違うからね。

先生方に聞くが、もしガソリンスタンドに給油しに寄ったとしよう。店内で待っているうちに、ガソリン注入完成、オイル交換完成、クーラーガス充填完成、室内清掃と洗車完成、ラジエーター添加剤投入完成などドンドン勧められたら、あなたどうします?

私の車屋時代に実際にこんなことがあった。ひと月に2回しかガソリンを入れないのに、なんで4~5万円掛かるかと質問された。請求書を見ると、とんでもない作業内容が記載されていた。そこでスタンドに、今後一切ガソリン以外の作業をしたら、支払をしない。いままでは自動振込みだったのを、今後は現金で、しかも請求書を見てから払うという条件を飲ませた。それ以降、1万円を超えることは無くなったという。

医者は、人の命を預かっているということで、随分逃げ口上ができる。車屋はそんなことはできない。頼まれもしない作業なんかはとてもできないからだ。「アナタの健康のためだ」と言えば、大方の人が納得するだろうからだ。

診察に付加価値を付けたい気持ちは分かるが、もすこしやり方があるだろう。この内科医は、乾燥肌に私より早く掛かっているのに、私のほうが対処の仕方を「ワセリン」でうまく対応している。この医者はいまだ高額な薬を勧めている。勉強不足だ。タマゴはコレストロールが多いからやめろという、勉強不足の医者だ。

この日から、血圧の薬を止めて、運動に切り替えた。今まで、頚椎と脊椎の手術後、無理すると怖いから運動に精彩を欠いていた。そこで真剣に、怖かったウォーキングを開始した。毎日マウンテンバイク20~30km走った後、ウォーキングを5~10km開始した。

見ておれ、血圧のクスリからオサラバしてやるから。現に昨年の退院してまもない10月の血圧は約175-97であったが、薬を止めて運動を再開したら、約150-92ぐらいに下がった。寝る時なんかは、130ー89ぐらいになる。もう少し待ってろよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月20日 (日)

レントゲンでオナラが見えた

オナラを目で確認できたのである。風呂ならば、泡ブクで確認できるが、それ以外では確認しようがない。「ヘッ?臭いで分かるって」「スンマセン」

でも今回は、物的証拠として、法廷に出してもいいくらいであった。

先日、定期健診に行ってきて、レントゲンとCTを取ってきた。待合室でオナラが出そうなのを我慢していた。周りにたくさんの患者さんがいたから、できなかった。イスはビニール張りで、その状態でオナラをすれば、かなり反響した音が出るだろうなァ、と思ったら、よけいにできなかった。

出口をギョッと締め切ったものだから、行き場を失ったガスは、体内を徘徊し始めたのか、グルグルと音を立てた。

このイスが、じゅうたんのような、ふわふわした素材なら、消音効果があるから、そっとイスに染み込ませるようにすれば、周りに気が付かれない。もし臭いがすれば、自分も被害者のような顔をして、キッと風上をにらめばいい。

その状態で撮影に入った。被写体になった私はここでもオナラ我慢していた。

撮影が終わり診察まで時間があるので、十分回りの間隔を置いて思う存分、ぶっ放した。実が出るほど音がしたので、思わず周りを見た。いよいよ診断である。経過は順調で、そろそろコルセットを外して、その状態で体を慣らすようにという指示である。

レントゲン室の資料を、主治医(以下Dr・kei)がパソコンで拾い出す。そこに映し出Photo されたわが骨体美をしげしげ眺めて、Dr・Keiが「ガスが溜まっていますねェ」という。ヘッ?ではあの音を聞いたのかと一瞬疑った。そうしたら、「それ、ここにガスが写っている」という。よく見ると、骨の周りに、黒く映っているのが、腸内に溜まったガスだという。悪性のガンでなくてよかった。

ワッワッワ~ッ、恥ずかしい~っ。しかし面白いなァ。医師はガスまで判断できるんだ、と、Dr・Keiを尊敬の眼差しで見た。

車に乗ってからは、だれはばかることなく、思う存分発散した。ガスPhoto_2 中毒になるとイケンからなァ、と窓を開けた。写真のガスが、断続的に放出された感じがする。経過もよし、ガスも出たし、なんとなく解放された気分になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月19日 (土)

頚椎ヘルニア術後11カ月の定期健診

2008年5月9日 頚椎ヘルニア手術 今日で術後約1年目

2008年8月17日 脊柱管狭窄症手術 今日で術後約8カ月

その後の経過はいたって順調で、今は当時の痛みは皆無である。2008

2008年4月17日、定期検診である。頚椎のCTを見ると、足から取り出して、首に入れた「ヒ骨」 が、確実に頚椎に同化を始めている。右の写真の矢印のところが、ぼやけて見える。これが頚椎とヒ骨がくっ付き始めている証拠である。教科書に書いたような経過であると岐阜大学病院の宮本敬医師(通称Dr・Kei)は言う。ならばワシの顔写真もくっ付けて、記録しておいてちょ、と頼んでおいた。

脊椎の手術は、金属で固定するか、圧迫を取り除き切除術で除圧するかで、学会が割れているという。私の場合は、首を固定しているから、腰まで固定すると、全身カチカチの固まってしまうから、除圧に決めた。今のところこれでよかったと思っている。

要するに筋力があれば、固定しなくてもいいが、もし寝たきりで、筋Photo_2 力の代わりを骨に頼ったような患者ならば、固定するしかないだろう。

そういう意味からも、筋力を鍛えるよう心得て、日常生活をしなければならない。私の場合は、マウンテンバイクで腸腰筋を鍛えている。

頚椎と脊椎とも順調な仕上がりであった。

そろそろ、コルセットを外しながら、日常生活をするようにしたい。コルセットに頼りすぎると、とめどもなく、筋肉が軟弱になるような気がするからだ。

最近やっと10km歩けるようになった。自転車をやりながら、歩きも真剣に取り入れたいこのごろである。だんだんと鈍足ランナーに仕上がりつつある、気配を感じる春である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

死について考えた、そして尊厳死を選ぶ

脳死の判定には、厚生省が「脳死に関する研究班」が示した基準がある。

  1. 深い昏睡
  2. 自発的呼吸の消失
  3. 瞳孔が固定し、瞳孔径は左右とも4mm以上
  4. 脳幹反応の消失
  5. 平坦脳波
  6. 以上の条件が満たされたのち、6時間以上経過をみて変化がないことを確認する。

である。私の母親が平成5年12月に突然倒れた。今まで4年間一度も医者にかからず、県から表彰されたほど元気だった。血圧が低いお袋だったが、寒いトイレで、急激な寒さで血圧に異常を来たしたんだろう、くも膜下出血で昏睡状態となった。3日間ほどは目を盛んに動かす仕草をしたが、以降は人生を全うするまでただひたすら眠り続けた。

MRIで脳の断層写真を見ると、日に日に悪くなっていくのが分かる。大変ショックだった。母の脳の中には、私たちの家族と楽しかった思い出が一杯詰まっていたのに、それがドンドン無くなっていく。何もしてやれない自分が悔しくて何度も泣いた。

この状態を毎日克明に記録した。これを知人の医師に知らせたら、もう亡くなっているという。

母の入院している病院は、脳死を知っていて、ゼスチャーだけの延命治療をしているだけである。簡単に言えば医療費稼ぎをしてたと思う。その証拠に、3日目から衣類を持って行っても、着替えしてくれなくなった。着替えに体を動かすと、血圧が極端に下がるという理由だった。

ところが、遺体がわが家に帰ってきて、その夜、急に布団が濡れてきた。おかしいと思い背中を見ると、頭から足の先まで床ずれ状態で、紫色になっていた。死に体に点滴を打ち続けていた、しかも尿が出ない状態では、水分は体内にたまる一方だ。それが床ずれたところから、一気にあふれてきたのだった。

これが単に死の時点を先延ばしにするためだけの治療、処置をする、要するに医療費稼ぎをするためだけの延命治療である。

この時の老人医療費は一日700円だから、遺族の負担はないから、医者のやり放題である。この集中治療の料金は一日約10万円であった。入院37日間で掛かった費用は、394万円であった。

集中治療室には1回5分、1日2回という時間制限で入室が許可された。ある時マクラもとに現在の母の状態を記録してある書類を見つけ、その中の自発0(ゼロ)を知った。それを問い詰めると、死の判定をするという。

これも病院の手口で、脳死状態の時に、人工呼吸器を付けると、心臓は動き、血色はよく、肌は暖かい。だが脳機能は停止している。この状態で呼吸器を外すと、体が大きくうねるようにケイレンをする。これを家族に見せて、これが自発呼吸なんですという。

実は私の知人の医師に聞くと、人工呼吸器で臓器に酸素を与えていたので、それを外せば、各臓器が酸素不足でケイレンしたということで、生きている証にはならないという。生物としての寿命がもう切れている。心臓を切り出して、特定の溶液に入れておくと、相当長く動き続けている。これは生きているとは言わないという。

現在でも、多くの病院でこの手が使われていると思う。これを知ってから、自らの死は自分で判断して、生前の用意しておく必要があると気づいた。

宗教、医学、政治、それぞれ個人的にいろんな考えがあって当然です。それでも死は確実にやってきます。突然にアナタの家庭を襲ってきます。私の知っている会社の社長が、もう一年ぐらい特別室で植物状態という。これは裕福だからできるが、一般では家族が持たない。そんな時、

  • あなたは、医療機関と渡りあえますか。
  • あなたは、高額医療を払い続けられますか。
  • あなたは、延命措置をされている間、心労に耐えられますか。
  • あなたは、自ら母親の人工呼吸器を外せますか。
  • あなたは、尊厳死を宣言できますか。

結局、医療機関まかせで、なにもできないかもしれませんね。判断するのはあなたです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年3月23日 (日)

息子を遠隔操作で緊急入院させる

ウイルス対策の相談のメールを入れたら、返事が来た。それも弱々しい声で。

どうした?というと、目が回るという。もう2日会社を休んでいるという。こいつの食事は実にい加減で、朝食をとらないことが多い。腹でも減っているのかと言うと、そうじゃないという。電話しているのもつらいという。なら救急車を呼んでやるから待っておれ。こう言うと、息子が救急車を呼ぶのを断る前に、電話を切った。

私は愛知県、息子は神奈川県のM市。さてどうしたものか、消防署Photo_3 に勤めるE君に電話したら、M市の消防署へ電話すれば出動すると聞いたので、電話番号の案内で確認して電話を掛けた。

こちらの氏名、住所、電話番号、生年月日を聞かれ、相手先の住所氏名を告げた。

実は目が回るという症状に適した病院を捜すこと、時間が午後8時すぎで、診察時間がすでに終わっている可能性がある。そして明日は20日は祭日で休診である。こういう場合は、救急車に頼む以外にない。こういう時に自分で出かけると、受付で待たされて、かえって具合が悪くなることもあるからだ。

近所の人で、パーキンソン病を患っている人が具合が悪くなり、救急車を呼ぶのをためらって、奥さんに連れてもらって病院へ行った。受付で長時間待たされている内に倒れて、帰らぬ人になったからだ。

その辺を消防署員に相談すると、了解していただき、出動と相成った。息子の住んでいるのは、会社の寮である。救急車で従業員が入院すれば、すぐに会社に知れる。

大騒動になった昨夜である。深夜上司から電話で、状況を知らせてくださった。離れていると、こうしたことがあるからなァ。心配で寝付かれなかったらしく、眠そうな顔をしている家内。見舞いに行かなくてもいいかと心配するから、重病で無いから心配せんでいいと慰める。診断の結果はまだ出ていない。でも気にはなるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月22日 (土)

脊柱管狭窄症で脊椎5個全部固定したら

先日、近くの駅伝大会のお手伝いに行ってきた。この大会の常任理事をやっているからだ。

仲間の理事のFさんが、緊急入院して脊椎を5個を全部固定したという。この方は柔道6段で、師範格。学校などで指導もしている。入院するまではまったく痛みも無く、チョットした弾みで腰に異変を感じて診察を受けたら、緊急手術をすることになったという。

手術は、私が頚椎の手術をした5月ごろで、今は普通に歩いておられたから、全く気が付かなかった。私が1年以上、理事の休暇をいただいていたからだ。その間の出来事であった。

久しぶりに顔を見て、私の手術後の経過を聞きにこられた。その時Photo 初めて彼の手術を知った。そして驚いた。